焼き鳥陰謀論

ガブロサンド

焼き鳥陰謀論

うんざりした顔で、光一は言った。

「……おかしい」


焼き鳥の香ばしい匂いを漂わせる車内販売を遠目に見ながら光一は眉間にしわを寄せた。

ここは東京へ向かう新幹線の中。後輩の永田桃と一緒に出張を終わらせて、羽鳥光一は東京駅に帰るところだった。


光一は周りを見回した。

前の席に座る親子も、後ろに座るサラリーマンも、通路向こうのおじいさんも、みんな焼き鳥を食べている。


『焼きたての、焼き鳥はいかがですか? たれ・塩・レモン味をご用意しております――』


光一たちの席に、車内販売が近づいてきた。

美人の乗務員が押しているのは、最新鋭の煙が出ないロースター付きワゴンだ。移動しながら焼き鳥を焼いており、注文すれば、その場でタレを塗ったりレモンを絞ったりしてくれる。ちなみに、食べ終わった後の串回収もしてくれるらしい。


通路側の光一は車内販売を呼び止めた。


「お弁当ください」

「はい、今はこちらの『焼き鳥三種盛弁当』、『焼き鳥幕の内弁当』、『網焼き鳥弁当』三種をご用意しております」

「……」

「あっ、私アイス欲しいです!」


隣に座る桃が身を乗り出してきた。乗務員はにっこり微笑んで、


「今は『タレ焼き鳥味』、『塩焼き鳥味』、限定の『九州醤油焼き鳥味』がございます」

「限定で!」

「400円でございます。固いので、少ししてからお食べください」

「わっかりました!」


お金を受け取って、車内販売は去っていった。

桃がスマホで動画を見ながらアイスを開けた。アイスの蓋には、鴨をモチーフにした東京都のゆるキャラがプリントされている。


「あはは、この配信者、『煙で催眠が可能な新技術、猫に使ったら可愛すぎた』とか動画上げてますよ。技術の無駄遣い過ぎる……あ、そういえば光一先輩弁当いいんですか?」

「……おかしい……」

「え?」

「焼き鳥ブームなんて絶対におかしい!」


光一は小声で叫んだ。

今、空前の焼き鳥ブームに日本は沸いていた。



数年前、海外の富豪が、ジャパニーズヤキトリと称して日本の焼き鳥をSNSにあげた。恐ろしいほど拡散されたそれに海外メディアが食いつき、クールジャパンとしてもてはやした。

焼き鳥は日本のソウルフードとして世界に広まり、翌年には、来日目的の第一位が『本場の焼き鳥を食べるため』になるほど人気になった。


都内に次々と焼き鳥屋が乱立し始めた。企業も続々と焼き鳥関連商品を出すようになり、鶏肉消費量は倍に跳ね上がった。町中では、スマホと焼き鳥を持って歩く人ばかりになった。

コンビニよりも焼き鳥屋が多いなどというニュースも流れた。このニュースは嘘っぱちである。なぜならコンビニでも焼き鳥が焼かれており、実質焼き鳥屋であったのだ。


また、給食メニューランキングでは、カレーを抑えて焼き鳥が一位に輝いた。彼女に作ってほしい料理第一位が焼き鳥に変わった。住宅街で毎晩焼き鳥を焼く煙が社会問題になった。


そんなふうに日本中が焼き鳥をたしなむ中――光一のような、楽しめない人間もいた。


「俺は……俺はな! 鶏肉苦手なんだよ!」


両手で頭を押さえて光一は俯いた。桃がケラケラと笑う。


「残念ですね。おいしいのに」

「博多駅すごかったぞ!各ホームに2件ずつ立ち食い焼き鳥屋なんて置くなよ、煙で前見えなかったぞ……。でもな、俺が鶏肉苦手なのを差し引いても、このブームはおかしいと思うんだよ」

