青い鳥の憂鬱

月代零

第1話

 幸せの青い鳥。世にもまれなその美しい姿を見た者は、幸せになれる。

 そんな伝説が、「その鳥の肉を食べれば幸せになれる」に変化したのは、いつのことだろう。

 そもそも、幸せって何だ。青い鳥の肉を食べて得られる効果は、どんな病も祓うとか、不老不死の強靭な肉体を得られるとか、巨万の富が得られるとか、色々言われているけれども、人間の思う幸せってそんなものなのか。

 というか、青い鳥の肉を食べてもそんな効果はないことは、僕自身がよく知っている。そりゃあ、とても美しい青い羽と、魔力と、人間の言葉が分かる程度の頭脳を持ち合わせているから、何か逸話を作りたくなる気持ちもわからなくはないけれど。

 だからって、食べられるのは嫌だ。さっとシメて、鮮度が落ちないうちに串に刺して、炭火で炙って余分な脂肪を落とし、甘辛いタレや塩コショウなんかを付けて食べると美味しい、なんて言われているみたいだけど、やめて、食べないで!

 そんなわけで、今日も僕は人間たちに追われていた。うっかり羽に矢がかすってしまい、飛行にやや支障が出ている。さすがに人の多いところで武器は使わないだろうから、僕は街に逃げ込んで、屋根の間に身を潜めることにした。

 傷は大して深くない。僕の魔力があれば、すぐにふさがるだろう。

 くちばしで羽を整えていると、

「怪我をしているの?」

 声を掛けられて、驚いてそちらを見ると、少し離れたところの窓が開いて、そこから小さな女の子が身を乗り出して、僕に手を伸ばそうとしていた。

 しまった。見つかるなんて、油断していた。僕は慌てて逃げようとしたが、

「あ、待って!」

 と、女の子はバランスを崩して、窓から落ちそうになる。危ない!

 僕はとっさに女の子の服をくちばしでくわえ、一緒に部屋の中に転がり込んだ。イテテ。怪我が痛むけど、まあ仕方ない。

「ありがとう……」

 びっくりした表情のまま、女の子がお礼を言う。当然のことをしたまでだけどね。  それから女の子ははっとしたように、

「怪我は? 大丈夫?! ごめんね、痛かった?!」

 このくらい、僕にとってはなんてことはない。喉の構造が違うから人間の言葉は喋れないけれど、僕は平気だと示すために、羽を広げてぱたぱたと振って見せた。伝わっただろうか。

「よかったぁ」

 女の子は安心したように微笑む。伝わったみたいだ。

「手当てしないと。ちょっと待ってね」

 言って、女の子は部屋を出ていく。さっさと逃げようと思っていたけど、あの子は僕を食べたりしなさそうだし、怪我の手当くらいしてもらってもいいかな、と思う。

 少しして、女の子は薬や包帯を持って戻ってきた。

「しみない? 大丈夫?」

 言いながら、女の子は薬草で僕の傷を消毒し、包帯を巻いてくれた。薬はしみたけど、平気だ。本当は人間なんかに手当されなくても問題はないのだが、厚意はありがたく受け取っておく。それじゃあ、僕はそろそろお暇するね、ありがとう。と窓から出て行こうとしたのだが。

「動いちゃだめよ。治るまでうちにいるといいわ。ね?」

 女の子は窓を開けてくれそうにない。まあ、この怪我じゃ、また襲われた時に素早く逃げられないし、少しの間かくまってもらってもいいかと思った。


 でも、この子は僕のことを食べる気はなさそうだけど、この子の家族はどうだろう? 見つかったら食べられてしまうかもしれない。それとも、高値で売られるとか。

「うちはね、お父さんもお母さんも遅くまで働いてるの」

 女の子はぽつぽつと身の上を語る。たぶん、ぬいぐるみに話しかけているような感覚なのだろう。僕は黙って聞くことにする。

「わたしが病気だから、二人ともお医者さんに行くお金を稼ぐのに、たくさん働いてるの」

 仕方のないことだとわかっているけれど、でも、と彼女は言う。

「ちょっと、寂しいなあ……」

 と、女の子は突然ごほごほとせき込み始めた。なかなか収まらない。苦しそうだ。

 僕はおろおろと女の子の周りを跳ね、決心して羽に魔力を込めて、女の子の背中をそっとなでた。少しずつ、女の子の呼吸が落ち着いてくる。

「……あったかい……。あなたの力なの……?」

 ありがとう、と彼女は言った。

 僕を食べても何かご利益があるかはわからないけれど、これくらいはできる。でも、こんな便利な力を見せたら、都合よく使われてしまうかなあ。早いところここを去らねば。

 でも、その後鉢合わせた女の子の両親も、僕を食べたり売ったりしようとはしなかったし、女の子の病気を治してとも言わなかった。言われたのは、娘の友達になってくれないかと、それだけだった。こんな人間もいるのかと思った。

 一緒に日々を過ごすうちに、この子になら食べられてもいいかと思った。僕を食べて不老不死になったりするかはわからないけれど。


 それから数年後。成長して身体も丈夫になり、病気も治った女の子は、僕を連れて冒険者として旅立った。

 未だに僕を食べようと狙ってくる不届き者もいるけれど、そんな奴らは彼女と共に撃退し、悪い魔物を退治したり、財宝を見つけたりと功績を上げていた。

 彼女は毎日生き生きとしているが、僕は思う。

 僕を狙ってくる奴がいるから、彼女は故郷を離れなければならなくなったのではないかと。居心地が良くてつい居着いてしまったけれど、それが間違いだったのではないかと。

「何言ってるの。そんなわけないじゃない」

 彼女は快活に笑う。共に過ごすうちに、彼女は僕の考えていることがわかるようになったみたいだ。

「これは、わたしが選んだ道。病気だった子供の頃は、自分の足で旅ができるなんて考えてもみなかった。自分の力で好きなところに行って、色んな景色が見られる。だからわたしは今、幸せなの。全部あなたのおかげよ」

 違う、僕は何もしていない。病気が治ったのも、元気に大地を歩いているのも、全部彼女自身の力だ。

 おっと、魔物が現れたよ。

「これだけ警戒が厳重ってことは、この先にはきっとお宝があるわね」

 彼女は剣を構える。僕も、魔力を放つ用意をする。

「行くわよ!」

 僕は今日も、彼女と冒険を続ける。

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青い鳥の憂鬱 月代零 @ReiTsukishiro

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