串打ち男【KAC2022 6回目】

ほのなえ

串打ち男

 地域で人気の焼き鳥屋「とりのすけ」の長男、羽田飛雄はねだとびおは、人と関わるのが苦手で学生時代は引きこもり。

 25歳になった今でも、家の手伝いで長年やってきた串打ちしか能のない男だ。


 実家が店をやっていることは飛雄にとって一番の救いであり、嫌いな学校に行かずとも、幸い仕事にはありつけている。

 しかし包丁が怖くて握れず、味覚オンチで味の調整もできず、鳥の焼き加減を見るのも苦手ですぐ焦がしてしまい……さらには人と関わるのが苦手で接客なんてもってのほかといったように、焼き鳥屋に必要な素質がなく、結果焼き鳥の串打ちしかできる仕事がない状態のまま現在に至っている。


 父親の飛助とびすけは飛雄に店を継がせるつもりだったが諦め、そんな飛雄とは違って才能があり、社交性もある次男の翔太しょうたにゆくゆくは店を継がせることを決めていた。

 そして先日飛助が病気したことをきっかけに、次男の翔太がしばらくの間、店長代理を任されることになった。


「飛雄には串打ちだけをやらせろ」

 父親にそう言いつけられている翔太はその通りにしてきたが、その状態で共に仕事をしていると、次第に串打ちしかできない飛雄のことを役立たずだと感じるようになっていた。


「思うんだけど」

 ある日のこと、黙々と串打ちをやっている飛雄に翔太が話しかける。

「串打ちしかできない兄貴ってうちの店にとって…その…傍から見ておかしいと思うんだ。従業員は今俺たち以外には母さんと幼馴染の香織かおりの二人しかいないからよかったけど、来週からアルバイトの子も厨房に一人増える予定で、そんな兄貴がいるっていうのは士気に関わるっていうか…さ」

 翔太はここまでは言いにくそうに、飛雄の目を見ずそう言ったが……その次は、意を決したように飛雄の目をまっすぐに見る。

「父さんは兄貴が心配だから店に置いてるんだろうけど、俺が店長になったら…正直そんな兄貴はこの店にいらない。俺が店を正式に継ぐまでに、兄貴は外か…それが難しいなら家でもできる仕事とか自分で見つけてくれよ」

 それを聞いた飛雄は衝撃を受けると同時に、いつか言われそうなことをついに言われてしまった…と頭の中が真っ白になる。

「兄貴がいなくても店はまわると思うから…明日はちょっと試しに休んでみろよ。串打ちは母さんでも俺でもできるし」

 翔太はそう言って飛雄に背を向ける。飛雄は呆然として何も言い返せないまま、串打ちの手を止めその場にたたずんでいる。



 次の日の土曜日、飛雄は仕事を取り上げられ、家にいてもこれからどうするか、ということを考えていると不安でいたたまれなくなってしまい、珍しく外出する。


 しかし久々に外出すると周りの人の目が怖く、とても人のいる場所には行けなくなってしまい、だれもいない寂れた公園のベンチで早々に小休止することにした。


(どうせ僕なんかがいなくても店はやっていけるんだろうな…そうなったらお先真っ暗だ…これからどうしよう)


 そんなことを考えていると、従業員であり、隣の家に住んでいる幼馴染の香織が公園に小走りでやってくる。「とりのすけ」と書かれたエプロンをしたままの香織に飛雄は目を丸くする。


「やっぱりここにいた!もう!電話しても出ないんだから探したじゃん!」

 香織がそう言うと、むんずと飛雄の腕をつかむ。香織に少し好意を持つ飛雄は触れられて一瞬ドキリとする…が、彼女は弟の翔太とおそらく両想いであることを思い出し、冷静さを取り戻す。

「な、なんだよ香織…」

「早く! 店に戻ってきて!」

 香織がそう言って飛雄を引っぱっていく。


 店に戻ると、店内はにぎわっていた……が、いつものように活気のある雰囲気ではなく、何かが起こったのか変にざわざわしていた。そして、ランチ時によく来店する常連さんが翔太に何か小言を言っているようだった。


「ほら、さっさと用意していつもみたいにひたすら串打ちしてよ!」

 香織が急き立てるようにうながす。

「か、香織は聞いてないかもしれないけど、僕は調理場に……今日は立てなくて…」

「知ってるわよ。でもそれ、うまくいかなかったみたい」

「え?」

 ぽかんとする飛雄に香織はエプロンを手渡す。

「ほら、あんたの串打ちが必要みたいだから手伝ってやって」

 そうして結局、飛雄は今日もいつものように黙々と串打ちをすることになる。



 閉店後、片づけをしながら、なぜ串打ちを任されたんだろう……と考えていると、翔太が声をかけてくる

「…俺、串打ちだけは兄貴にかなわないみたいだな」

「……え?」

「兄貴がいないと店がまわらなかっただけじゃなく、焼き鳥の美味さも変わるみたいだ。それに俺だけじゃない、母さんよりもだ……。兄貴ってすごいんだな、父さんがひたすら串打ちをやらせる理由がよくわかったよ。知らずに兄貴はいらないなんて言って悪かった。これからも力を貸してくれよ。……嫌かもしれないけど」

「そんな……。こっちこそ、串打ちだけしかできないのがダメっていうのは自分でもわかってるし…」

「……でも、串打ちが上手いってことは手先とか器用ってことだろ? 他にもできること、ありそうなんだよな。……これから俺と一緒に見つけていこうぜ」

 翔太はそう言って飛雄の腕にグータッチする。その翔太の言葉が嬉しくて、飛雄は思わず感極まる。


「じゃ、あたしこれからデートなのでお先に!」

 向こうから香織の声がして二人はハッとする。飛雄はそれを聞いて目を丸くして翔太を見る。見られた翔太はというと…こちらもショックを受けたように、目を丸くして香織を見ている。

「え、香織って……彼氏、いたっけ……」

「昨日できたの! 大学の先輩でね、すっごくイケメンなんだから!」

 香織はそう言ってウインクし、うきうきとした様子で去ってゆく。それを見て飛雄は翔太のほうを見る。

「あれ、香織って……翔太の彼女だったんじゃ……?」

「いや……そういうわけじゃなかった……けどさ」

(あれ、仲良さげだからそうだと思ってたけど、気のせいだった……?)

 飛雄は自分が全然周りを見れていなかったことを察する。

(……てことは、父さんが僕を無能で串打ちしかできないって思ってるってのも、案外思い込みだったりするのかな……)

「……お互いフラれたな、俺たち」

 翔太はそう言って苦笑いする。飛雄は自分の気持ちが翔太に知られていたことにギクリとするも、同一人物への失恋によって翔太との絆が深まったように感じて、ふふっと笑う。

「ったく……今日はいろんな意味でショックを受けた日だったな。あ、来週くるアルバイトの子には、兄貴のこと『串打ちのプロ』って紹介するから、心配せずにいつも通り串打ちに励んでくれよな」

 翔太はそう言って飛雄に笑いかけ、飛雄も笑って頷く。


 こうして正式に翔太が店を継いだあとも、二人の力によって焼き鳥屋「とりのすけ」は繁盛し……飛雄は、あいかわらず毎日串打ちに打ち込む日々を送るのであった。





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