商店街の路地裏で

misaka

3種の鶏肉食べ比べ串

 駅から続く商店街。

 その裏路地に、不思議な屋台があった。

 赤い提灯とむき出しの白熱電球。

 3人が掛けられるかどうかのカウンター席の奥には、白いひげを蓄えた店主がその日仕入れた新鮮な食材を最高の状態で提供してくれる。


 世界のあらゆる美食を味わってきた俺でさえ、知らない食材を扱うお店。

 俺が聞いたことも無い食材で作られるその料理は、絶品の一言。

 それこそ、この世界にある食材とは思えないほどに……。


 そして、今日のお品書きは、「3種の鶏肉食べ比べ串」だった。




 今日は運良く、俺以外に人影はない。

 食事に集中できる、最高の状態だった。

 瓶からコップへ、ビールを注ぐ。

 透き通った麦色をした液体がト、ト、と心地よい音を立ててコップを満たしていく。

 最後に細かく滑らかな泡の冠を作る。

 その白い冠は、ビールという名の料理のスパイスをより長く、最善の状態に保ってくれるものでもあった。


 早速、一口、流し込むように一気にあおる。

 強烈な炭酸が喉仏を押し上げ、爽快感とともに疲れ切った体の中心を駆けて行く。

 解き放たれた炭酸が鼻の奥に空気を溜める。

 くすぐったさに鼻から息を抜けば、熟成された麦の芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。


 と、そうして集中力が高まった鼻が、肉の焼ける香ばしいにおいを感じ取る。

 ふと見れば、店主が特製の小さな七輪で、3つの角切り肉が刺さった串を焼いていた。

 静かに肉の焼き加減を見る、白髭の店主。

 時折滴り落ちる肉汁が炭に落ち、白煙を上げる。

ともすれば、その煙すらもが串焼きという料理の一部であるかのように。


 あの煙すらも脇役とする串焼きに弾む心を、汗をかいたコップに注がれている冷えたビールで冷ます。

 時折、突き出しの枝豆を口に運びながら待つこと数分。


 「――お待ち」


 ついにその時が来た。




 細長い皿に乗った串焼き。

 そこには色合いが少しずつ異なる3つの肉が刺さっている、

 黒っぽい色をした一つ目の肉は少しだけ小さく、残りの二つはかなり大振りに切られている。

 女性であれば、2口、3口は口を付けることになるだろう。

 そんな四角い肉から漏れた肉汁が白熱電球の光をなまめかしく照り返し、俺の美食を誘ってくる。


 「上から、コカトリス、サンダーバード、フェニックス」


 店主が短く説明してくれるが、俺にはそれがどんな鳥なのかは分からない。

 重要なのは結局、美味か否か。


 冷めてしまってはどんな肉も硬くなってしまう。

 早速、一番上の肉から頂く。


 「頂きます」


 この肉だけは余裕をもって、一口でほおばることが出来る大きさ。

 これも店主の思惑だと、一思いに串から口の中へと運ぶ。

 途端に熱を帯びる口内。

 膨張した空気が鼻を抜け、強制的に炭の香りをもたらしてくる。

 しかし、そこに不快感は無い。

 むしろ口に含む肉への期待感だけが高まっていく。


 味付けは……塩。

 それも、どうにか感じられるかどうかの塩味だ。


 惚けてはいられない。

 すぐに肉を噛みしめる。


 静寂。

 草原。あるいは森にひっそりと、力強く存在する巨岩。

 なぜかそんな光景が俺の脳裏に浮かんだ。


 こりこりとした触感。しかし、その歯切れは良い。

 ハツ・ハートと呼ばれる部位の食感に近いだろうか。

 噛むと中に閉じ込められていた肉汁が力強く、それでいてどこか密やかに、あふれ出る。

 そこに含まれた薄い塩味が、見失いそうになる肉本来の味を引き立てていた。

 生前は草や穀物を食べていたのだろう。

 雑味のない素直な肉本来の味が、優しい甘みを伴って舌をなでる。

 それがまた、塩味と相まって絶妙な加減を生み出している。


 美味い。


 冷えたビールをあおって一度口内をリセット。

 次なる肉へと移ろう。





 次はサンダーバードという鳥の肉らしい。

 少し黄味がかった白い肉。

 男の俺がどうにか一口で食べることのできる大きさ。

 少し逡巡したのち、俺は一気にほおばることにする。


 轟雷。

 荒々しい岩場を舞う、巨大な黒鳥。

 強烈な閃光とともに、雷鳴が鳴り響く切り立った山が感じられた。


 肉質はふわふわ。

 しかし、そこには過酷な環境によって鍛えられたしなやかな筋肉が感じられ、唸るほどのうまみが閉じ込められていることが容易に想像できる。

 意を決して噛みしめてみる。

 途端に、ひたひたのスポンジから水があふれ出るように、とろりとした肉汁が口いっぱいに広がる。

 くどい油かと身構えてみたが、それこそがこの肉の本質だと理解する。

 そうして濃厚な油によってコーティングされた粘膜を、ピリピリと何かが刺激した。

 味付けのスパイスだろうか。

 香辛料の香りが、一つ間違えれば臭みになってしまうこの鳥のにおいを香りと呼べるものに昇華している。


 コカトリスという名の静けさの後の、この激しさ。

 加えて、扱いの難しそうなサンダーバードという鳥の特性を生かした料理。

 ここにも店主の、美食への配慮が感じられた。


 美味い!




 冷えたビールで最後の食材を迎え入れる準備を整える。


 少し時間が経ってもなお湯気を上げるフェニックスの肉。

 果たして、そこにはどのような美食が待っているのだろうか。




 是非、君の舌で確かめて欲しい。

 駅から続く商店街の、その路地裏にある不思議な居酒屋で。


 もし。

 その肉を食べた私から言えることがあるとすれば。


 君は永遠に消えない命の炎を見ることだろう。

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