【KAC20226】とある繁華街、焼き鳥屋で

肥前ロンズ

とある繁華街、焼き鳥屋で

「広告料、取るべきだと思うんだよなあ」


 タッちゃんはふてぶてしく笑う。その様子に、カウンター席の向こうでおかみさんが、「そんなお金ないわよ」と笑う。

「でもさ~。ふらふら~って歩いていたらさ、ずっとめっちゃ焼き鳥の匂いがするんだぜ。強制的に腹が焼き鳥になっちまう」

 タッちゃんの言う通りで、俺も既に焼き鳥のおなかになっている。


 ペタペタとする床。壁や天井、店内の照明についた茶色の染み。

 焼き鳥を焼く網の真上には、あたたかいオレンジ色の照明と、調理台と同じステンレス製のレンジフードがつけられている。

 おかみさんが赤いうちわであおぐと、網の下にある赤い炭火が、ほんの少し見えた。

 煙がもくもくと店内に立ちこめようとして、レンジフードへ吸い込まれていく。


「あーお腹空いたー。めっちゃ減ったー」

「もう少し待ってちょうだいよ。ほら」


 子どものように駄々をこねるタッちゃんに、おかみさんがお皿に盛りつけた焼き鳥を差し出した。

 丸くて白いお皿には、鶏皮、鶏もも、ハツに砂ずり。つくねにぼんじり、ねぎまにしそ巻き。なぜか豚バラやイカもある。

 煙と炭火の匂いがして、俺はごくり、とつばを飲み込む。


トラ、お前つくねはタレ頼んだよな?」

「うん。タッちゃんは皮を塩で頼んだよね?」


 それぞれ頼んだものを相手にも分けて、いざ食事。


 一番炭火の香ばしい匂いがするのは鶏ももだ。肉ってなんで炭で焼くと更に美味しく感じるんだろう。不思議だ。

 だけど、一番塩味が効いているのは鶏皮だと思う。俺はあんまり強い塩味は好まないけど、たまに塩味の鶏皮が食べたくなる。


「皮だけを味付けしようとか、考えた人サイコーだよなあ……」


 メロンパンもシュークリームも皮だけ食べたい、とうっとり顔でタッちゃんが言う。いや、シュークリームからクリーム抜かしたら『シュー』しか残らないじゃん……。


「っていうか、トラ」じっ、とタッちゃんの切れ長の目が伏せられる。ドキリ。




「お前、箸で取るの下手だな~」




 言われると思った。

 さっきから箸が空振りして、まったく鶏ももが竹串から離れない。白いお皿をキャンバスにして、タレで猫の絵が出来つつある。


「そのまんま喰りゃいいのに」

「いや昔、うっかり竹串で舌を突き刺したことがあって、」

「よし、お前金輪際竹串から喰うなよ」


 それ以来怖いんだよね、と言い終える前に、タッちゃんがテキパキと箸で取ってくれた。優しい。「幼児の歯磨きかよ……」と呟くタッちゃんは無視しておく。

 竹串ってなんでこんなに鋭いんだろうね……あ、肉突き刺さなきゃいけないからか。


 ふふ、とおかみさんが笑う。


「あのタツが、あなたにはこんなに甲斐甲斐しいなんてね。昔は竹串なんてメじゃないほど尖ってたのに」

「え。そうだったんですか?」

「ちょ、ま、たんま」

 ガタ、と立ち上がって待ったを掛けるタッちゃん。顔がほんのり赤い。

「タッちゃん、昔はどんな感じだったんですか?」

「寄らば斬る、って子だったわよー。例えば朝中々起きてこなくて、」

「あー! 俺、この『せせり』ってのが食べたいなー! なんなんだろーなーせせりってー!」

 ラミネート加工されたメニュー表を持って、明らかに話を逸らそうとするタッちゃん。その時、乱暴に引き戸が開け放たれた。


「『閉店』って出てんのに、やっぱやってんじゃんか」


 サングラスに白いスーツ。如何にもな風体の男が三人入って来た。一人はデロデロに酔っていて、もう一人が肩を貸している。残り二人は顔には現れていないし、足取りもしっかりしていたが、ずいぶんと酒臭い。

 おかみさんは笑顔を張り付けたまま、いらっしゃいませ、と言った。


「すみません、今日は貸し切りなんです」

「ああ⁉ こんな汚ぇ店、誰が貸し切るんだよ⁉ 料亭じゃあるめいし!」


 酔っ払った男が叫ぶ。

 そして俺とタッちゃんの方をじろじろと見た。


「へえ、随分きれいな兄ちゃんがいるじゃねえの」

「おねーさんのコレ?」

「ばっか、ホストだろ。俺たちの酌もしてくれよ」


 その言葉に弾かれるように、俺は反射的にタッちゃんの前に立っていた。


「ああ?」

 後ろで酔っ払いの男がすごむ。

 三人の中で一番タッパのある男は、俺より20センチ近く身長が高かった。見上げると、彫の深い目元が、サングラスの隙間から見える。真上にあった店内の照明で顔は逆光になるが、目玉だけはギラリと光る。顔をよく見たら、ナイフの傷がついていた。

「なんだぁ、この小動物」

 バカにしたように、酔っぱらった男が後ろでゲラゲラと笑う。

 一番背の高い男は見下ろすだけでポケットに手を突っ込んでいたが、酔っぱらった方は肩を貸していた男から離れて、俺の胸元を掴んだ。指の関節ナックルが目に付く。あれで殴られたら。

