チュートリアルと焼き鳥

キロール

ブロイラーなき焼き鳥事情

 よぉ、今回はお前さんらか。

 右も左も分からない状態だろうし、不安もあると思うが焼き鳥でも食いながら話そうや。


 俺はタコマル、本名じゃないがここではこれが俺の名前だ。しょうがねぇよな、自分でつけたんだから。俺にとってあのゲームはただの気晴らしでしかなかったが今やそれが現実だ。現実になっちまったんだ。


 分かるだろう? 大地の匂いの強さや空気の美味さが日本と段違いなのが。仮想空間じゃ味わえない、感じられない五感でこの地を感じることができるのが。そう、ゲームが現実になった。ラノベじゃ良くあるテーマの一つだわな、最近じゃ。


 ラノベと違う所は俺たちが当事者であり、俺たちは別に英雄でも何でもねぇってことさ。ここは日本と違ってひどく不便で命の危険も多い。


 救いなのは俺たちのはゲームで使っていたスキルが一応使えるって事さ。それはつまり戦えるって事だ。最も、何人も同じようなスキルを使うから対策は既に練られている。レアスキル持ちが粋がっていたらしいが過信を突かれ野盗に殺されたそうだ。


 ……まあ、食いなよ。味付けは塩だけでタレは無いんだが。タレも作れることは作れるが材料が高いんでな、大盤振る舞いは出来ねぇよ。この鳥肉だって俺が取って絞めた奴だぜ? それだけでも感謝しろとまで言わないが、まあ、味わって食ってくれよ。勿体ねぇ。


 この鳥肉を串で刺して焼いただけの焼き鳥だってこの世界じゃ安価じゃねぇ。立派な料理になる。酒のつまみで何本も食うには相応の金が必要さ。


 何で俺が焼き鳥を振舞いながら説明していると思う? 分かりやすいんだ。食い物を絡めた方が実感できるから。この焼き鳥一本で銅貨五枚の値が付く。この銅貨ってやつは、一枚十円の価値じゃねぇぞ? 百円くらいの価値はある。つまり五百円はするって事よ。


 何でかって? ここでは鳥を取るのも一苦労だからさ。養鶏場なんてないしブロイラーなんて種はない。基本的に肉料理は言わばジビエ料理。新鮮じゃなきゃ食えないし、冷蔵技術も冷凍技術もないからな、自ずとその価値は上がる。


 生きていくのがなかなか厳しそうなところだろう? モンスターも一応いて危険だが、何より人間が危険なのさ。さっきも言ったろう? 野盗にやられた奴もいるって。でもな、問題はそれだけじゃねぇ。


 俺がお前さんら焼き鳥を食わして懇切丁寧にここの状況を伝えるには訳がある。


 俺たちはVRの世界で遊んでいたゲーマーだ。肉体は日本に残っている。まあ、脳死扱いだろうな。……仮想世界の人格がこの世界に受肉するのに何が必要だと思う?


 そう、受肉だ。仮想が現実に置き換わるのに何が必要だ? 精神、或いは魂とでもいうべき物が受肉するには当然肉体が必要だよな?


 ここはブロイラーも養鶏所もねぇところだ。なんかのSFみたく人間工場なんてある筈もねぇよな。


 その辺の野生動物に受肉したんだったらまだ救いはあったかもな。だが、そうじゃねぇんだ。


 ……俺たちは誰かの夫や妻、誰かの親、誰かの子供から体を奪い変容してここにある。多分、あの時ゲームに接続していたユーザーの数だけ、そう言う事が起きるだろう。同時接続数は二千ほどだったかな? 斜陽のMMOだったからその程度で済むんだがよ。


 でもな、二千って相当な数だぜ? 二千の家庭で突然不幸が起きる訳だ。気付いたら夫や妻が別人に成り果て、意味の分からない言葉を吐き散らすってな。それだけじゃねぇのさ。NPCすら受肉した。魂なきAIが誰かの体奪い変容する。


 その事実を知った時の恐ろしさを何て言ったらよいのか、俺も良く分からねぇよ。


 計らずとも、俺たちはこの世界を侵している。だが、自殺なんてしちまえば犠牲になった誰かも自分も浮かばれねぇ。元の世界に戻れるでもなし。ならばどうする?


 足掻くしかねぇよ、罪を背負って、犯したくて犯した罪じゃなくとも背負って生きて行くしかねぇ。そして、元凶をどうにかするしかねぇんだ。


 望みはある。子連れの剣士がいる。まるで子連れ狼みたいだが、とてつもなく強い奴が。奴はを見ればわかる、俺なんて英雄なんてなれやしないってな。あれほどの強さを得るにはいくつもの屍と涙を踏み越えなきゃならねぇんだってな。ああ、もちろん、奴は日本人じゃねぇよ。日本ともこことも違う異世界の軍人だそうだ。


 そんな驚く事か? 俺たちですらないと思っていた異世界に来たんだ、もっと別の世界からもここに来た奴がいた所で驚く事もないだろう? 俺たちは別に特別でもねぇってだけさ。それが早めに分かれば生き残る目はある。 


 まあ、その子連れ剣士ともう一人も男が元凶と敵対している。


 元凶が何かって?


 ……あのゲームを作った奴の一人だよ。自分の作った世界から人が離れてゲームが斜陽になった事が許せなかった奴は何かをやらかした。それが何か知らねぇが、結果は俺たちに罪を背負わせた。ふざけやがって……。


 奴の狂った自慰行動で俺たちはここに居る。


 ――俺からのチュートリアルはこのくらいにしておこう。さあ、焼き鳥でも食って元気だしな。食い物食って生き抜かにゃ、元の肉体の持ち主に申し訳が立たない。辛いと思うが、知らずにいるよりはマシだろう? その焼き鳥の味を、苦さを忘れないでくれ。


 言うなればこれこそまさに罪な味って奴だ。

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チュートリアルと焼き鳥 キロール @kiloul

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