第12話 依頼の経緯

 ちなみに、部屋にいる人数は杠葉氏を含めて八名だ。推理研十二名の内、五名は都合が付かず来られなかった。後日、情報を共有することになるから、何ら問題はない。そして何よりも僕自身、ほっとしていた。だって、全員が参加していたら、杠葉氏と併せて十三名になるじゃないか。縁起の悪いことは極力避けたい。

「ああ」

 かすれた声で返事した杠葉氏は、自身のグラスを手に取り、中身を煽った。中身はほぼ氷と溶けた水だけで、しゃべり続けたことによる喉の渇きを埋めるには不充分だった様子。

「追加オーダーをしよう。自分はアイスコーヒー」

 杠葉氏は後は任せるとばかり、言い放つ。推理研の面々も適宜、追加分を決め、穂村萌子ほむらもえこさんがまとめてオーダーを専用端末から送った。僕と同じ一年生だが、非常に気の利く人で、正直、僕も助かっている。

 それにしても……杠葉氏と僕ら推理研の関係は、微妙なものがあるなと感じていた。本来なら、僕らは依頼を受ける側であり、依頼に応えるためには依頼人に対してある程度要望を出せるものだろう。一方、杠葉氏としては部の後輩に頼んだつもりが、別のグループに話が回って、しかも間に入った者がいなくなるというハプニング。彼がコツコツと集めたネタを、おいそれと明かしていいものか、躊躇う心理があっても不思議じゃない。だからコピーをくれそうにないんだろうと、僕は睨んでいる。

 程なくして追加の飲み物や食べ物が届き、杠葉氏は無事、喉を潤せた。唇まで充分湿らせてからおもむろに話を再開する。

「日記帳は警察が証拠物として現在も保管しているんだ。変死事件には違いないのだから」

「窺いたいことがたくさんあるのですが、質問してよいですか」

 高松部長が敬語を使いつつもフランクさに努めた口ぶりで聞いた。

「もちろん。答えられる範囲で答えるよ」

「じゃあ、私から」

 片手を軽く挙げて言ったのは、長峰先輩。実は、依頼人に会う前に推理研のメンバーで相談して、質問役は主に長峰先輩が務めるのがいいだろうという結論に達していた。部で一番華やかな女性である長峰先輩が尋ねれば、初対面かつ男性の杠葉氏の口も軽くなるのではないかとの期待からだ。

「同じCC大学のオカルト研究会OBとのお話ですが、私、少しだけびっくりしたんですよ。最初に話を持って来てくれた大西さんは二年生だと聞いています。私のイメージだと、OBの方が後輩に連絡を取るとすれば、まずはその時点での部長にするものだというのがあって。オカルト研の現部長さんを飛び越して、大西さんに話を伝えたのは何か理由があるのですか」

 にこやかに質問をぶつけた長峰先輩。対する杠葉氏は目を丸くし、次いで、「おほっ」とやや妙な声を短く上げた。

「なるほど。推理研の名は伊達じゃなさそうだ。そんなとこから食い付いてくるなんて、予想の埒外だよ。いや、やましいところは何もないんだ。君らが質問してくるとしたら、真っ先に日記の内容をどうやって知り得たのか、辺りだろうと思っていたからね。その説明に被るんだよ、大西君につなぎを取った理由は」

「ぜひお聞かせください」

 如才ない長峰先輩の隣では、泊里副部長がメモを取っている。日記の内容に関しても、要所要所は副部長が書き留めている、はずだ。何しろ速記で書かれているため、実際にどんなことをメモったのか、少なくとも僕にはさっぱり分からない。

「本人――大西君自身はあまり言い触らしたくないことのようなんだけど、まあ君達相手にならかまわないだろう。大西君の親戚に警察関係者がいるんだ」

 その打ち明け話には、僕を含めた何名かが「へえ」とか「おおっ」とかいった反応をした。推理研の人間にとって、警察に知り合いがいるという“設定”は何となくうらやましいものなのだ、うん。

「で、今回依頼する怪事件を担当する部署に所属している。具体名を出すと差し支えがあるかもしれないので、一応、伏せさせてもらおう。自分は事件が発覚して間もない頃、現地に足を運んだんだけど、地元警察のガードがなかなか堅くてね。情報を聞き出すためにいい伝がないかと探していたら、後輩の大西君の存在を知った訳。それでどうにか日記の内容を伝え聞くことはできたんだが、なるべく情報を外に漏らさぬようにとも言われた。だから、オカルト研のみんなには悪いが、大西君にのみ知らせたという次第さ。それにあとから知ったんだが、大西君は現在のオカルト研の主流派じゃないみたいだしね」

「主流派、とは?」

「その時代々々によって違ってくるんだが、オカルト研の内部で流儀が分かれることがあるの。大雑把に言うと、オカルト現象を信じる派と信じない派。いや、信じない派というのは語弊があるな。懐疑派だ。端から信じないんじゃなく、科学的検証を経てから結論を出そうという立場だな。それで現在は、大西君の属する懐疑派は劣勢みたいだから、だったら信じる側の部長なんかには話を通さない方が無難だろう」

 話を通さないまま、あとでもしばれたら、それはそれで揉めそうだけれども。

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密室の殺《あや》かし 小石原淳 @koIshiara-Jun

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