第一〇話 祝福

綺麗に咲いている花の中心でしらたまママさんがもそもそと手を動かして、なにかを作っている。


──あれは…花冠だろうか。


 暫く、その姿を見守っているとしらたまママさんが満足したかのように頷き。

 花冠を俺の頭に乗せ…ようとしたが花冠が大きすぎて俺の体を通り抜ける。



 俺の体を通り抜けた花冠を呆然と見つめる。

 しらたまママさんの方を見るとニコニコと顔を綻ばせながら拍手をしている。


 違うぞ?今拍手するところじゃないぞ。

 頭に乗せられてないからな?

 なんかインテリアのように俺の周りに花冠があるだけだからな?


 そんなことを考えているとしらたまママさんがいつの間にかどこかに行ってしまった。


 くだらないことを考えていたしてたせいでしらたまママさんがいなくなってしまったことに全然気が付かなかった…


 まったく。俺の中身が大人じゃなかったら、泣いていたところだぞ。

 それに赤ん坊に何も言わずに置いてどこかに行くなんて酷いじゃないか。

 俺は赤ん坊じゃないけど傷ついたぞ。



 ふとルリやしらたまキツネたちのことを考える。

 しらたまママさんあれだけ沢山の子どもいて放置して育ててきたのだろうか?

 レジーナは少し過保護すぎるような気もするが。ここは結構強い魔物もあるし、もう少し気にかけてみてもいいと思うぞ。



 それとも自分で戦わせて強い子にするタイプか?

 可愛い子には旅をさせろ的な。

 確かにルリ強いよな…。


 ルリ頑張ったんだな。

 俺は少しだけルリを不憫に思った。

 

 何もしていないのはつまらないので辺り一面に咲いている花に手を伸ばす。


 ダメだ、届かん。

 しらたまママさんはなぜ、こんな微妙な位置に俺を下ろしたんだ!

そのせいで今俺はうつ伏せの状態になっているじゃないか。



 目の前に花々が咲いているのに、近くで愛でられない自分惨めさに地面に突っ伏したまま打ちひしがれる。

 仕方がないのでぼけっと持ち前のアホヅラで花を眺める。


──ここに咲いている花な色は赤、青、緑、茶、黄なんだな。


 ふと、しらたまママさんがくれた花冠の色は何色だろうかと疑問が頭よぎる。

 体を通り抜けたことに気を取られすぎてしっかりと花冠を見ていなかった。


 

 

 ──レジーナの髪色のような綺麗な翠色の花だ。

 緑色の花の中でもとびきりレジーナの髪色に似た花。

 しらたまキツネママさんはレジーナに似ているからこの花で冠を作ってくれたのだろうか?

 

 いつも俺たちを何も言わずに穏やかに眺めていてくれている、しらたまママさんの姿が思い浮かぶ。


 俺たちのことよく見てくれているんだなぁ。それにしても、よくあんなに大きい手でこんなに繊細なものを作れるな。恐ろしくなるほど器用じゃないか。

 一つだけ言うことがあるとするならば花冠の大きさが俺の大きさに合ってないと言うことだが。

 まぁ?俺の心の大きさに合わせて作ったとするならその通り、いやむしろもっと大きくても良いぐらいだな。


 …………つまらない。

"ハイハイ"でも良いから前へ進みたい。花に癒されたい。


 俺、花が好きなんだよ。昔からずっと。

 でもこの花冠の花の名前がわからない。多分俺が知らない花だ。

 というかこの世界特有の花なんだろう。


思い返してみれば。今までこの状況に馴染むのに毎日必死で、この世界がなんなのか考えたことがなかった。


 この世界はすごく不思議で、奇妙だ。

 謎の二足歩行ができて意思疎通ができる白いキツネがいるし、髪の毛の色や瞳の色が妙に鮮やかだし、魔物が動き回ってるし…。

 おまけに魔法がある世界だ。


 今まで見てきた魔法は、レジーナがやっていた雪の結界や、俺を助けてくれた時の魔法。

 助けてくれた時の魔法は見れなかったが、雪の結界は雪の結晶が大きく広がっていて、繊細な結晶の筋が俺の目にはとびきり美しく映った。


 あれをプロポーズの時にすれば誰もが

「もちろんです。是非結婚しましょう!」

と言うはずだ。


 俺も好きな人できた時にあれやろうかな。

 なーんてな。何考えてるんだ、馬鹿らしっ。



 突然、爆発音のような音が聞こえる。

 辺りが明るく光り、あまりの明るさに耐えきれず目を手で覆う。

 強い暴風が俺を吹き飛ばそうとしてくる。

 体を丸めてなんとか飛ばされないような体制を作る。




───なんだったんだ…。あれは。


 おそらく1分もなかったが、随分と時間の流れが長く感じた。

 目を開けると綺麗に咲いていた花々が無惨にも散っている。


 どうして?なんでこんな風に…



 なんで?と答えが見つかるわけもない疑問ばかり考えるのをやめる。

 

