MAGINAI(純文ショート)

名南奈美

MAGINAI



 我慢はある意味おまじない。効果はまちまち当たるも八卦。殴るしエロと自分ルールばっかの彼氏との交際をボロボロになりながら五年間も続けた従姉は、そのおかげで彼氏が同棲中の家に連れ込んだ後輩に出会えて、浮気してバレて別れて乗り換え成功した。そしてその後輩が脱サラして漫画家を始めて大ブレイクして裕福を謳歌してるらしい。つまり結局別れたわけだけど、私を含む周りの勧めに乗って三年目とかに別れていたら、そんなことになっていただろうか?

 で、そんな例を見た従妹は同じくらいヤバそうな彼氏と付き合い続けていたら色々あって四年目に鬱になる。鬱になったらめんどくさいからって別れられる。

 我慢って何に繋がるかわからない。何をもたらすか、もたらされるまでわからない。どれが『もたらされたもの』なのかわからない。

 でも何かがもたらされるならマシで、何ももたらされないこともある。当人からしたら『まだ』もたらされていないのか『ずっと』もたらされないのかわからないのだから、変に根性があると続けてしまう。

 だから、おまじないみたいだ、と思う。

 ってか呪術?

 効果があるかわかんなくて、効果があったとして関係あるかわかんなくて、効果がなかったらないのか『まだ』ないのか不明。あるって信じるしかない。

 他の事例も色々と観測して考えた私は我慢なんてクソだと結論づけて、二十代後半くらいから切りたい縁を切り、辞めたいことを辞めるようにした。アンガーマネジメントなんてゴミ箱に捨てて、自分の気持ちに正直に、誰にも押しつけられていない本当の理想の自分を目指す。背筋を伸ばしてドカドカ歩く。

 すると同僚のひとりも同じように振る舞い始める。凛として格好いい。同士みたいな気持ちになる。

 でも同僚は私より運が悪くて、駅でぶつかったおじさんに舌打ちをされたから舌打ちを返したらぶん殴られて、眼鏡が割れて目が傷つく。鼻も折れる。入院する。好かれてた子だったはずなのに『最近なんか印象悪いし』って誰も見舞いにいかないようだから私が行く。

 すると見舞いの品を投げつけられる。

「あんたのせいだから! あんたがいたから私こうなったんだよ!」

 影響を与えることに責任ってあるんだろうか? それも勝手に影響されただけの癖に?

 ということを言うべきか迷って、言いたいし言おうって思って言うと病室で罵り合いになる。看護師さんが来て仲裁される。

 許せないのに許させられて、久しぶりの我慢。私は帰路につきながら髪を掻く。なんで私が謝らなきゃいけないんだよって気持ちが爆発しそうになる。

 たまらなくなって鍵のSNSで呟くと、相互フォロワーに慰めてもらえる。大丈夫だよ、向こうが悪いよ、我慢しなくてすごいよって。気持ちが安らぐ。

 翌日、出社すると普段とはまた違った視線を感じる。上司から呼ばれる。見舞いのときの話が伝わっていて、私はさらに怒りをぶつけられる。向こうの非が伝わっていないので言おうとするけれど、言い訳するなと言われる。

 全部が嫌になって、我慢ならないので辞職する。

 自分なら再就職は余裕だと思っていたけれど、別に資格とかないからキツくて、暮らせる実家もなければ蓄えもそんなになかったのでパートに落ち着く。マンションからアパート住みになる。

 年月が経ち、同期で私より愛想のいい子が社員になりそうってとき気づく。

 我慢とは振る舞いで、どんな振る舞いもそれが自分にとって効果をもたらすと信じてやるものだ。

 だから言ってしまえば、すべての振る舞いはおまじないだ。みたいじゃなくて。そして振る舞わないというのもひとつの振る舞いなのだ。

 どんな結果を連れてくるか本当にはわからないし、個人差があるし、まじないは呪いだから、ときに跳ね返る。生きることは振る舞うことで、じゃあ生きることは呪われることなのだろう。

 何に?

 自分の振る舞いに。判断に。

 自分にかけてきたおまじないに。

 私は私を呪いながら生きてきたことにやっと気づくが、呪われていることに気づくとき既に幾らか蝕まれている。

 でもまだやり直せるかも、って思いながら資格の勉強を始めていると住んでるアパートが放火されて、あーこれ単純にロクな運じゃないんだろうなって思う。運命にキレながら私は死ぬ。

 えーもう、本当、マジないわ。



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