第一ニ話 仲直り

「エトワールちゃんまだ眠たくないのですか?もうそろそろ寝る時間になりますのに…もしかして眠れないのでしょうか?」


 眠れないんじゃなくて寝れないんだよ。

 あとなに服の袖にナイフ入れているんだ。本当に殺意隠す気あるのか?

 レジーナの持つ氷のナイフがキラリと光を反射する。心なしかレジーナの瞳の奥がギラり光っているようにも見えた。


 はぁ、非常に面倒だが仕方がない。これから『男をレジーナから逃がしてあげよう大作戦』を決行するしかないようだ。


 ちなみにこの『男をレジーナから逃がしてあげよう大作戦』とは俺が今まで寝ないで考えたレジーナから男を守る作戦の総称である。

 俺はネーミングセンスがないので悩んだ末、この名称になった。下手に色々な言葉を加えて変えないことも"美"だ。別に俺は美しさの基準とか知らない。

 だが、強さはわかる。レジーナは俺が出会った人達の中で一番強い。

 つまりあの男を助けることはすなわち俺が危険を被ることを意味する。

 たとえレジーナが俺を大切にしてくれているとしても、俺たちはお互いのことを何も知らない。

 俺たちは同じ時間を一ヶ月も共有していないのだから。

 年齢だって、どうしてこの場所に居たのかも、どうしてあの時助けてくれたのかも、知らない。

 だからレジーナがいつ俺を見放し、俺の敵になったって可笑しくはない。

 むしろその事が今まで頭に浮かばなかったほどレジーナを信用している事のほうがよっぽど可笑しいだろう。


 そして下手すれば俺は"この世界に来て生まれて初めて助けてくれた人"を敵に回すことになる。

 正直言ってレジーナとあの男のどちらを取るかと言われれば間違いなくレジーナを取る。

 だが、レジーナはしっかりと話し合えば理解を示してくれるはずだという信用の皮をかぶった、俺の傲慢な考えが、俺を今突き動かしている。

 そのせいで、俺は眠くて仕方がない身体に鞭打って、緋色の男を助ける作戦を立てている。

 そして多少なりとも、俺に利点があるのだ。今回のことでレジーナが何を優先して行動するのかを知ることができる。

 俺の信頼を優先させるか、それとも自分の意志を優先させるのか。 我ながら、「仕事と私どっちを取るの!」のように面倒な彼女臭がするがこれはレジーナと過ごしていく上で、いつかは確認しければならないことだ。

 レジーナが俺の信頼よりも自分の意思を優先させるのであれば、俺はレジーナへ警戒を怠れないし、もし俺がレジーナの意志に反することがあれば敵と見なされるだろう。だから、いつかは確認するつもりでいた。ただその時期が早まっただけだ。

 俺は誰の誰の幸せを純粋な気持ちで願うことができる人間ではない。男を助けるのも利点があるからだ。

 そりゃあ助けられるのであれば間違いなく男を助けるだろう。

 でもそれだけでは、俺を助けてくれた人を敵に回す危険なんて犯さない。

 俺はこのレジーナに絶大なる信頼を無責任に押しつけている。

 まだ何も知らない癖に、身勝手な期待を無理に押し付けているだけに過ぎない。

 だからレジーナが俺の期待に反したとしても、それは勝手な期待を押し付けた俺の過失だ。


 また、利点は他にもある。

 あの緋色の男はレジーナに及ばずとも相当強い部類の人間だ。

 だから恩を売っておくべきた。

 恩を売っておいて良いことはあれど悪いことはない。だけど自分の身が危うくなったら緋色の男の救出は諦める。

 俺は利益のために自分の身を危険に脅かすほど馬鹿ではない。ましてや、他人のために命を脅かすことは絶対ない。

 だが、その利点の為に危険を犯そうとしていることを考えると、結局馬鹿なのかもしれない。


───待てよ?

 そう考えると"優しい人間=俺"と言う式ができるな。

もしかして、俺はとても優しいのではないだろうか。

 たとえ邪な理由があれど寝ずに人を助ける方法を考えてあげるだなんて。俺はとても優しいな。

 "間違え"で人を殺しちゃう奴とはまるで大違いだ。

 そりゃまぁ、俺は誰よりも完璧な人間だししな。当然の結果だ。

 少なくとも俺が俺を一番だと信じ続ける限り俺は永遠に、最強で完璧であり続ける。

 誰も邪魔できはしない、最高峰の芸術。その行き着く先が全て俺。誰もが俺を最高傑作だと褒め称え、こうべを垂れる。


───ジュルッ

 おっと皆が俺に頭を垂れる想像したら涎が…


「あら、お腹が空いていらっしゃったからなかなか眠らなかったのですわね!」


 全然違うし、かすっても無い。ニアピン賞すらもあげられない。


「ちがう!」

「でしたら…」


 だから違うって、お願いだから納得しないで。

 手足を動かして必死にアピールをするが全く伝わることがなく、レジーナは辺りを見渡してご飯を探している。


「あら?わたくしもっと取ってきたはずですのに全然ありませんわね。」


 そう言いながらレジーナは首を傾げ、不思議そうに果物を見つめている。


 冬眠中のリスか?