 しらたまママさんは大丈夫だろうか。

 今は、そのことの方が大事だ。しらたまママさんは大きいから飛ばされたなんてことはないと思うが。


 早く前に進みたい。歩けるようになりたい。 

一生懸命手と足を地面に着け力を入れるが、力が入らない、まだ自分体を支えられる程の力がないのか。

 こんなところで一生這いつくばっていたくなんかない。俺は大切な人の無事を確認することすら出来ないほど非力なのか。


『あなたは何を犠牲にしたとしても力を望みますか?』


 なんだいつもの声か…。

 そんな答えが決まっていることを聞くなんて野暮だな。誰だって力が欲しいに決まってる。

 人を守るだなんて大それたことは願いはしない。

 ただ、大切な人の幸せを願えるだけのそれだけの力が欲しいんだ。

 人の幸せを願うだけでもきっと、代償が必要なのだから。


 

『あなたが契約を結んだことにより

精霊の祝福【成長速度2倍】が発動しました。』




契約?精霊の祝福?よく分からないがこれがアイツの返答なら、ありがたく使わせてもらう。




  先程と同じように手足に精一杯力を込める。

  力を同じくらい入れたはずなのに、どこか違う。 力を入れたらしっかりと手と足に力が入る。


よし!ハイハイの体制を作れたぞ。


  前に進もうと手を伸ばす。だが、バランスを上手く取れず"べしゃり"と崩れる。


 くっそ、全然進めやしないじゃないか。

 なんと言う無様な姿。

 しらたまママさんが居なくなってくれてある意味よかったかもしれないな。失態を見せずに済んだから。

 でも大丈夫だ、着実に俺はこの数分で成長している。なんなら約1年ほどかかるハイハイが目前と言っても差し支えないじゃないか。

 あともう少しだけでも頑張れば俺は晴れてハイハイのできる赤ん坊だ。

 俺は完璧すぎる人間だ。行くぞ!


右手を進行方向において左手に重心を!そして足で前に進む!

 次は左手を進行方向において右手に重心、それで足を…。


 進めている。やはり持つべきものは俺のような優秀な頭脳だな!作戦勝ちと言うものだ!フハハハハ!!!



〜数分後〜


 ゼーハー なんだこの体力の無さは。


 赤ん坊というものは元気すぎるものだろう?

 もっと元気いっぱいで体力があって煩わしくて。

 泣くという仕事を与えられているから、一生側にいてご飯も食べずに面倒を見続け、何かしでかさないかどんな時も目を光らせる。

 静かになれば、絶対何かをやらかしてるから走ってその場に向かわないといけない生物のはずだろう?


 少なくとも、俺が面倒を見ていた赤ん坊は全てそうだった。

 それに何十人もの赤ん坊やヤンチャすぎるクソガキの面倒を毎日見ていた俺だ。

 その俺が赤ん坊の解釈が間違っているとは考えにくい。


 つまり俺は赤ん坊の中でも随分と体力のない部類の赤ん坊として生まれてしまったのか。



 なるほどな。

 これを訳すと「頑張れ。」ということだな?

 大丈夫だ、俺は完璧。これくらいの受難くらいすぐにでも跳ね返してやる。


 童話でもよく言うじゃないか。

 苦労したものが報われ、最高の幸せを掴むのだ。と


 持ち前の自己愛ナルシストで自分を鼓舞していると、しらたまママさんが目の前に現れる。


──しらたまママさんは一体どこからきたんだ。


 音もしなかった。あったのは"ふわり"と頬を撫でるつむじ風だけ。


──まるで童話に出てくる妖精のようだな


 しかし、しらたまママさんの大きくてふわふわの姿を見て思い直す。

 しらたまママさんは妖精というより……大型狐だな。




 しらたまママさんが「手をとれ」と言わんばかりに手を俺の前に出す。

 おずおずと差し出された手を掴む。

 しらたまママさんがお上品に微笑んだかと思った──その瞬間。

 掴んだ手をしらたまママさんに強く引かれ、しらたまママさんのふわふわの体に顔から飛び込む。


◇◇◇


 しらたまママさんの体から出るとしらたまキツネ達の住処の魔法陣の上にいた。

 


──帰ってきたんだな。


 端っこの方で目にハイライトを入れずに体育座りをしているルリが俺たちを見つけ、あからさま瞳に光がさす。

 ルリの顔を改めてまじまじとみると、"ルリ"って感じの顔をしているような気がする。

 混じり気のない真っ白で艶やかな毛に、鮮やかに瞳に光を映すサファイアのような瑠璃色の瞳。そしてほんのりと桃色に染まった頬。

 まるでこの世界の愛らしさを全て詰め込まれた妖精のようだ。



「きゅむ!きゅぅむ?きゅむむ!

