恋するニワトリ

寄鍋一人

ニワトリだろうと関係ない

「おはようございます」


 目を覚ますと、頭を下げたニワトリが枕元にいた。


 日本人には見慣れたその姿からは想像できないお辞儀と、可愛らしい女の子の声だった。




 昨日の夜、仕事からの帰り道に、どこから逃げ出したか知らないニワトリがヨチヨチと前を歩いていた。


 ニワトリは律儀に横断歩道を渡り始めたと思えば、その真ん中で止まった。車が来たら危ないだろ、と思ったことが案の定、よりにもよって俺の目の前で起こり始めた。


 どこの誰のかも分からないニワトリを助けるため、いつの間にか俺は走り出していた。飛び込んですんでのところで、ということもなく、普通に走ったら普通に間に合った。


「あんなところにいたら死ぬぞ」


 話しかけるが当然言葉が返ってくるわけもなく。


「コケッ」


 タイミングよくたまたま鳴いただけだろう。


 助けたそのまま家に連れてきてしまったが、さて、どうしたものか。


 持ち主が分かりそうなタグとかはついてなさそうだし、こういうときはどこに電話すればいいんだ?


 朝にけたたましく鳴くんじゃないかとか、餌はどうするのかとか、色々と不安はあるが、夜ももう遅くなっているし明日にするかと瞼を閉じた。




 そして冒頭に戻る。


 座り込んで手――と呼ぶべきか羽と呼ぶべきか、を床について、人間で言うところの三つ指をついていた。


「あの……?」


「あ、ああ、おはよう……」


 思わず挨拶を返してしまったが、ところでこの子は一体全体何者なんだろう? 


 俺の疑問を知ってか知らずか、ニワトリは自分から話し始めた。


「飼われていた養鶏場から命からがら逃げてまいりました」


 そして行くあてもなくさまよっていたところを、ちょうど俺が助けたそうだ。横断歩道の真ん中で止まっていたのは、疲労で足取りがおぼつかなくなっていたからしい。


 お互いに自己紹介はしたが、自分は養鶏場の中の一羽だから名前はないという。


 経緯や素性は理解した。だがそもそも喋るニワトリだ。俺の幻聴? まだ夢なのか?


「それは私にも分かりません。昨夜の時点では通じてないように感じましたが、一晩で何があったのでしょう……?」


 俺も知りたい。


「……ってやば! ごめん、俺仕事だ!」


 いつの間にかいつも家を出る時間だった。急いで支度をして玄関のドアを開ける。


「タクミ様……!」


 飛び出ようとして、引き止められた。首だけニワトリに向けると、何やらモジモジしていた。


「……?」


「あの……いってらっしゃいませ……」


「ん、いってきます」


 中身もちゃんと女の子なんだろうか。姿は相変わらずニワトリだが、不覚にも少し可愛いと思ってしまった。




 仕事の帰り道に生き物、特にニワトリと会話ができる理由を調べていたが、超能力に目覚めた人とか、人間に恋をしたらとか、物語の中のことばかりだった。


 まさかそのどちらかというわけでもないだろう。




「おかえりなさいませ、タクミ様」


「わっ……ただいま」


 玄関を開けると、ニワトリが三つ指をついて待っていた。そしてド定番のセリフを吐く。


「えと……お風呂にいたしますか、お夕飯にいたしますか……?」


 鼻をひくつかせると、たしかに一人暮らしの帰宅直後とは思えない幸せな匂いが充満している……。


「え!? 君が準備したの!?」


「はい……勝手ながら、お台所を使わせていただきました……」


 その手でどうやったんだろう? 疑問は尽きないが、お腹が空いていたので先にご飯をもらうことにした。


 いつも一、二品くらいしか乗らないテーブルには、今日は何かのお祝いだっけ? と思い出そうとするくらいに料理が広がっていた。


 しかしこのラインナップは……。


「唐揚げ……焼き鳥……、煮物とサラダにも入ってる……。君の前で食べるのが申し訳ないんだけど……」


「申し訳ございません、実は他の料理は作れなくて……。同胞が命を落とした際にはときどきその命をいただいていたので、鶏料理であればある程度はできるのですが……」


 料理できるのか、すごいな! じゃないんだよな。これは笑うところ? ニワトリジョークというやつか? ジョークだとしたら黒すぎる!


「もともと私たちは食用家畜の身、将来がこうなることは分かっています。これがいざ私と考えると恐怖で鳥肌が立つ思いですが、タクミ様が申し訳なく感じる必要はございません」


 間にさりげなくニワトリジョークを挟まないで! ていうか重い! 重いよ! 余計に食べづらいよ!


 だがここまで作ってくれて食べないのもニワトリたちに失礼な気もする。この世のすべての鳥に感謝して。


「いただきます…………うんまっ……!」


 絶品だった。店でも出せるんじゃないだろうか。初めは量が多いかと思ったが、これならいくらでもいけそうだ。


「ホントですか! ありがとうございます!」


 ニワトリは羽をばたつかせ、目を輝かせる。


「君、結構素直なんだな」


「あ、すいません、お見苦しいところを……」


 心は立派な女の子みたいだ、と思い、ふと思い出す。


「帰りに会話できる理由を調べてたんだけど、超能力とか人間に恋したからとかしか出てこなかったんだよね。何か心当たりとか思い出した……?」


 ニワトリはモジモジとあたかも恥ずかしがっているような仕草をし始めた。表情がないから分かりにくいが、それでも分かるほどに露骨だった。


「どうした?」


「あ……いえ、心当たりが……」


 今の俺の一言で何に気づいたのか? 超能力? まさか……。


「昨晩タクミ様の寝顔を拝見させていただいていたんですが……、その、見ているうちに愛おしくなってしまって……」


 そのまさか、ニワトリは俺に恋をしてしまったらしい。


「わー……体が熱いですね………焼き鳥になってしまいそう……」


 またニワトリジョークだ! そうだよな!


 そんなことを考えることで平静を保とうとするくらいには、女の子にストレートに好かれる事実に動揺している。


 人間じゃない? ニワトリ? そんなの関係ない。今の時代、同性どころか人間以外と結婚してる人もいるんだ。ニワトリなんて可愛いものだろう。


 そう、このニワトリは可愛いのだ。お淑やかだし、素直だし、料理だってできる。最高じゃないか。


「……毎日ご飯を作ってくれない……?」


 料理にすっかりハマってしまった俺は、くさいプロポーズみたいに返す。ニワトリは、オスほど立派なものではないが頭にちょこっと伸びたトサカを、ぶんぶんと縦に振った。




 一人と一羽がおしどり夫婦と呼ばれるのは、もう少し先の話だ。

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恋するニワトリ 寄鍋一人 @nabeu

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