#77 俺の愛しい彼女は
12月に入って最初の土曜日。
ワラシの14歳の誕生日だ。
俺は朝からワラシんちの喫茶店の調理場でお店のロゴが入ったエプロンを身に着けて、ワラシのお父さんに指導を受けながら料理をしていた。
ワラシとは今日会う約束はしてあったが、この時間から来ていることはまだ内緒だ。
先日、ワラシへの誕生日プレゼントを購入した後も八田さんとバッキーに相談に乗って貰った結果、誕生日のお祝いは、あまり派手なことをするよりもゆっくり過ごす方のがワラシは嬉しいだろうということで、ワラシの為に手料理を振舞うのと、あとはプレゼント渡してのんびり過ごすことにした。
そこで、ワラシのお母さんとお父さんにも相談して協力して貰うことになり、朝早くからお邪魔して料理を教わりながら準備をしていた。
メニューは、ミートソースのスパゲティとコーンポタージュとサラダ。
コーンポタージュは粒多めにして、サラダにはワラシの好物の粗挽きウインナーを沢山乗せる予定。 ミートソースとコーンポタージュを朝の内に作っておいて、お昼時になったら再びお店のキッチンでパスタとサラダの用意をして、お店で一緒に食事する計画だ。この辺りはお母さんのアドバイスでそうすることにした。
材料に関しては、お父さんが「お店のを遠慮なく使って良いよ」と言ってくれて、プレゼントの購入で予算的に厳しかったので有難く使わせて貰うことに。
あとケーキは、お父さんが力作を用意すると言っていたので、俺からは無し。 まぁ、ワラシみたいに料理上手ならまだしも、素人が作るよりはプロに任せた方のが絶対に良いしね。
玉ねぎやニンジンのみじん切りから初めて、挽肉を炒めてみじん切りにした野菜も炒める。
普段お店では、大きなフライパンや寸胴鍋を使ってるらしいけど、今日は料理に慣れてない俺の為にお父さんがコンパクトで軽いフライパンを用意してくれたので、それを使ってる。
均等に火が通る様に木べらで均していると色合いが変わってきたので、お父さんに塩梅を見てもらってからスープとホールトマトを1缶投入して、弱火にして煮詰める。
塩と胡椒を入れるように言われたので、恐る恐る振りかけてお父さんに味見をして貰うと、「バッチリだよ!これで2代目任せられるな!」とニヤリと笑顔で右手の親指立ててグッド!ってしてた。
俺も味見したけど、いつもお店で食べさせて貰ってるのと同じ味だった。
同じ要領でコーンポタージュも作り終えると時間は10時前になっていたので、お父さんにお礼を言って一旦エプロンを外し、カウンターに置いてた自分の勉強道具が入ったリュックを持って2階のワラシの部屋へ向かった。
扉をノックして「ワラシ、俺」と声を掛けると、ガチャリと音がして扉が開き、ワラシが「おはよ」と言いながら俺に抱き着いて来た。
扉にはサチコ対策で、ホームセンターで買って来た鍵を付けてて中からしか開けられなくしてあるのだ。因みに俺が付けた。
俺からも「おはよ」と言って抱き着いてるワラシを持ちあげながら部屋に入り、扉を閉めて鍵をかける。
その間、ワラシはコアラみたいに俺に抱き着いている。
「離さないぞ!」という強い意思を感じるな。相変わらず可愛いヤツめ。
そのままベッドに座り対面座位の体勢になると、無言でグチュグチュと舌を絡め貪る様なキスをお互い息が苦しくなるまで続けて、満足してから漸くワラシが俺の膝から降りて勉強の用意を始めた。
因みに、システムメッセージ(ワラシ)に聞いたところ、今の俺とワラシのキスのスキルレベルは、8らしい。基準は分らんが、夏以降、それだけ沢山キスをしてきたってことだろう。
いつもの様に、床に二人並んで寝転がって宿題を広げて、あーでもないこーでもないとお喋りしながら勉強を続ける。
ココまでいつもの週末の過ごし方と全く同じで、ワラシの誕生日であることは一切触れていない。
サプライズだからな。