(お帰りなさいむ!どこ行ってたきゅむ?

けがしてないむ、大丈夫む?)」


 ルリが矢継ぎ早に話す。

 しかし、一緒に戯れていたはずのレジーナの姿が見えない。


「あいじょーむ。ときょろでぇれじーなは?

(大丈夫だ。ところでレジーナはどこにいるかわかる?)」


「きゅむ。きゅむ……

(えっとね。レジーナは………)」


───スタスタスタスタ


 遠くから人が猛スピードで走っている音が聞こえる。


 (どうしましょう〜

 エトワールちゃんとキツネさんのお母様を探していましたら全然知らないところに着いてしまいましたわ〜。

 とりあえず一層ずつ上がって走ってきましたが、どこですの〜)


 良かった、どうやらレジーナは無事のようだ。


 

(ハッ あちらの方にエトワールちゃんがいらっしゃる気がしますわ!!)


 確かにいるけど、なんでわかるの。


(野生の感ですわ!)


 ねぇ、会話成立してない?

 もしかしてレジーナも人の心が読めるとかないか?


───スゥ───


 レジーナが深く息を吸う音が聞こえる。


「見つけましたわぁ〜!!!!」


 どうやら、この声量を出すためにわざわざ沢山息を吸ったらしい。遠目でもレジーナが俺に笑顔を向けていることがわかる。

 深い翠色に、綺麗に織り込まれた白い髪。

 翡翠のような美しい瞳。誰がどう見ようとも超絶美人だ。


 だが、その手には俺達を探し回っている途中に捕まえてきたであろう緋色の髪の"人間"の形をしたものがいる。

 レジーナに倒されたのかぐったりとして伸びきっている。鳥を彷彿とさせる毛先が全方向に跳ね返っている緋色の髪。

 

 よくわからないが、保護しているのだろうか。


 「あっ そうですわよね。」


 レジーナが俺の視線に気付いたのか思い出したかのように手を叩く。


「コレ気になりますわよね。」


 レジーナが緋色髪の男をコレって呼んでる…。


 「あら、いつまで寝ていらっしゃるの?

 起きてくださいまし。」


 そう言いながら手に持っていた緋色髪の男を床に放り投げ、足の先で男のお腹をつつく。

 

 寝ているわけじゃないと思うんだけど。

 

「ゔぅ゙」


レジーナがつついたことにより緋色の男性がうめき声に似た声を出す。口の端から血が垂れているのを見る限り男性は口の中を怪我しているようだ。


 「れじーな!かれはまんしんそうい!きづつけちゃだめ!」


 

 これ以上レジーナが怪我人を痛めつけないよう、咄嗟に出した声だったが思いの外はっきり話せたことに驚く。どうやらさっきの祝福とやらは発声にも効果があるらしい。


 そう思っていると赤褐色の瞳に射抜かれる。痛みに顔を顰めながらも強い意志を感じるその瞳に俺はたじろいだ。


 「こらっエトワールちゃんを睨んだらダメでしょう!?」


 レジーナが手を腰に当て体を前に乗り出し緋色の男の前で説教をするが、緋色の男性は臆することなくレジーナを睨む。

 しかし、レジーナから興味が俺へと移ったのか視線を外しすぐに俺へ視線を向ける。


 俺は憎しみを伴う赤褐色の瞳をこれ以上見たくなくて俺は目を逸らす。



 (あの赤ん坊も女と同じ帝国の人間か?

考えるまでもないか、女と一緒にいる時点で帝国の子だ。

 あの女と戦ったせいでだいぶ消費しちまったが。手榴弾がまだ一個残っている。赤ん坊に罪はない。いや、帝国に生まれたこと自体が罪だ。もうなんだっていい、守る者もいなくなった。最後に赤ん坊もろともここで俺と死んでもらおうか)


──っ巻き込んで死ぬつもりか⁉︎

 

 急いで振り返るが緋色の男の手にはすでに手榴弾がある。


 俺の周りだけ止まっているようにゆっくりと時間が進んでいくように思える。


 なんとか男が手榴弾を引っ張るまでに間に合ってくれと祈りながら精一杯手を男の方へと伸ばす。

 

 

 「まにあええええぇぇええええ!!!」

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