【KAC20226】室町版暴れん坊将軍(やきとり編)

石束

勇太と『種子島』

 

 ばちばち。ばちばち。


 真っ赤に焼けた枯木をなめる様に火が上がる。

 なぜにこれほど、焚火というのは人の心を掻き立て、また見ていると落ち着けるのだろうか。


 そして、どうしてこんなにも直火で焼いたキジバトは香ばしいのであろうか。

 次第に色を変え、きつね色にこんがり焦げてかつ内から溢れる油がてらてらと、揺らめく炎を照り返す。


「うむ。…………うむうむ」

 

 頷いたのは一言で言って、巨大な男だった。背丈も高ければ肩幅も広い。最近、どこもかしこも飢饉だというのに何を食えばこんなに大きくなるのだろうと、いぶかしく思われるほどに、胸も肩も四肢もたくましく発達している。

 しかもそんな体をこれ見よがしにするように、片肌抜いて焚火の前に座っている。

 湯気を上げるほどに汗をかき、てらてらと炎に浮かび上がる様はまるで赤鬼のようであった。

 男は太い竹筒に穴をあけて栓をしただけの簡単な水筒を豪快に傾ける。中には沢から汲んできた清水が入っている。


 ごくんごきゅんごきゅん。


 のどぼとけが動く。


「ああっ やはり素振りの後はこれに限るっ」


 暑苦しい。非常に暑苦しい。


「一応申し上げておきますが、ここは11月半ばの山の中ですからね。いいかげん服を着てください。風邪をひきますよ」


 焚火の向こう側から冷静に指摘するのは、少し年かさと見える男だった。口調が丁寧なのは性格もあるだろうが、彼にとって向かいに座る男が主人……みたいなものだからである。


「そんなことより! 十兵衛! もうよいのではないか? 焼けたのではないか?」


「御身の大切は、『そんなこと』で片づけてよいものではないのですが? ――そうですな。もうそろそろよいでしょう」


「うむ! 今宵の食を与えてくれた神仏に感謝して、食うとしようぞ!」


 ずぼっと、地面からキジバトを貫く枝ごと引き抜いて、大男がかぶりつく。


「うまい! うまいぞ、十兵衛! これを猟したものに褒美を遣わさねばならんな!」


「手持ちがそれほどございませんが」

「なに? 持ってきておるではないか」


 言われて「十兵衛」と呼ばれた方の人物は眉を寄せた。


「あれは玉薬用の硝石の買い付け費用にございます」

「全部か? いや全部ではなかろう? そこそこあったぞ?」

「硝石は高価な上にも、品薄にございます。買い叩いては次がありませぬ」


 うーむ。世知辛いのう。と大男。

 十兵衛として「いや、あんたが付いてくるといわなければもう少し余裕があったんだけどね」とは立場上いえない。

 苦しい上下関係と台所である。

 

 男の方は気にも留めず。


「そうか」


 といってつぎの枝を手にした。

 あの会話の何処に食うスキがあったのかとおもわれるかもしれないが、キジバトはすでに骨になっている。


「おお、次はライチョウではないか? めずらしい! 脂がのっておる! 旬の短いこの味にかような場所で出会えるとは!」


 男は妙に詳しかった。ライチョウの旬は11月。他の鳥に先駆けて食べごろとなり、年をまたげば味が落ちる。

 野鳥の季節の到来を告げる存在である。


「これ、この滋味、この歯ごたえ、そしてこの香り! ああ、もうこのような季節であったのだなあ」


 中々に堂に入った食レポであった。


「お詳しいですな」

「朽木谷ではやることがなかったからの! 暇があれば山で猟をしておった!」

「御身がなさることではありますまいに」


 ちまちまとウズラを食べながら十兵衛がいう。

 それをどこ吹く風と、男は次の枝をとった。


 そう。食レポの前にライチョウはすでに骨になっていた。


「ヤマシギ! ヤマシギではないか! これはすごい! ――みよ!十兵衛!このヤマシギは内臓(わた)をとっておらぬ! みそもそのままだ!」


「はあ?」


「わかっておる! このトリどもを捕らえた者はわかっておる! そうよ! ヤマシギは内臓こそがうまい! そのあたりをようわかっておる! 見事!見事! あっぱれじゃ!」


「……さようですか」


 何か言う気力を失った十兵衛は、ふむと周囲を見渡した。


「したが、この焚火場。地元の猟師のものでしょうか? どう考えても、勝手に食ってよいモノとは思えませんが」


「なに! これほどきちんとした処理がしてあるのだ。売り物に相違ない! 里にかえるか、別の集落に売りに行くかはわからぬが、ここで売れたなら荷物もなくなって帰り路が楽になろう! 

