焼き鳥食は死刑に値する!!

都鳥

焼き鳥食は死刑に値する!!

 飲み過ぎた。


 俺がいけないんじゃない。あの店の焼き鳥が美味いのがいけないんだ。

 いいよな、焼き鳥。焼き鳥は正義だ。間違いない。


 幸いな事に、酔っても気分が悪くなったり吐いたりする事はない。

 ただひたすらに気分がいい。


 土産に包んでもらった焼き鳥を片手に、ふらふらと自宅に向かって薄暗い路地を進む。

 家まであともう少しだ。そんな事を考えているとなんだか眠くなってきた。

 うーん、こんなところで寝たらだめだ。そうは思っても瞼は勝手に下りてきた。


 * * *


「くしゅんっ!」


 自分のくしゃみで目が覚める。

 体を起こして、まず鼻をすすった。


 開いた目に飛び込んできた風景は、どこかの公園のベンチの上だ。

 ああ、やっちまった。酔っぱらってどこかで寝こけてたらしい。


 家のそばまでは覚えがあったんだが、今見ているこの風景に見覚えがない。

 見知らぬ公園だろうか。俺はどこまで来ちまったんだろう?


 ひとまず現在地を確認しようかとスマホを開こうとしていると、バタバタと足音が聞こえた。

 見ると、変な鎧のようなものを着た集団がこちらに向かってくる。


 変なのは鎧だけじゃない。

 そいつらの髪形は全員モヒカンで、しかも赤く染めてある。


 あまりの異様な姿に、あっけにとられているうちに、俺はそいつらに捕まってしまった。


 うぇ?? 俺、なんかやったか??


 * * *


「お前…… いったいどこでこの料理を……!?」


 モヒカンの変な集団に捕まった俺は、某テーマパークのお城よりも何倍もでっかいお城に連れてこられ、王様とやらに引き合わされている。

 ってか、その王様の頭にも立派なモヒカンがあるんだが……


「焼き鳥ですね。行きつけの居酒屋で……」

「嘘をつくんじゃない!! この国でこの様な料理を出す店があるはずがない!」


 俺は本当の事を言っているんだが、さっきからこんな感じで聞く耳を持ってくれない。

 どうやら俺はアニメやラノベでよくあるパターンの異世界にきてしまったようだ。でなきゃテレビ番組か何かでだまされてるかのどっちかだろう。


 王様はさっきのやり取りでスイッチが入ってしまったらしく、この国の事情を重々しく語りだした。


 この国は鶏を神として敬っているのだそうだ。あのモヒカンは鶏のトサカを模しているそうで、偉ければ偉いほど立派なトサカ髪にできる。もちろん王様が一番偉いので、トサカも一番立派だ。

 神に等しい鶏を食べるなんてとんでもない、という事らしい。


 そしてこの国は現在隣の国と論争中。

 あちらの国では卵を大事にしているそうで、論争のネタは「卵が先か鶏が先か」。これで何百年も争っているんだそうだ。


「お前は隣国のスパイだろう!?」

 で、こうなるらしい。


 あーー、なんだろうバカバカしい。

 卵が先とか鶏が先とか、どっちでもいいじゃねえか。

 どっちもなければどっちも困るんだから、仲良くすりゃあいいのに。


 でもって、鶏の料理を持ってるだけでスパイ扱いだとか、一体どういう事だよ。

 それならこれを焼いてくれた居酒屋の店主は神に歯向かう魔王クラスだろうか。


 話は聞いてくれないし、内容はバカらしいし、今朝から何も食べてないしで腹が減ってきた。


 王様とやらがもったいぶって演説をしているスキに、目の前のテーブルに広げられていた焼き鳥に手を伸ばす。


 ぱくっ


「あっ!?」

 一口でネギまを食べた俺を見て、衛兵たちがざわついた。


 ネギまはたれ味がうまい。

 口の中にあまじょっぱいたれの味が広がる。噛むほどに鶏肉から染み出した旨味がたれと絡みあう。ネギの甘みもまたいいアクセントになっている。


 さらに皮に手を伸ばす。これは塩味が好きなんだ。ぱくっ。もぐもぐ……

 プチっと張った皮の食感と、口の中に溢れ出す脂がたまらない。程よい塩味が脂の甘みを邪魔せず、むしろ引き立てている。


「な! なんと!!」

 衛兵たちのざわつく声に、熱い語りに夢中になっていた王様がこちらを向いた。

 その時俺は、たれのレバーを口に運ぼうとしているところだった。


 ぱくっ。


 俺を見た王様の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まった。

「お前!! 何をしている!? なんて罰当たりな!! し、死刑じゃーーー!!!!」


 俺の口からぽろりと焼き鳥の串が落ちた。


 * * *


 今度はさすがに容赦ない。

 後ろ手に両手を縛られた俺は、両側からモヒカン衛兵に乱暴に腕をつかまれ、城の地下に連れてこられた。


「処刑は明日だ!! それまで大人しくしていろ!!」


 そう言って、カビくさい牢屋に蹴り入れられる。


 おっと!!

 その勢いで、転げてしまった。

 ガンっ!! と床に頭がぶつかり目の前がまっくらになる。そのまま意識は遠のいていった……


 * * *


「くしゅんっ!」


 自分のくしゃみで目が覚める。

 体を起こして、まず鼻をすすった。


 開いた目に飛び込んできた風景は、自分の部屋だった。

 なんだ…… 夢を見てたんだろうか。


 そう思って身じろぎをするが、うまく体が動かせない。

 って、後ろ手に縛られたままだ。


 え……? なんで? 夢じゃなかったのか……


 * * *


 あれから一カ月が経った。

 結局夢だったのか、誰かのいたずらだったのかはわからないけれど、朝になればそこにあるのはいつもの日常だった。

 何事もなかったように会社に行き、いつものように一日が終わる。それの繰り返し。


 いまだによくわかんねえ……

 あれはいったいなんだったんだろう。


 よくわかんねえけど、しばらくは焼き鳥を食べに行く気分にはなれなかった。

 だから、俺はおでん屋に通うようになった。


 いいよな。おでん。おでんは正義だ。間違いない。


 今日も気分よく飲んで、手土産のおでんを片手に帰路につく。

 歩いているうちに、なんだか瞼が重くなって……


 * * *


 見知らぬ街角の街路樹の下で目が覚めた俺を、スキンヘッドで丸顔の集団が取り囲んでいる。


「お前! 何者だ!? もしや、隣国のスパイか!? その手に持つ料理はなんだ!?」


 ああ、これは…… おでんの卵。

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