もしかしたら、俺がワラシの誕生日であることを忘れてると思われて、内心悲しく思ってるかもしれないが、そこは仕方ないと思ってる。
その分、あとでちゃんとお祝いするし。
1時間程で宿題も終わり、あとは寝転がったままイチャイチャしながらお喋りをしていると、お母さんから「お昼食べに下に降りてらっしゃい」と連絡が入ったので、これもいつもと同じ様な何気ないフリして、二人で一緒に一階のお店へ降りる。
だが、ココからがいつもと違う。
ワラシはいつもの定位置のカウンター席に座るが、いつもならワラシの隣に座る俺はカウンターの中に入り、エプロンを身に着ける。
「あれ?ケンピくん、お手伝いするの?」
「ああ、今日はお父さんから手伝い頼まれててな」
「そっか。私も手伝う」
「いや、ワラシはそこに座っててくれ。俺一人で大丈夫だから」
「分かった」
ワラシに対してなんとか誤魔化すことが出来たが、俺たちのやり取りを横で見ているお母さんがずっとニヤニヤしてるから、バレそうで困った。
調理場に入ると、お父さんが既にパスタ用のお湯を沸かしてくれていたので、二人分のパスタを投入してタイマーをセットした。
茹で上がるまでの間に、レタスやカットした玉ねぎやトマトを小皿に盛り付けて、粗挽きウインナーもフライパンで炒めてから盛り付ける。
パスタが茹で上がったら水切りしてお皿に盛り付け、温め直したミートソースを掛けて、同じく温め直したコーンポタージュもお椀に盛り付け、全て完了。
調理も盛り付けもほぼ一人で全部やってみた。
盛り付けはどうしても雑になったけど、味は大丈夫だと思う。
頭の中では「喜んでくれるかな?」という不安と、「きっとワラシなら喜んでくれるだろう」という期待の2つが同時に沸いてて、胸がドキドキして料理を持つ手も震えていた。
「お待たせ」と言って、ワラシとその隣の俺が座る席にコーンポタージュから順番に並べていく。
「え? ケンピくんのお手伝いってお昼ご飯だったの?」
「まぁそんなとこ」
「ほうほうほう・・・って!」
ワラシはようやく何かに気付いたようだが、俺はスルーして調理場とカウンターを往復して料理を運ぶ。
全て並び終えてからエプロンを外してワラシの隣に座ると、ワラシは既に涙目になっていた。
「ワラシ!誕生日おめでとう!」と声を掛けると、ワラシはブワァと泣き出した。
お店には他にもお客さんが居たけど、土曜日のお昼だと近所に住んでる常連客がほとんどで、俺がお祝いの言葉を言うと他のお客さんからも「フミコちゃんおめでと~」や「大きくなったな~」と声を掛けられた。
付き合い始めた頃に比べてすっかり髪の伸びたワラシの頭を俺がナデナデしていると、お母さんが「ケンピくん、朝からお店に来て一人で全部作ったんだよ? 早く食べないと折角のお料理が冷めちゃうよ」と言ってくれて、ワラシはヒックヒックと泣きながら「う”ん、だべる」と言ってフォークを手に持った。
お父さんも調理場から出てきてカウンターの中からお母さんと並んでワラシの様子を見ている。
他のお客さんも、空気読んでくれて静かに見守っている。
俺も緊張して、ワラシの様子を黙って見ていた。
ワラシはフォークをくるくるさせてパスタにミートソースを絡ませながら持ち上げると、一口でパクリと食べ、モグモグさせながら何も言わずにそのまま再びフォークをくるくるさせ始めた。
二口目も口に入れてモグモグさせるが、やはり何も言わずに再びフォークをくるくる・・・
お母さんが思わず「フミコ、何か感想言いなさいよ!」とツッコミを入れると、ワラシは口の中に入った状態のまま「美味しいに決まってるじゃん。ケンピくんが私の為に作ってくれたんだよ?」と言って、再び眼から涙を零し始め、それでも食べる手を止めずに泣きながらフォークを何度も口に運んでいた。
それを聞いてホッとした俺は、「ワラシ、くち」と言って顔をコチラに向かせると、目元の涙と口の周りにベトベトに付いたミートソースの汁をナプキンで拭き取ってあげて、「コーンポタージュも美味しく出来たと思うから、食べてみて」と他の料理も食べる様に薦めた。