 、ぞくっとした時。


 シュッ、と、空気を裂く音がした。


 俺の胸元を掴んでいた男の手首に、細長いものがビン、と刺さっていた。竹串だ。


 男はきょとんとした。痛覚だけでは、事態が飲み込めなかったのだろう。少し間を開けて、カッと目を見開いた。

 男が叫びながら、俺から手を離す。

 解放された俺は後ろを見た。タッちゃんが呆れた顔をして座っていた。手は紙飛行機を飛ばしたかのような形をしている。


「トラ、お前なあ。自分から首を突っ込むなよ」


 。その言葉に、う、と俺は言葉に詰まる。タッちゃんの言い分は最もだった。

 しかし、呆れの表情の中に、どこか嬉しそうな色を滲ませてから、タッちゃんは続ける。


「正中神経に結構深く突き刺したから、完全に麻痺する前に病院行った方がいいと思うぜ」

「お、おおお前! どうやってその角度から突き刺した!」


 肩を貸していた男が、悲鳴を上げる。

 だが一番背の高い男は冷静だった。



念力テレキネシスか。……その歳だと、大戦の少年兵崩れか」



 その言葉に、おかみさんが険しい顔をする。対照的に、タッちゃんはいたずらっ子のような顔をしていた。竹串にちょっとだけついていた肉片を綺麗に取って、にやり、と歯を見せて嗤う。



「鍼灸がご希望ならやるけど? ただし、治すほうじゃなくて、壊すほうだけど」

「いや。やめておこう」


 邪魔したな、と背の高い男が店を出ようとした。酔っ払いに肩を貸していた男は、それに付き従う。


「う、うわああああああああ!」


 だが竹串が刺さった酔っ払いは刺されてとち狂ったのか、おかみさんを襲おうとした!


「お前!」

 女性に対して暴力を振るうなんて! と俺が止めようとする。

「ちょ、バカ! 早まるな!」

 なぜか顔を真っ青にしたタッちゃんが立ち上がる。





 そして。



「……え?」


 ――酔っ払った男は、狭い店内の中、おかみさんによって空中コンボをキメられた。

 おかみさんは息も切らさず、男を殴り続ける。


「バカ、だから言ったのに……隊長にケンカふっかけるとか……」


 頭を抱えて、タッちゃんがカウンター席に沈む。

 やはりな、と背の高い男が言った。


「大戦で活躍した、超能力者エスパーで構成した特殊部隊……その多くはまだあどけない少年だったと言うが、その中でも念力テレキネシスだったのは『風龍フェンロン』と呼ばれていた少年だけだ。

 その『風龍』の上司はまともに戦うのがあほらしいほどの戦闘スキルを持っていたというが、まさか焼き鳥屋をやっていたとは……」


 なんか少年漫画のバトルものでありがちな解説してくれた。っていうか、よくしゃべるなこの人。

 数分後。

 ハチにでも襲われたのかと思うほど顔をボコボコにされた男は、おかみさんに、「職業柄、肉をさばくことには慣れているの」と包丁を見せられて、一目散に逃げた。







 お勘定する際、おかみさんがごめんなさいね、と言った。

「いえ! おかみさんのせいじゃないです。焼き鳥、すっごく美味しかったです」

 そう言うと、そう言ってもらえてよかったわ、とおかみさんが言った。


「……タツがまだ傭兵や用心棒まがいのことをしているって聞いた時、『ああ、あの子は血なまぐさい世界から逃れられないのか』って思ったんだけど。

 そうじゃないのね。あの子は、


 その言葉に、俺はびっくりした。



「……気づいていたんですか。俺も超能力者エスパーだってこと」

「これでも一応、特殊部隊の隊長だったからね。何となくね」


 ジャー、と水が流れる音がする。そろそろタッちゃんがトイレから戻って来る頃だ。

「あの子のこと、よろしくね」

 おかみさんの言葉に、俺は頷いた。




 ネオン看板がまぶしい繁華街を少し離れただけで、途端に道が暗くなる。

 それでも地面に落ちた桜は、わずかな月光を弾いて光っていた。


「まあ俺、念力者テレキネシスだからさ」


 タッちゃんが言う。

 念能力者はその名前の通り、心で物理法則に介入する。だからタッちゃんは大戦に使われていた。ただし上司に歯向かわないように『調教』されていた。

 それによってタッちゃんがされていたのが、レイプ。

 女性だけじゃなく、男が男を犯したり、子どもが犯される、なんてことは、暴力の手段としてよく使われる。それが一番人を支配出来るからだ。心のまま物体を操る念力者は恐れられたが故に、精神を徹底的に痛めつけられた。

 ……だからいくらタッちゃんが強くても、あんな卑劣な奴らに見られたくはなかった。


「けどまあ、隊長に会ってからはそれなりに楽しかったよ。嫌なことされなかったし。戦うのも好きだったし。……あの人は戦わせたことに、引け目を感じてるみたいだけど」


 感謝している、とタッちゃんは言う。

 ……多分おかみさんは、タッちゃんをありとあらゆる暴力から守りたかったんだろう。

 だってタッちゃんは、俺に対して、おかみさんと同じことをしているんだから。



 戦争が終わった今も、裏社会で超能力者は兵器として取引されている。

 俺もその一人だったところを、タッちゃんに助けられた。

 そして俺たちは今、同じ目に遭っている同胞を救い出すために、戦っている。






「……ところでおかみさん、ひょっとして肉体強化の超能力者エスパーだったりする?」

「いや、隊長は純粋な物理。念力すら弾けるけど」


 超能力者にすら勝てる物理って。

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