恋敵はすぐそばに
二条橋終咲
お前もか……
「ただいま」
玄関から声が聞こえる。
リビングでくつろいでいた私は、咄嗟に声の方に向かう。
そこには私の弟の
私たち
「おかえり〜。それといらっしゃ〜い太陽く〜ん」
歓迎するつもりで私は二人の肩に手を伸ばす。
「お、お邪魔しますっ。
太陽くんはちょっと気恥ずかしそうにして頭をぺこっと下げてくれる。
それに対して……。
「さわんないで、汚れるから」
伊月は不機嫌そうに私の手をパシっとはたき落とす。
「ほんとあんたって可愛くないんだから。それに比べて、太陽くんはほんとにいい子ね〜」
私は素直な太陽くんの頭を優しく撫でる。なんかこうしてると、子犬を撫でてるような感じで幸せな気分になれる。
「ちょ、やっ……」
「おい行くぞ」
どぎまぎする太陽くんを見て私が幸せな気分に浸っていたのに、弟の伊月がそれを取り上げるように太陽くんの腕を引っ張って私の横を通り抜けていく。
そして二階に続く階段を登って二人は私の前から姿を消してしまう。
「で、相談ってなに」
「実は……」
結局、伊月は私に一切構うことなく、幼馴染の太陽くんと一緒に二階へと消えていった。
可愛くねぇなほんと。
❇︎
お母さんから二人におやつを持っていくように頼まれて、私は今、二階にある伊月の部屋へと向かっている。
にしても、いつから私は伊月に嫌われてしまったのだろうか……。
つい最近まで一緒にお風呂に入ったり、一緒のベッドで寝るくらいには仲よかったのになぁ。
一抹の寂しさを胸に抱えながら、私は伊月の部屋の前にたどり着く。
「はあっ⁉︎」
その瞬間、いつもは冷静沈着な伊月の珍しい慌てた声が聞こえてきた。
「ばかっ、でかい声出すなっ」
「あ、悪い……」
閉ざされた扉の向こうから二人の小声が聞こえてくる。
一体どんな話をしていればアレほどの驚いた声が出るのだろうか。
そんなことを不思議に思ってると、私は耳を疑うようなことを聞く。
「で、なんだって? お前は俺の姉ちゃんのことが好きだって?」
えっ?
「おいもっと静かに喋れよ!」
私の理解が追いつくよりも先に、太陽くんが慌てた声を出す。扉の向こうからバタバタと騒がしい音が聞こえてくる感じから、相当慌ててることがわかる。
「ちなみに聞くが、なんで好きなんだ?」
「そっ、それは……。あ、会うたびにニコってしてくれるし、勉強とか優しく教えてくれるし、可愛くて綺麗だし、いい匂いするし、スタイルいいし……」
めっちゃ褒めてくれるやん。
私そんなにできた人間じゃないけど。その証拠に友達いないし。
「本当に、素敵な人だなって思って……。まぁ、こんなこと、絶対に彩月お姉さんには言えないけど」
ごめんめっちゃ聞いちゃってるわ。
赤裸々に語ってくれたところ悪いけど、めっちゃ盗み聞してるわ。
「だからさ伊月、協力してよ。彩月お姉さんがどういう男がタイプなのかとか教えてよ」
さっきちょろっと言ってた『相談』ってのはこのことだったのか。
声が真剣な辺り、太陽くんは本気なんだなぁ。
と、つい私が扉越しに聞き入ってしまっていると、なんか上から目線な感じのする伊月の声が聞こえてきた。
「ちなみに聞くが、お前は俺の姉ちゃんのことをどれくらい好きなんだ?」
「えっ……」
なんかうちの弟がすっごい恥ずかしいこと聞いてるよ。
「その気持ちは本物なのか?」
「ほ、本物に決まってるだろ! 俺は本気だ!」
「ならどれくらい本気なんだ?」
「こ、この世界で一番好き、だよ……」
いやプロポーズやんそれ。
小学生が言うことじゃないって。
「はっ、その程度か」
すると、伊月がそれを鼻で笑い飛ばした。
「足りない。全く足りないな」
「えっ」
恥ずかしながらも吐露した自分の想いを否定され、困惑する太陽くん。
