ネギマイズム
天猫 鳴
ネギマ
「翔也、何してるの」
「・・・・・・んん?」
親友の
「なんでここに落ちてるんだろう」
汐恩と目を合わすことなく地面を見つめたまま、翔也はそう言った。彼の視線の先には焼き鳥が落ちていた。串に刺さったままのネギマが1本。
「上手そうだな」
「うん」
焼き鳥の回りに黒い点々が動き回っている。蟻だ。
高校2年の男子がふたりで蟻の動きを眺める。なかなかシュールな絵図ら。
「蟻さんの夕食は焼き鳥だね」
翔也がぽつりと言った。
「そうだな」
「この串1本で蟻何匹ぶんのご飯になるのかなぁ」
「ずいぶん食べられそうだな」
「うん。一家族で1食分? それとも1日くらいもつかな?」
「大人数だから2食分くらいじゃないか?」
蟻に1食2食と言う概念があるのかは知らないが。
蟻の行列は長々と延びている。
ちびちび
「ネギマってさ。僕、好きなんだ」
じっと蟻を見つめたままの翔也がそう言った。汐恩もじっと蟻を見つめる。
「ふーーん」
「違う素材が1本の串に刺されて一緒になっててさ、いい感じに馴染んでるみたいなのにそれぞれ美味しいんだ」
ほぉ・・・・・・と小さく声を立てて汐恩がうなずく。
「同じ味付けなのに鶏肉もネギも美味しくて、ネギはネギの良さがあるもんな」
汐恩の言葉に翔也もうなずく。
「そうなんだ、1本の串なのに互いに引き立てあってるって良いよね」
きらきらお目目で翔也が言った。
「俺とお前みたいだな」
「だな」
にっと笑ったふたりが互いをつつき始めて立ち上がる。
「あちょーーっ!」
「をりゃっ」
「ていっ!」
「ていっからのズシャ!」
「汐恩」
「あ?」
「放課後、部室に来ない?」
汐恩の動きが止まった。
「なんで?」
「昨日作ったケーキ、冷蔵庫にいれてあるから」
「んーー・・・・・・料理クラブ、女子多いからなぁ。どうしようかな。俺、ケーキあんまし食べんし」
汐恩がちょっと困った顔をする。
「汐恩用の甘さひかえめビターチョコだよ」
「それは旨そうだな」
「今日は女子いないと思うし」
「なんで?」
珍しく汐恩が女子に興味を持ってる。いや、料理クラブの女子だから気になってるんだろうなと、翔也は思った。
「隣町に新しくできたケーキ屋さんに皆で行くって言ってたから」
「翔也は一緒に行かないの?」
「部室ならともかく、よそで女子の中に男子1人はさすがにキツい」
「あぁ、そうだな」
ふたりで笑った。
「どうぞ」
「失礼しまぁーーす」
翔也に続いて汐恩も部室に入る。
「本当だ、誰もいない」
「適当に座って」
「うん」
料理クラブの部室には小さな冷蔵庫が置かれていた。電子レンジもジューサーミキサーや色々な鍋も置かれている。
ワッフル専用のものを見つけて汐恩は手に取った。
「これ、網みたいな形のふわふわなの作るやつ?」
「ん? ワッフルね」
「ああ、それ」
翔也は小さめのホールケーキを慣れた手つきで切り分けて皿に乗せた。
男子ふたりがケーキを前に向かい合って座って手を合わす。
「いただきす」
声を合わせたのと同じタイミングで部室のドアが開いた。
「ああ! なんで待っててくれないのよ」
同級生の
「え? ごめん。でも、ちゃんと残してあるよ」
「そうじゃなくて」
入ってきたのはふたりの同級生、美琴と
汐恩に気づいた瑠羽が、美琴の後ろに隠れるようにして赤い顔でこちらを見ている。それに気づいて汐恩がわかりやすくキョドった。
「美琴、ちょっと」
瑠羽が美琴の袖を引く。
「部室に入るのに何を
「だってッ」
もじもじしている瑠羽を見て汐恩が腰を浮かした。
「・・・・・・あ、俺帰った方がいいかな」
「いいのいいの」
美琴が口で止めて翔也は汐恩の腕を引っ張った。どうやら美琴と翔也は汐恩の同席を知っていたらしい。そのことに汐恩と瑠羽は気づいた。
「聞いてないよ」
「知ってたの?」
同じタイミングで、瑠羽と汐恩がそれぞれの親友にクレームを言った。小声でも小さな部室では両者の声が全員の耳に届いた。
「なに今さら恥ずかしがってんだよ」
「ああ?」
翔也が汐恩を小突く。
「超暖かい」
翔也が自分の耳をつかまえながら言った。
「それを言うなら、超あったけぇーー! だよね。汐恩くん」
今度は美琴が汐恩にいたずらな声をかける。
新入部員勧誘の日。汐恩と瑠羽のちょっとした会話のシーンをちゃかしてる。
