これはフィクションです。

清泪(せいな)

とりあえず帰りにスーパーに寄った

「焼き鳥が登場する物語、って何?」


 二割引と書かれたシールが貼り付けられたプラスチックのパックを見つめながら私は独り呟いた。

 中には、ねぎま、もも、つくねの三種が二本ずつ入っていて、元々398円の商品だ。

 日頃、家で焼き鳥を食べよう、とならないのでこれがお得なのか割高なのかよくわからなかった。

 焼き鳥は飲み屋の食べ物というイメージがあるので、食べる時は大抵会社の飲み会に参加したときだった。

 そういう時にしか飲まないお酒を飲んで、そういう時にしか食べない焼き鳥を食べる。

 すっかり飲み屋と仕事が結びついてしまった三十路手前の私は、日常に仕事が侵食しないようにお酒も焼き鳥も家では口にしなかった。


 パックを開いて焼き鳥をお皿に移しかえる。

 そのまま温めれないのが不便だなと思いながら、ただこのプラスチックパックが電子レンジ対応か試す気にもならなかった。

 中古ショップで購入したどこのメーカーかもわからない電子レンジを使ってるので、下手なチャレンジは出来なかった。

 一人暮らしならこのぐらいで良いんじゃない?、と大学時代から暫く付き合っていた彼氏に勧められたが、ずっと不便さを気にしてるストレスを考えると話に乗っかるんじゃなかったと今さら後悔していた。

 でも後悔はあれども、買い換えるお金は無かったので何年目の付き合いかわからない電子レンジは今日も元気に温めてくれる。

 その彼氏とはとっくに別れてしまったが。


 滅多に食べないものの温め時間というものは困り物で、とりあえずいつも勘で時間を決める。

 と言っても、大体二分ぐらいでいいかと思ってる。

 最新のやつ、いやもう型が古いレンジでも自動で温める時間を決めてくれそうだけど、うちのレンジは下手すると一分ぐらいなら動くことすら諦める。

 一分をちょっと回るところまでダイヤルを回さないと動き始めてもくれない。


 ぶぅぅん、と音をたてながら電子レンジは中の耐熱皿を回し、その上に乗せた焼き鳥を温める。


 カクヨムさんはまた妙なお題を出したものだ、と昼間にTwitterでの告知を見たときから思っていた。

 昼休憩に社食のランチを食べながらそのお題を見るのが今月の楽しみだ。

 学生時代なら作家仲間なんて作って、今日のお題どうする?、なんてわいわい言いながら考えられてたのだろうかと、一人でスマホを眺めながら思ったりもした。


「焼き鳥が登場する物語、って何?」


 ぶぅぅん、と音を鳴らし稼働する電子レンジを見ながらまた同じセリフを呟く。

 あまり稼働中の電子レンジの近くにいると危ない、とか子供の頃に聞いたので少し距離を開けて見つめていた。

 電子レンジ見て、焼き鳥を見て、同じセリフを呟いても、何もネタは浮かんでこなかった。


 チン、っと音をたてて温め終わりを電子レンジが告げる。

 中のお皿がとてつもなく熱かったので、タオルを使って取り出す。

 料理手袋みたいな物は無い。

 エプロンも持ってないし、あっても付けるのが面倒くさいと思ってしまうタイプだ。


 ぷすぷす、と音をたてる焼き鳥を見てラップをするのを忘れていたことに気づく。

 水分が飛んじゃったかもしれない。

 少し温め過ぎたか、と猫舌の私はお皿をテーブルに置いて冷ますことにした。

 そろそろ春かと、気温が上がってきたここ最近だが、日中の一人暮らしの無人の部屋はテーブルを冷やしていたようでちょうどよくお皿を冷ましてくれるだろう。


 テーブルに置きっぱなしだったスーパーの袋から缶ビールを取り出す。

 いつも家では食べない焼き鳥を食べるのだから、いつも家では飲まないお酒を合わせて飲むのが道理かと買ってきた。

 缶ビールの味の違いがわからないので、最近CMでよく観るヤツにした。


 焼き鳥とお酒は飲み屋のイメージに繋がり、そこから飲み会=仕事のイメージになってしまうのだけど、私はどうも仕事中の方が創作への想像が捗るので、これは何も浮かばない状況からの脱却に繋がる食事だった。


 ぷしゅっ、と缶ビールが良い音をたてる。

 串すら熱々になってしまった焼き鳥を息を吹きかけ冷ましながら口に運ぶ。

 鶏肉とネギを合わせてひと噛み。

 たれの味と鶏肉の食感を楽しみながら、片手に持った缶ビールを口に流し込む。

 久しぶりの苦さが口の中で広がり、鶏肉の味と合わさる。


 んー、美味しい!


 何も浮かばないならとりあえず焼き鳥を食べてみるか、と思いついた自分、正解!

 久しぶりに食べる焼き鳥、家で食べる焼き鳥も悪くない。

 家でお酒を飲むのも悪くない。

 むしろ最近はすっかり無くなってしまった飲み会の代わりにこうして家で堪能するのは良いことだ。

 飲み会自体は面倒だと思っていたが、食事は実は楽しんでいたんだな、私。

 良い発見をした。


 そうして美味との嬉しい再会を果たした私は、ごちそうさまと手を合わせてまたこう呟いた。


「焼き鳥が登場する物語、って何?」

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