 余が腹を満たしかつ民が楽であれば、これこそ余の望みである。――うむ。十兵衛! やはり褒美ははずんでやらねばなるまいぞ!」


「左様でございましょうか? まあ、目当ての里が見つからぬ上に、食料も尽きておりました故、天祐ではありましたが……」


 十兵衛がため息交じりにそういった時である。

 背後の茂みがゆれて、人影が現れ、そして。


「ああああああっ」


 と叫び声をあげた。



◇◆◇


 11月。冬迫る山里。


 勇太がひとりで山に入ったのは、相応の理由があってのことだった。


 まず、ただ一人の家族であった父が、猟から帰らなかったこと。

 子供とはいえ、まずしい村だ。勇太はその日から一人前の猟師にならねばならなかった。


 二つ目には父の猟がまだまだ珍しい『種子島』――火縄銃を用いたものだったこと。

 弓矢や罠を使う里の他の猟師にすれば、得体のしれない異物でしかなく、その発射の際の轟音も火縄の臭いも猟には向かないと、忌避された。

 弓矢や罠を使うのであれば、教えてやるし仲間にも入れてやる。猟の出来が悪ければそれなりではあっても獲物の融通もしてやろう、と里の長がいった。なのに頑固に火縄銃を勇太が手放さないので、勇太ばかりを贔屓できないと里の長も匙を投げた。


 三つ目には、先の二つに大きく関わる。


 父は化け物のような巨大な羆(ひぐま)に食い殺された。このあたりにはいない羆であるから、よそからはぐれてきたに相違なかった。傷を負い狂暴であり、狡猾で残忍で、すでに人の肉の味を知っていた。すでに里の者が幾人も餌食になっている。


 父は日ごろ火縄銃使いであることで里の猟に入れてもらえぬことも省みず、里のため、村人の仇というべき羆を討たんとして――果たせなかったのだ。


 里の長が勇太を気に掛ける理由も、ここにある。


 勇太はその里長や数少ない彼にやさしくしてくれる村人たちの制止を振り切り、己ひとりで山に入ることを選んだ。

 罠や弓で鳥を狩ったことはある。むしろ村の誰よりそのことに巧みなのが勇太だった。

 それだけやっていれば、猟師であることも村人であることも、難しくはなかったろう。

 だが、彼は父の『種子島』を選んだ。


 ――これは、敵討ちなのだ。


 しかし、現実は思い通りにいかない。肝心の羆の居場所がつかめない。

 寝起きの焚火場を山中に設けて、二日探して休み、三日歩いて戻りを繰り返す。だが、この三日も成果なく。勇太はやむえず、また焚火場にもどった。

 疲労と、心労と、空腹と、焼ける様なのどの渇き。

 ふらふらと幽鬼の如きありさまで、わずかな米と罠でとらえた野鳥を隠してある焚火場に帰ると、そこにふたりばかり、見慣れぬ男がたちがいて――


「ああああああああっ!」


 ◆◇◆


「もうしわけないっ!」


 十兵衛が止める間もなく。大男がその場に土下座した。


「ゆるせ。あまりにウマそうだった故に全部食ってしまった!」


 少年――勇太は怒る立場だったが、男の勢いについ二歩三歩と後ずさりした。

 しかたございませんな。と十兵衛は懐に手をやった。


「すまぬな。少年。誰ぞの焚火場であろうとは思ったのだが、こちらも旅先の上、食いものを切らしておってな。勝手とは思ったが馳走になったのだ。おぬしの里が近くであれば、送ってゆくゆえ山を下りてもらえぬか? 当然手前どもが食った分は、そちらの言い値で銭を払うゆえ――」


「十兵衛! おぬしそれでも武士か! 何もかも銭で解決するとは何事だ!」


 至極まっとうなことを十兵衛が言ったが、それを男がすべてひっくり返した。


「いったい。どうせよとおっしゃるのです?」


 何度目変わらないため息をつきながら十兵衛がそう尋ねると、男は腰に手をやってぐっと胸を張った。


「この者の父は里にあだなす化け物を討たんと戦いを挑み、敵わず相果てた! だがここに一子があって健気にも父の望みを果たし里を救わんとする! これを見捨てるなど、断じてできぬ!」


 嫌な予感がした。


「十兵衛! 今こそ我らがこの少年に合力し、そのヒグマを討ち果たすのだ!」


「……相手は正真の化け物にございますぞ?」


「遠祖頼光様の鬼退治以来、化け物退治は我が家のお家芸よ! ヒグマていど、三枚に下ろして鍋の具にしてやらねば、ご先祖様に顔向けできぬわ!」


 源頼光と四天王が鬼退治をしたのは、鬼を食べるのが目的ではなかったけれど。


 ◆◇◆


 ――さて、買い物ついでの物見遊山転じて、化け物退治となった主従。

 つづきは次回の講釈で…………できるかどうかは、お題次第。






 

 

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