焼き鳥の登場しない恋愛小説

サトウ・レン

焼き鳥の登場しない恋愛小説

 そのお題を見て、最初に浮かんだのは、彼の顔だった。


【いきなり、焼き鳥が書けない、なんてDМが来たから、何事かな、と思ったよ。きみじゃなかったら、遠回しの悪口かどうか一日は、迷うところだった】


 昼、勢いのままに書いたメッセージの返信は、夜、日付が変わるすこし前に届いた。もうちょっとしたら寝ようかな、と私が思っていた時刻で、夜型の彼は、そのくらいから小説を書きはじめるのだ。以前、SNSでそんなふうにつぶやいていたから。


 彼は、私とは別の創作サイトで活動している小説書きだ。私たちの関係を指す言葉として、もっとも適切なのは、趣味の創作仲間、だろうか。ちょっぴり不満だけど、まぁいまは仕方ない。私が唯一、顔を合わせたことのある創作関連の知り合いだ。実際に彼の顔を見るまで、私は彼を女性だ、と思っていた。彼が、私を男だ、と勘違いしていたように。


【こっちのほうでやっている掌編小説企画のお題なんです。企画のこと知っていました?】


 私の活動している創作サイトで、最近盛り上がっている企画がある。そのサイトの六周年を記念して、数日に一回、約一か月の間、出題されたテーマに沿ってショートショートや掌編小説を書く、いわば競作だ。最初はそうでもなかったが、じょじょにテーマは難しくなっていく一方だ。


 そして、その折り返し地点で、出されたお題が、〈焼き鳥が登場する物語〉だった。


【一応、ね。参加しているひとたちのつぶやきが、こっちにも結構、回ってくるから。もちろん、佐藤さん、きみも含めて】


 私のアカウント名は、〈佐藤蓮〉だ。勘違いされることも多いが、もちろん本名ではない。


【焼き鳥、なんて、どう物語に出したらいいんでしょう。ファンタジーやSFには、なかなか馴染みにくいですし……】

【焼き鳥、別に出さなくてもいいんじゃない? そのお題なら】

【どういうことですか?】

【だってそのテーマ、〈焼き鳥〉じゃなくて、〈焼き鳥が登場する物語〉だから。このふたつは似て非なるものだ。つまり、ね。〈焼き鳥が登場する物語〉それ自体が作品を貫くテーマになっていれば、別に美味しい焼き鳥が登場するグルメ小説にする必要はないわけだ】

【でもそれ、余計、難しいお題になってません?】

【だね】

【真面目に答えてください】


 ひどい、と思ったけれど、よくよく考えれば、彼らしい答えなのかもしれない。彼はメタフィクションを扱った物語を好むし、そうではない作品でも、天邪鬼な作風が目立つ。


【結構真面目に答えたつもりだったんだけど……。それにしても、意外だね。きみがそうやって小説の話を振ってくるなんて】

【まぁいいじゃないですか、たまには】


 久し振りに、彼と、やり取りをしたい。そんな気持ちがあり、焼き鳥の件を、口実にしたのも事実だ。


 私たちが自身の創作について語り合うことは、ほとんどない。大体やり取りする時は、好きな映画やドラマ、漫画の話をしている。好きな小説の話は、お互いちょっと避けている。SNS上でもそうだし、実際に会っても、それは変わらなかった。


 もし良かったら、会ってみませんか?


 意外と近くに住んでいる、という話になった時、彼からそんなメッセージが届いた。ためらいはあったものの、それ以上に強い興味があった。どんなひとなんだろう、と気になっていたからだ。そんな感情、私にはすごくめずらしかった。というより、はじめてかもしれない。彼以外にも仲の良いSNS上の創作仲間は何人かいるし、彼らの作品は大好きだが、会いたい、と思ったことは一度もない。どちらかと言えば会いたくない。作品の先にある、そのひと、に触れることで、何かが崩れてしまいそうな不安があったからだ。だから直接誰かと会うことは避けていた。


「実は予感はあったんだ。女だと勘違いされているかも、って。幻滅した?」

「そんなことないです。驚きましたけど。でもたぶん私のことも勘違いしてましたよね? 男だと」


 はじめて顔を合わせた時、彼は静かにほほ笑んで、そう言った。彼は黒縁の眼鏡を掛けた、細身の男性で、低めの落ち着いた声が印象的だった。はっきりと聞いたわけではないが、年齢は二十歳になったばかりの私よりも、五歳くらい年上だ。


 一目惚れ、だったのかもしれない、とも思うが、ただはじめて会う前から、相手と波長が合うことを確認した状態で会っているわけだから、一目惚れ、という表現には、すこし違和感がある。言葉自体は、間違ってはいないのだろうけど……。


 そして以降、私たちはたまに会うようになった。

 なぜかいつも、季節の変わり目に会っている。本音を言えば、頻繁に会いたいけれど、時間の都合をつけるのは、なかなか難しい。私は大学生で、彼は会社員だ。同じ学校の同級生とデートの約束をするのとは、やっぱりちょっと違う。忙しいのは、絶対に彼のほうだ。だから自分から会いたい、とは言えない。その間も、SNSを通して、会話はしているので、没交渉、というわけではないが、好きになってしまった以上、それだけじゃ満足できないし、会って、言葉を交わしたい。


 それに最近、創作活動やSNSでのつぶやきに対して、彼は控え目だ。いまは特に多忙なのだろう。あまり仕事の愚痴なんかを書くタイプのひとではないが、ひしひしと伝わってくるものがある。


 だから、創作サイトのお題にかこつけて、彼にメッセージを送ることにためらいもあった。彼はきっと怒らないだろうけど、嫌な想いをさせるのは、本意ではない。それでも、やっぱりどうしても、と。


【そう言えば、もう春だね。きのう、会社に行く途中だったんだけど、開花したばかりの桜を見たんだ。花に興味のない人間だ、って自覚はあるんだけど、どうしても桜だけは見惚れてしまうんだ。日本人の性なのかな】

【主語を広げすぎです。一億人もいれば、桜が嫌いな人間なんて山ほどいるはずですよ。……まぁでも、桜、ですか。こんなこと言っておいて、私は好きなんですけど、ね。私はまだ今年、一回も見れていないです】

【そっか、じゃあ今度、見に行こうよ】


 私たちは、そのメッセージのやり取りの中で、桜を見に行く約束をした。彼がどんなつもりかは知らないが、私にとっては大切なデートの約束だ。ちょうど彼の休みが重なる二日後だ。その日は掌編企画の締め切りと重なる。


 時刻を確認すると、日付が変わっている。


 きょうのうちに、この難題は書き上げてしまおう。

 でも何を書こう……。あっ、そうだ。


 私は、彼にひとつお願いをすることにした。名前は伏せるし、実話じゃなくしっかりと物語にするから、このやり取りを下敷きにして、今回のお題のための作品を創りたい、と。彼は快諾してくれた。


 そして完成したのが、『焼き鳥の登場しない恋愛小説』だ。


 創作サイトに載せたその作品に、読んでくれたひとから、応援のコメントが届いた。


【じゃあ、この作品は、〈焼き鳥が登場する物語〉をテーマにした物語であって、実際に物語の中に、焼き鳥が登場するわけではないんですね。なんと、ずるい笑】


 私はその言葉に、くすり、と笑って、だけど本当のことは言えないから、心の中で、つぶやく。


 ごめんね。実は、ずっと登場してるんだ。焼き鳥。


 私の好きなひとの、そのアカウントの名前、

〈焼き鳥〉さん、っていうんだ。

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焼き鳥の登場しない恋愛小説 サトウ・レン @ryose

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