しばらくの間を置いてから伊月は話し始める。
「実は俺、姉ちゃんのことが好きだってやつをもう一人知ってるんだ」
え、誰それ? 全く心当たりないわ。そもそも友達だっていないんだから心当たりもクソもないわ。
「ちなみにそいつは、姉ちゃんのことを『宇宙で一番愛している』と言っていた。世界なんて比じゃないぞ」
だからプロポーズなんだってそれ。
「大体、お前は姉ちゃんの事をどれだけ知っている? 歳は? 誕生日は? 身長は? 体重は? 趣味は?」
いつも私に向けているよりも遥かに刺々しい感じで捲し立てる伊月。声だけだからわかんないけど、なんか怒ってるような、不機嫌な感じがする。
これじゃあまるで、悪質な圧迫面接だ。
「え……。ま、まず歳は今年で十八でしょ? で、誕生日は五月十八日で、身長は……ってそんなのわかるわけないよ!」
自棄になったのか、さすがの真面目な太陽くんも声を大きくして伊月に抗議する。
「甘い。甘すぎるな」
けれど、うちの生意気な弟は呆れた感じのままで太陽くんを否定する。
「例の姉ちゃんのことが好きなやつは簡単に答えてたぞ」
「ま、まじか……」
いやほんとに誰なんだそれ。
と、私が疑問に思っていると、伊月が『そいつ』から聞いたっぽいことを口早に語り始める。
「ああ本当だ。身長は一六四・七センチ。体重は五四・二九キログラム。趣味はファッション雑誌の購読と簡単な手料理の実施。あと昼寝。最近はネットで買ったサメの抱き枕を抱いて寝るのにハマっているらしい。ちなみに寝る時は赤の下着だけを着けて寝るのが好き……と、そいつは言ってたな」
「す、すごい……。そんなことまで……」
「ちなみに友達はいないらしいから、休日は家で一人で過ごすことが多いな……って、そいつが言ってたな。そいつが」
「お姉さん、友達いないんだ……」
いやいやいや怖い怖い怖い。
なんでそこまで知ってんの。そいつ何者? 身内のお母さんとか伊月が知ってるならまだわからんでもないけど。
もしかして、私の部屋にカメラでも仕込まれてる?
「あと、好きな食べ物はフルーツ全般。好きな色は赤。好きな数字は誕生月の五。好きな動物はハムスター。好きな天気は雪。とまぁこんな感じ……のことをそいつは俺に言っていたな。あくまでも、俺は聞いただけだから知らんけど」
いやほんとに怖い。
好きなものの話なんて、それこそまだ仲良かった伊月とかくらいしかしないのに、なんで知ってるの……。
「俺は、そいつの足元にも及ばないのか……」
伊月からそいつのことを直に聞いて、残念そうな声を溢す太陽くん。
「まぁでも、姉ちゃんの好きなタイプは知らないな……ってそいつが言ってたな」
そりゃそうだ。
伊月にだって誰にも言ってないんだもん。
誰かが知ってるわけがない。
「なんにせよ、こんなことも知らないようなら姉ちゃんは諦めろ」
「はっ? 諦めろだって?」
「ああそうだ。お前は姉ちゃんを何も知らない。ただただ昔から一緒にいたってだけで、別に特別な存在でもなんでもない。お前はどうやっても姉ちゃんと一緒にはいられないんだよ」
上から叩き潰すようにして、高圧的で暴力的な言葉が太陽くんに降り注ぐ。
「そ、そんなことないだろっ! 俺だって彩月お姉さんのこと好きだし、だからこうやって伊月を頼りに来たんじゃんか!」
「どうせ俺から聞いたところで、お前は勝てない。お前は姉ちゃんのそばにはいられない。諦めろ。その方が身のためだぞ」
「……なんで伊月がムキになってんだよ」
伊月の様子を不審に思った太陽くんが、ふと尋ねる。
確かに、今の伊月はいつもと違う感じがして、焦ってるような怒ってるような、そんな感じがする。
「い、いいだろ別に……」
なぜか小声になる伊月。
