冷める前に

結騎 了

#365日ショートショート 076

「怪盗デイバロンを追い返した警備システムのニュース、見た?」

「もちろん見たわよ。どこに行っても、その話で持ち切りじゃない」

 街はずれの喫茶店。女子大学生の2人組は他愛のない時間を過ごしていた。珈琲の香りが漂う中、ベストを着こなした初老のマスターがカップを差し出す。

「どうぞ、当店のオリジナルブレンドです」

「ねえ、マスターはデイバロンのニュース見た?」

 やれやれ、世間話などせずに淹れたてを飲んで欲しいのに。せっかくの珈琲が冷めてしまうぞ。マスターの眉間に一瞬だけ皺が寄るが、客に話しかけられたとあっては応えなければならない。

「世間を騒がす怪盗のことですよね。なんでも、希少価値の高い宝石ばかりを狙っているとか。それが、警察にでも捕まったのですか?」

「違うの。すっごくネットやテレビで宣伝してる、ベンチャー企業の警備システムがあるんだけど、それにデイバロンが撃退されたって話」

「ほら見て、マスター」。もうひとりがスマホを取り出し、動画サイトを開いた。「これが監視カメラの映像だって」

 画面の中央にいるのは、黒いコートにシルクハット、そして奇怪な仮面をかぶった男。映像は暗く画質も悪いが、誰もが一目でデイバロンだと判別できる。デイバロンは、しゃがんでいる。手元をごそごそ……。どうやら金庫のカギを開けているようだ。

「これは、盗みの途中かね」

「しっ、ここからだよ。見て」

 突如、サイレンが鳴り響いた。画面下にテロップが表示される。『警備システムはこの4分前にデイバロンによって電源が落とされていました』。しかし、サイレンは確かに鳴っているのだ。立ち上がり動揺した様子のデイバロンは、警備員が駆け付ける直前に画面から消えていった。そのまま逃走したのだ。

「ねえ、すごくない!マスター!」

「ううむ。確かにすごい。追い払っている。しかし、警備システムは電源が落ちていたのではないかね」

「ふふふ……。そこなんだよなあ~」。スマホをしまいつつ珈琲を一口飲んだ彼女は、こほんと咳払いをし、わざとらしく人差し指を立てた。

「この会社の警備システムは、何重にも電源を確保してあって。それ自体がトラップになっているみたい。泥棒が一度電源を落としたと思っても、ランダムの時間を数分だけ空けて高速で再起動する。だから、泥棒は電源を落としたかどうか、判断がつかないってわけ!」

「ほほう、そんなカラクリが……」

 感心したように、マスターは顎をさする。

「うちのお父さん、まさに警備会社をやってるんだけど、もしかして仕事がなくなっちゃったりして……。デイバロンを倒したシステムなんて、絶対にヒット商品だもんね」

「あはは。そしたら、マスターのところで働きなよ。アルバイト募集してたでしょ」

「こらこら、冗談はよしなさい。就職活動はしっかりやるもんだ」

 世間話は、カップが空になってもしばらく続いていた。


「じゃあね、マスター。ごちそうさま。また来るね」「ばいばい」

 2人を見送ったマスターは、カップを洗いながら呟いた。

「偽の私を担ぎ出して商売をするとは、不届き者め。この怒りが冷める前に、すぐにでも後悔させてやろう」

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