その後は、コーンポタージュでも同じようにワラシは感激したのかポロポロ泣いていたので、俺は自分の食事をそっちのけで、ワラシが食べ終わるまで何度もワラシの目元と口の周りと拭き取ってあげた。
ワラシが一通り食べ終わると漸く俺も食事を始めて、ワラシはその間何度もコーンポタージュの御代わりをしていたが、その頃には泣き止んでいた。
食事が終わると、ワラシと二人で食器を片付けて洗い物まで済ませ、カウンター席に座ってコーラのバニラアイス抜きでも飲みながら食後の休憩をすることに。
カウンターの中に居るお母さんがドリンクを用意して出してくれたので、「お母さん、例の、お願いします」と合図をした。
ワラシはコーラをストローでズズズっと飲んでて、俺とお母さんのやり取りは特に気に留めてない様子。
お母さんが「はいはい」と言って、預かって貰っていた包みをカウンターの下から取り出してくれたので受け取り、それをそのまま隣に座るワラシに「はい、コレ。プレゼントな」と言って差し出した。
「ぶほぉ!?」とコーラを噴き出したので、一旦包みを自分の膝に置いてからナプキンを手に取ってワラシの口の周りを拭いてあげてから、再び包みを差し出した。
「ほら、受け取ってよ」
「うん・・・」
ワラシは大事そうに受け取ると、「見てもいい?」と聞いて来たので「勿論」と答えた。
ワラシは慎重な手つきで包みを開き、中からリュックを取り出して持ち上げると、リュックに向けた目を見開いて固まった。
「俺一人じゃプレゼント選ぶの難しくて、八田さんやバッキーにも相談して選んだんだよ。気に入ってくれると良いんだけど・・・」
「・・・」
俺がプレゼント選びの事情を説明すると、リュックを持ち上げた体勢のまま、首だけコチラに向けた。
「気に入らなかったか?」
無言で首を横にブンブン振ってる。
「使ってくれる?」
無言で首を縦にカクカク振ってる。
「そっか、なら良かった」
漸く安心出来たのでコーラをストローでズズズっと飲み始めると、ワラシはリュックを背中に背負い、そのまま俺に飛び掛かる様にして抱き着いて来た。
「うお!?」と驚きつつも何とかコーラを零さない様にしていると、再びエグエグ泣きながら「大事にする。一生大事にする。毎日使う。寝る時も使う。お風呂にもトイレにも持ってく――――」と呪詛の様に早口で呟き始めたので、「お風呂は止めとけ」と言って、涙と鼻水だらけのワラシの顔をナプキンでゴシゴシ拭いてあげた。
俺の愛しの彼女は、泣いてて鼻水垂らしてても、誰よりも可愛いかった。
お終い。
________________
『愛しの彼女は地味で大人しいのに』を最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
途中長期中断してしまい申し訳ありませんでした。
先週末の執筆再開した時はまだまだ続けるつもりでしたけど、今回のエピソードを書き終えた直後に「このまま終わるのも区切りが良いかも」と思いつきまして、「この先いつか再び長期中断して迷惑掛けるくらいなら」とも考え、このまま完結としました。
正直言いますと、4章スタートした時から「このまま続けてても、どんな終わりにすれば良いのやら」と悩み続けていまして、今回ココで終わるのは自分にとっては終わり時の最後のチャンスだという思いもあります。
なかなかPV数が伸びない中でも沢山の応援メッセージを頂きまして、それが励みになってここまで書くことが出来ました。
こうしてなんとか再開&完結を迎えることが出来たのも、読者の方々の粘り強い応援のお陰だったと思います。
本当に、ありがとうございました。
バネ屋
愛しの彼女は地味で大人しいのに バネ屋 @baneya0513
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