いくら自分の姉とはいえ、伊月は私のことを嫌いなはずだし、ここまで熱心になる必要もないと思うけど。
「とにかく、お前には無理だ。姉ちゃんのことをろくに知らないようならさっさと諦めろ」
「で、でも……」
「無理だと言っているだろ」
健気にも頑張りを見せる太陽くんを、幼馴染であるにも関わらず容赦なく叩き潰す伊月。
「もういいっ! 伊月なんて知らねぇっ!」
すると、耐えかねた太陽くんの叫びが家中に響き渡った。
扉の向こうから乱暴な足音が聞こえ、それはどんどんと私のいる扉の方へと近づいてくる。
「やべっ……」
私は咄嗟に廊下の曲がり角に身を隠した。
そして慌ただしい足音と共に太陽くんが走っていく。
「俺は絶対に諦めねぇかんなーっ!」
青臭い魂の叫びと共に階段を降りていく太陽くん。
足音が遠ざかり、しばらくして玄関の扉が開く音がして、恋する少年は去っていった。
「ばかばかしい……」
ため息まじりに苛立ちを隠すことなくつぶやく伊月。果てには舌打ちまでして、ものすごくイライラしてる。
こんな伊月は一度だって見たことない。
で、ずっとここに隠れてるわけにもいかないから、私は恐る恐る伊月の部屋の中を覗いてみることにした。
「姉ちゃんは俺の……」
「あ〜あ、太陽くん怒らせちゃった〜」
「ね、姉ちゃん⁉︎」
「ごめんごめんっ。つい聞こえちゃって……」
とりあえずペコペコと頭を下げて私は軽く謝る。
けど、伊月はなぜか不機嫌なまま、何も言わないでいる。
「まぁちょっと、いろいろアレだけど……。とにかく、あんなに言わなくてもいいじゃん。太陽くんかわいそうだよ? 私は別にそこまで嫌じゃないし」
「チッ……」
私の言葉を聞いて、伊月は酷く顔を歪ませて不機嫌になる。
今までそっけない態度をとることはあったけど、機嫌を悪くして、しかも幼馴染の太陽くんに強く当たるなんて、伊月らしくない。
「うるさい。あんなやつどうだっていい」
「も〜、幼馴染なんだからもっと仲良くした方がいいよ? ほら、友達がいないダメダメなお姉ちゃんが言うんだから説得力あるっしょっ?」
なんか言ってて悲しくなるわ……。
と、私が勝手に自爆してると、伊月が顔を俯かせて不安げな顔でなんかをぼそっと口走る。
「姉ちゃんには俺がいるし……」
「え、なんて?」
「だから、姉ちゃんは誰とも仲良くしたり付き合ったりしたらダメって言ってんの」
「え、なんで?」
そんな束縛彼氏みたいなことを言われても……。
私が理解に苦しんでいると、伊月が苛立った感じで睨みながら叫ぶ。
「いいから! いちいち聞くなバカ!」
ば、バカって……。
一応、小六よりは勉強できる自信あるんだけどなぁ。
「とにかく! 姉ちゃんは俺の姉ちゃんだから!」
「え? そんなの当たり前じゃん? 私は伊月のお姉ちゃんだよ?」
「……」
「あ、あと、太陽くんのお姉ちゃんでもあるかな。昔っから可愛がってきたつもりだし」
それを聞いて、途端に歯をギリっと食いしばって悔しそうにする伊月。
もしかして、変なこと言ったかな……?
「もう知らない! 姉ちゃんのバカっ! 出てって!」
私が困惑していると、伊月は悔しそうな表情のまま私を部屋から乱暴に追い出した。
そして私が廊下に出ると、扉がバタンと勢いよく閉じられる。
「え、ええ〜……」
なんか、よくわかんなかったな。
結局、私のことを好きって言ってる人って誰なんだろう?
うーん、気になる。
これじゃあ気になりすぎて、夜しか眠れないかもしれない。
❇︎
ちなみに……。
一応、自分の部屋の中にカメラが仕込まれてないか探したけど、そんなものはどこにも見当たらなかった。
マジで怖い。
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