第一一話 緋色の男

 「まにあええええぇぇええええ!!!」

 


 お願いだから間に合ってくれ。あと少し、ほんの少しなんだ。


 サラリと揺れるレジーナの髪。目の前いっぱいに深い翠色が広がっている。


──いつの間に俺の前に…


 レジーナが俺の前で足を開き俺を守るように緋色の髪の男の前に立ちはだかる。

 その後ろ姿は力強く、まるで幼い頃夢に見た英雄ヒーローのようだ。


「さっき程とどめを刺せたのにそうはしなかったのはせめてもの慈悲でしたのに…。」


 レジーナは一瞬悲しそうな顔をする。だがすぐに強く男を咎める。


「あなたは随分と愚かな選択をするのですね。それにあなたはわたくしの話を聞いても気がつかないのですか?」

 

「はははっあれか?手榴弾がお前の魔法で使えないようになってたってことか?」


 男が心底可笑しそうに笑いながら話す。

男の手から氷の楕円形のものが「ゴンッ」と音を立てて床に落ちる。


──あれが手榴弾か。

 よく目を凝らすと氷に覆われた手榴弾が見えた。確かにあれじゃ爆発できないな。良かった、本当に良かったぁ。心臓が止まるかと思った、みんな死んでしまうかと思った。


 生まれてすぐ殺されそうになった時は、まだ赤ん坊として生まれ変わった意識が芽生えていなくて死への絶望を感じなかった。

 でも今はレジーナやルリ、しらたまママさんを失うのが怖い。俺の自惚れかもしれないが俺が死んでレジーナやルリ、しらたまママさんが悲しむのがすごく嫌なんだよ。

 大切な人が死ぬのを何も出来ずに見送るのは何よりも辛いことだから。


 俺たちに突如訪れた死亡フラグはレジーナの魔法により静かに終わりを迎えた。

 

「チッ化け物が。慈悲…化け物も慈悲という感情を持ち合わせているんだな。

初めて知った、笑えるな。」


 男の「化け物」という言葉にレジーナの眉がピクリと動く。


「帝国を恨んでいる人間かと思えば、時代遅れの加護なし至上主義者でしたか。今の時代老害しかいないかと思いました。」

「自惚れるなよ。お前らは《加護持ち》なんかじゃない、ただの《悪魔憑き》だ。」


 二人の間に火花が散っているのが見える。レジーナは笑ってはいるが言葉の節々に棘を感じるし、男の方は嫌悪感を隠す気もないらしい。

 そういえばルリはこんな殺伐とした空気感で大丈夫なのだろうか。

──寝てるだとっ。この雰囲気で眠れるの強過ぎだろ。てか男はなんであんなにボロボロになっているのに話せてるんだ?それに《加護持ち》と《悪魔憑き》という言葉も謎だ。


「あなたは先程から勘違いをしているようですがわたくしは帝国の人間ではありません。」

「わかりやすい嘘をつくな。《悪魔憑き》は帝国の人間以外居ない。」


 レジーナがあからさまに侮蔑の表情を浮かべる。


「あなたのような思い込みの激しい人間ごみがうじゃうじゃいるから…」

「なんだよ」

「いえ、薄っぺらい知識で恐れて人を迫害する人間はいつまで経っても消えてくれないんだなと思っただけですよ。」

「お前達の方が迫害をしてるだろ!」

「…………。」


 「この男と話している時間が無駄」だとレジーナのオーラからひしひしと感じる。

 レジーナからでているオーラで思っていることが伝わるとは相当だな。

 

「さっこんな人のことは放って一緒に帰りましょう。エトワールちゃん。」


 レジーナは俺の方へくるっと振り返り笑顔で話しかける。


 すごく闇を感じる。レジーナは絶対「怒っていますか?」って聞いても「怒ってないよ」って返すけどめちゃくちゃ裏で毒吐きまくるタイプだ。絶対そうだ、俺の前世の上司だったからよくわかる。優しい人だと思って側にいたら後ろから毒針刺してるタイプの方。そして怒らせたら会社で孤立させられて社会的に抹殺してくるタイプでもある。


「おい!とどめを刺さないのかよ」

「とどめを刺す価値もありません。どうせ今のあなたならこの魔境の魔物の餌になって死にますから。どうぞ魔物の餌になって私達わたくしたちに良い肉付きになった魔物を提供してくださいな。」


──なんでお前話しかけた。レジーナの導火線に油シャバシャバ注いで何がしたいんだ。引火して大爆発起こすだけじゃないか。

こんなの猿だってわかる。こいつ猿以下だったのか。会って数分で自爆無差別テロを決行しようとするような奴だもんな。そりゃあ猿だ。

それになんでお前はレジーナを「おもしれー女」的な目で見てるんだ。お前、少女漫画のヒーローみたいなツラしてる場合じゃないぞ。

 これから自分の身をどう割り振るかしっかり考えておかないと、裏で孤立させられるのは既に決定してしまっているんだからな。お前の怪我的に一人では生きられないんだから。もっと危機感を持って、今のうちにレジーナの怒りのボルテージがカンストする前に土下座しといた方が身のためだと思うぞ。


(エトワールちゃんが居た手前、とどめは刺さないとは言いましたが…。魔物をあの男の周りに誘き寄せないとは言っていませんわよね?もちろんわたくしの手は汚しませんし…ね?)


──怒りのボルテージもうカンストしてた。お前もうこの場所から走って逃げろ。間接的にレジーナに殺されてしまうぞ。自分を殺そうとした人間だとしても死なれるのは夢見が悪すぎる。


(大体神様の最高傑作の天使であるエトワールちゃんを巻き込んで自爆しようとするだなんて塵以下じゃないのかしら。)


俺のこと過大評価しすぎだと思う。


(やっぱり考えれば考えるほど殺意が明確になりますわね。エトワールちゃんが眠っている間にこっそりとどめを刺しに行こうかしら。そうしましょう。迷宮内ならどこまでも追いかけて地獄より酷い目に合わせてやりますわ)


 今すぐにでもレジーナから逃げなさい。


(罪の無い赤ん坊を巻き込んで自爆しようとするなんて。それじゃあまるで俺の大っ嫌いな帝国の奴らと同じじゃないか。怪我が治ったらあの女が居ないうちに赤ん坊に謝ろう。俺の言ってる言葉がわかるかわからないけど。気持ちだけでも伝えることが大切だ。)


そんなものはどうだっていい。なんなら今謝罪を受け取った。だからお前は今すぐ逃げろ。

俺がもし緋色の男が迷宮内から逃げ去る前に寝てしまったら緋色の男は即レジーナに殺される。


まったく、どこの世界に大人の生死を握っている赤ん坊がいるんだよ。

……俺だ。


 最悪すぎるだろ。夢見が悪いどころじゃない、ゴキ○リが俺が眠っている時に布団の下で繁殖してるレベルで悍ましい。


 これは早急になんとかしないと取り返しのつかないことになるぞ…。

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