「うっ・・・・・・うるさいなッ」
「ゆでカニじゃなくてうさぎさんだった」
「ちょっ・・・・・・!」
美琴がちゃちゃを入れて汐恩の顔が少し赤らんだ。
「すぐ顔赤くなって、仁藤、可愛いなぁ」
「音無うるさいッ」
「あはは」
カニみたいに両手にお箸を持っていた瑠羽は、汐恩に「ゆでカニみたい」と言われて耳まで真っ赤にしていた。そんな瑠羽の火照った耳を汐恩がつかまえて、つかまえた指で自分の耳をつかまえた。
汐恩にしては珍しく自分から女子へ接触したシーンだった。
「汐恩、ネギマみたいなもんだよ」
「はぁ!?」
翔也が言った言葉が突然すぎて、少し怒った顔の汐恩の頭にクレッションマークが浮かぶ。
「いつも男子とばかり話してないでさ。女子友も作ろうよ、ねっ」
翔也は笑顔を向けた。
「翔也くん、アールグレイティーを買いに自販機に行こう」
「そうだね」
美琴と翔也は申し合わせたように部室を出ていった。実のところ申し合わせていたわけだけど。
ゴトン
硬くて無機質な音を立てて缶が落ちてくる。
ゆっくり自販機までやってきた翔也と美琴はのんびりと缶を取り出した。
「あのふたり上手くやってるかな」
「どうだろうねぇ」
新入部員勧誘のあの日。
真っ赤な顔をした瑠羽の耳に触れた汐恩。お互いに気恥ずかしそうにしながら短い会話をしてたふたりを思い出す。
黙ってゆっくり歩きながら部室へ戻る。
翔也も美琴も笑顔の奥にほんの少し浮かない表情を隠していた。
「さっさと告白して付き合っちゃえばいいのに。世話が焼けるねぇ」
「・・・・・・うん」
眉が下がった悲しそうな顔で翔也はうなずいた。
あの日、汐恩と瑠羽の距離がぐっと近づいたと思ったのにぜんぜん進展する様子がない。
「
ぽつりと言った美琴を翔也は見つめた。
「ごめんね」
「なにが?」
「瑠羽のこと好きでしょ?」
うつむく翔也の頬が少し赤くなった。
「翔也くん食べるの好きで作るのも好きだから料理クラブに入った・・・・・・だけじゃないよね?」
美琴に言われてどきりとする。
「べ、べつにそういう訳じゃ・・・・・・」
「知ってるよ、瑠羽によくちょっかい出してるの」
「偶然・・・・・・たまたまだよ」
「そうね、偶然のたまたまかもね」
「そうだよ」
「瑠羽に奥義カニバサミさせたりね」
「あれは、彼女が両刀使いだから作業を早めようと」
「はいはい」
「なんだよっ」
渡り廊下で美琴はグラウンドに目を向けて立ち止まった。
「汐恩くんが珍しく積極的でさ、楽しそうに女子と話してるの。珍しかったよね」
遠い目をして美琴が言った。
「翔也くん、あのとき動きが止まってた。顔も固まってた」
翔也は黙っていた。
見られていたことに驚いて、気づかれてたことが恥ずかしくて。
「恋ってさ・・・・・・視野が狭い方がいいってこともあるのかもね」
美琴の長い髪が風に揺れていた。
しばらく、黙ったままふたりはグランドを見ていた。
「中庭の隅に焼き鳥が落ちてたんだ」
唐突な言葉のボールを取り損ねて美琴が目を丸くする。
「え・・・・・・?」
「蟻がいっぱいたかっててさ」
何を言い出したかと美琴は翔也を見つめる。
「ずっと見てたんだけど、蟻は誰も僕に気づかないんだ。・・・・・・でも、一生懸命の蟻を見てて僕は楽しかった」
顔を上げた翔也は笑った。その目は少し淋しそうだったけど。
「僕が何日も何も食べてなくて、凄くお腹が空いていたら蟻のことを羨ましいって思う。悔しくて涙が出てくるかもしれない」
翔也は遠くの空を見ていた。
「仁藤と楽しそうに話をする汐恩を見て残念だったけど悔しくはなかった。たぶん、僕の好きはそれくらいなんだと思う」
「そう・・・・・・か」
「うん」
あの時、汐恩と瑠羽のそばに立ってた美琴が目に入っていた。自分の残念な気持ちよりも、美琴のこわばった笑顔の方が翔也には辛く感じた。
視野が狭い方が突き進める時もある。
視野が広いから気づくこともある。
どっちが良いかなんてわからない。
ただ、串が違う食材を貫いてひと繋がりにするみたいに、物事は連なっている。良いことも悪いことも後から見てみないとわからないんだ。きっと。
□□ おわり □□
ネギマイズム 天猫 鳴 @amane_mei
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