4 始まりの終わり 終わりの始まり
あれから五年がたつ。
僕は地元に戻り、高校の教員になった。今では県境のしがない高校でごくごく基本的な英文法を教えている。こなすべき仕事は山のようにあるものの、慣れてしまえばある程度決まり切った周期に身を任せる単調な日々を送っている。とはいえ、退屈な日々ではない。以外のも僕には教員が向いているようだった。僕の指導には定評があり、そこそこ充実した日々が矢継ぎ早に過ぎていく。
仙台で暮らしていた日々はかつての話になり、地平線の先で揺れる蜃気楼のように僕の記憶は薄まりつつあった。いつでも現実は忙しく、思い出にうつつをぬかすほど僕は暇ではなくなっていた。
風の噂で中川さんが僕が卒業した後にバイトを辞めたと聞いた。当然、理由は分からない。留年を繰り返すような人であったから、学校の中退が原因であっても違和感はない。彼はまだ小説を書いているのだろうか。僕の知る限り、中川さんのペンネームはまだ書店の本棚には並んでいない。バイトで食いつないでいるのだろうか。なんとなくそんな気がする。
今の僕と仙台の暮らしにはもう接点がない。それでも、僕は時折彼女のことだけ、記憶の底をそっと開けて、覗いてみたりする。
学校の廊下から鬱屈した雲が密集する冬の空を眺める。正午でありながら、日が落ち全体的にモノトーンに染まる景色はあのときの白いマシュマロで埋まった視界に煮ていなくもない気がする。ただ、残念なことに僕の地元にはめったに雪が降らない。マシュマロがふることはもちろん、雪を見ることさえほとんどないのだ。
彼女は僕にその半生を語った。そこにどんな意図があったのだろうか。彼女の陰った表情を僕はまぶたの裏に投影してみる。ありありと浮かぶその横顔に僕はいまいち自信がもてない。まるで僕が捏造した物のように思えてしまう。
彼女は僕がいない街へ去ると言い、仙台を去った。マシュマロを見ることが出来る第二第三の僕と出会うたび彼女は街を転々とするのだろう。今はどこにいるのだろうか。いつかは雪の降らない街に・・・・・・。そんな他愛もない妄想も時々してみる。
窓の外で珍しく雪が降り始めた。風によって唯々諾々と弄ばれ、流れていく雪が気がつけばマシュマロへと変わり、重力に従い垂直に落下し始めた。生徒は廊下に群がりどよめきはじめるが、それは雪が降ることの反応でしかないようだ。
僕だけはマシュマロを見ていた。
確固たる重さを持って降り続けるマシュマロが僕の目には、一コマ一コマページをめくるスローモーションのように見える。生徒の一人が窓を開け、手を伸ばす。彼の手に触れたマシュマロはやはり、夢幻のように消えていった。
遠くに人が立って、こちらを見つめている。
マシュマロが降り続ける白い世界にやけになじむ女の人だった。彼女を含め全てが白い視界の中で赤い傘だけがやけに映えていた。
僕は曖昧に微笑んだ。
チョコレートのないバレンタイン マシュマロの降る白い夜 深 シユン @fffffffffffff
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