 隠した場所忘れちゃった〜!みたいな。


「………。」


 沈黙が一番怖いんだよ、なんでも良いから喋ってくれ。


「あいつ…ですわね。」


 何が?


「あいつのせいですわ〜!あいつが喧嘩売ってきた時に置いていってしまいましたわ!!」


ああ、あの時ね。 それなら、取りに行かだけで済む。

 良かったよ、レジーナがリスじゃなくて。


◇◇◇

「ゔぅ」


 ボロボロの体で、床にうつ伏せになっていた体をなんとか仰向けにする。

 

「はぁ…。やらかした」


 帝国のやつだからって赤ん坊を巻き込もうとするだなんて、流石にやりすぎだよなぁ。

俺もやけくそになりすぎた。


『ルビア、君は一度突っ走ると周りが見えなくなるところがある。』

『そんなことはないだろ』

『頑なだなぁ、とりあえず。気をつけるんだよ。』

『ヘイヘイわかりましたよ。』

『本当に?』


 チッ 死んだやつのことをいつまでも思い出すな。そんなことをしたって現実は変わったりはしない。


「でも、あいつの言う通りだったな。」


 どこから間違えたのだろう。

 何も掴めはしなかった、なんの成果もなく終わった。どれだけ俺が抗っても世界は少しも変わらなかった。変わったのは死んでいく仲間の数だけだ。


「役立たず…」


 泣くな。今、泣くべきなのは俺じゃ無い。

 どれだけ自分を叱咤しても、涙を腕で拭っても、視界が歪んで仕方がない。


「きゅ〜む」


───白い、魔物?

 白い魔物が俺の周りをぐるっと一周したかと思えば、俺の口に橙色の実を押し付けてくる。

 その姿が魔物なのに愛くるしくて。傷だらけで泣いているのが馬鹿らしくなってくる。


「これを食べろってことか?」

「きゅむ!」


 白い魔物が「そうだ」と言わんばかりに頷く。

 

「美味しいよ、ありがとな」

「きゅむ♪」


 俺が目を逸らしながらお礼を言ったら、白い魔物は満足そうに笑ってくる。


◇◇◇

 果物を取りにレジーナに連れられ、さっきの場所に戻ると緋色の男が果物を食べていた。


 何をやってるんだよ、あいつ。

 俺が一生懸命考えていたことを一瞬で塵に戻して。


 レジーナなんか怒りすぎて黙っちゃったじゃ無いか。


「きゅむ、きゅむ〜!(食べな、食べな〜!)」


───ん?

 ……ルリが緋色の男にゲリゾンの実を食べさせている。


 そうか、怪我してるもんな。ルリは本当に優しいな。


 ルリが俺に気がつき、ぽてぽてと走り寄ってくる。

 それを見たレジーナが優しく俺を床に降ろした。


「きゅうむ?(ルリ偉い?)」

「えらい!」


 小さな手で力一杯ルリを撫で回す。撫で回すと言っても、俺はまだ立たないのでルリを引っ張る感じになっている。


「それにしても、先程までわたくしのことを化け物だと揶揄した人が、魔物から給仕されているだなんて…随分と無様ですわね。」


 いつのまにかレジーナが緋色の男の前に立ち、見下ろしている。



「そうだな、無様だよ。」

「ええ。」


 好戦的だった緋色の男の姿は見る影もなく、苦笑いをしながらレジーナの言葉を素直に認める。


 緋色の男はこの短時間で何か吹っ切れたようで、清々しい顔をしている。


「はぁ、こちらばかり怒っていては馬鹿らしいですわね。」

「俺を許すつもりなのか?」

「許すわけないでしょう?何を馬鹿げたことを。」

「それでいい」


 緋色の男はおかしそうに八重歯を見せながら笑った。


 何解決しているんだ。おい、緋色の男もカッコつけているんじゃない。俺が寝ずに一生懸命考えた時間を返せ。

俺は人の厚意を無駄にする奴大嫌いだ。

 この恩は絶対返してもらう。なんなら利用してボロボロになるまで使ってやるから、待ってろ。

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ヒロインの隣の席の男子に転生してしまった。 福神漬け @inu5rouFramboise

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