「そうですか?」


アイスをキラキラした目で見つめながら、桃は首をひねった。


「若者に焼き鳥が流行るわけねーだろ!! くたびれたサラリーマンが仕事帰りにビールと食うもんだぞ!」

「悪意ありますねえ。でも流行ってますよ?」


桃が動画サイトのアプリを立ち上げて、画面を光一に見せた。


「めっちゃ動画あるでしょ? ほらこっちのSNSでも、みんな焼き鳥食べたって写真上げてます」

「それは永田が焼き鳥が好きで焼き鳥動画ばっか見てるからだろ。パーソナライズって知ってるか?」

「……先月オープンした都内の焼き鳥屋10軒、毎日行列らしいですよ」

「考えてみろ、逆に異常だろ」

「逆に~?……あ、これ新商品出たんだ」

スマホの動画広告を見始めた桃に、光一は肩をすくめた。相場メメという女優が、馬油エキスを配合した化粧品をPRしている動画だった。


「これはな、食肉業界の陰謀だよ」

「はあ?」

「鶏肉に薬品が入ってて、みんな中毒になってるんだよ。だから鶏肉を食べるのがやめられないんだ」

「いやいや何言ってるんですか? そんな健康上問題有ることできるわけないでしょ?」

「いや、できる。これを陰で牛耳ってる集団があるんだ。」

「陰で……どんな集団なんですか」

「それはな……」


光一は声を落とした。ちらっと周囲を見て、言う。


「宇宙人の仕業さ」


桃は無視してアイスを食べ始めた。


「聞けよ。これは確かな筋からの情報だ。食肉業界に宇宙人が入り込んでて、人間の食事を握ってるんだ」

「そんなことするメリットはなんですか」

「宇宙人が焼き鳥好きなんだよ」

「は?」

「焼き鳥が好きで、うまい焼き鳥を作りたいんだ。彼らは日本を乗っ取って、焼き鳥製造の地球拠点にするつもりだ」

「うちの親の陰謀論のほうがまだマシですよ」

「ほらこのサイトにいろいろ乗ってて……誰にも言うなよ、消されるからな……」

「セリフがもう胡散臭いです」

「俺も最初は疑ったさ。でも同じようなことを書いてるサイトが次々に出てくるんだよ」

「パーソナライズって知ってます?」

「黙って聞け。このサイトの管理人によると、宇宙人はもうすぐ日本を乗っ取る最終段階に入るらしい。今まで鶏肉を食べた人間の脳は既に洗脳済みなんだとさ。

だがな、彼はこうも言ってる。『宇宙人はただ純粋に、焼き鳥が大好きなんです。人間は、彼らの焼き鳥好き同志になれなかった。それだけです……』」

「消されたくないんで聞きませーん!」


桃はため息をついた。


「鶏肉が食べられなくてブームに乗れないから、やっかんでるだけでしょ? 大丈夫ですよ、また新しいブームが来ますって。タピオカも台湾カステラもそうだったじゃないですか」

「来るわけないだろ! 世界中が焼き鳥にまみれても、唯一の焼き鳥嫌い人間になってやるからな」

「はいはい、他のブームが来たら一緒に食べ行きましょうよ。それまでに頭まともにしてください!」

「今度詳しく書いた本貸してやる……そろそろ着きそうだな、東京駅」

「え? ねぎま駅ですよ?」

「え?」


――新幹線が駅に着いた。


ドアが開いて、二人は新幹線ホームに降り立つ。

立ち食い店から、香ばしい焼き鳥の香りと共に煙が飛んでくる。立て看板の広告には、焼き鳥エキスを使った化粧品をPRする相場メメがいる。その隣に、焼き鳥をモチーフにしたゆるキャラの像が置いてある。ゴミ箱の中は串でいっぱいで、自販機には焼き鳥の絵が描いてある。中の商品はもちろん、焼き鳥味。


駅名看板には、ねぎま駅の文字。


「さあ今日も焼き鳥作りに行くか」


振り返って、楽しそうに光一が言った。

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