世界一の焼き鳥
黒いたち
世界一の焼き鳥
「――なんでこんなことになってるんだ!」
慣れない動きに、心臓がバクバクと音をたてる。
「アギトの考えが足りないからだね」
涼しげに言い放つのは、となりを走る男、ルーファスだ。
俺が苦労している横で、長い足をみせつけるかのように、身軽に段差を乗り越えていく。
俺も負けじと木の根にすがって登りきり、ルーファスをにらみつけた。
「元はと言えば、ルーファスが勝手な行動をするから――」
「シッ! 気付かれるよ」
おおきな手が俺の口をふさいだかと思うと、
――ケーン! ケーン!
キジィのけたたましい鳴き声に、俺はびくりと体をゆらす。
直後、ルーファスがちいさく吹きだしたので、やつに
なぜこんなことになっているかというと、話は一か月前にさかのぼる。
俺、アギトは街の定食屋の息子だ。
幼い頃より、周囲からかわいいと褒められて育った。
顔も
料理が上手で、勉強ができ、運動神経がいい。
俺はすべてにおいて、一番だった。
ところが一か月前、向かいにレストランができた。
ひっこしてきたのは王都の一流ホテルで働いていたシェフの一家、うちの店の存亡の危機かと思われたが、富裕層向けの店であったために、客層がかぶらずに助かった。
そこの息子がルーファスで、うちの学校に編入してきたから、実家が飲食店同士、仲良くやろうと声をかけた。
「俺、アギト! 向かいの定食屋の息子だ。おまえ、かっこいいな! 都会って感じで――」
「……君は、子供っぽいね」
フッと鼻で笑われた。
それ以来、こいつが大嫌いだ。
俺より高い身長、俺より男前な顔、俺より一日早い誕生日――なにもかもが気に食わない。
おばさんが元・歌姫で、とてつもなく美人なため、そいつの顔がいいのはわかる。
だが愛想もくそもない塩対応、接客のセの字もわかっていないようなすかした野郎が、なぜ俺よりモテるんだ。解せぬ。
しかもルーファスは性格が悪い。
俺のテストの点を見ては「回答欄を間違えたのかな?」とぬかし、俺の短距離のタイムを見ては「手足がみじかいと大変だね」とぬかし、身体計測の結果を見ては「前より縮んだ?」とぬかす。
身長が縮むか!
先月から0.3mmも伸びているだろうが!!
話がずれた。
とにかく、くやしいことにこいつが来てから俺はすべてにおいて二位になった。
しかしついに、ルーファスを打ち負かす機会がおとずれる。
街で「ジビエ料理大会」が開催されることになった。
王族が
ジビエ料理とは、天然の野生鳥獣の食肉をつかった料理だ。
王都にいた人間に、ジビエ料理など作れまい。
俺は作れる! 簡単なやつだけど!!
というわけで、ルーファスに勝負を持ちかけた。
「俺が勝ったら『アギト様、負けました』と頭を下げてもらおうか」
「いいよ。じゃ、俺が勝ったら?」
「ありえないだろうが、そのときは土下座でもなんでもしてやるよ」
「ふーん。なんでも、ね」
にやにやするルーファスを見て、口を滑らせたかもしれない、と思ったがすぐに、勝てばいいだけだ、と思い直す。
そしてむかえた
新鮮さが重要なため、料理大会の前日に設定されている。
業者から買う方法もあるが、いかんせん高くて、俺の小遣いでは足りない。
つまり今日仕留めなければ、俺は
俺の獲物は、世界一うまい鳥といわれるキジィだ。
全長3メートル。
野生のキジィは脂肪が少なく身が引き締まり、栄養価が高い。
甘辛のタレをからめて炭火で焼けば、世界一の焼き鳥が完成する。
つまりキジィを
この日のために、俺は知りあいの
小型の
放課後から暗くなるまで特訓し、そのあと実家の定食屋を手伝い、睡眠時間を削って勉強した。
一生懸命に特訓した結果、ちいさめのキジィならば倒せるはずだとのお
クロスボウを装備し、意気揚々と登山口にむかうと、なぜかルーファスがいた。
「おまえ……肉は業者から買うっていってたじゃねーか!」
「うん。適切な処理をほどこした精肉のほうが、調理しやすいからね」
「じゃあなんでいるんだよ!」
「俺も狩猟を体験したくて」
そういってやつが掲げたのは、俺があきらめた小型の猟銃。ふざけんな!
どうせ都会のもやしっ子、山の中で適当にふりきってやる――そう思っていたが、あいつは涼しい顔で俺に着いてきて、今に至る。
「――とにかく、俺はキジィを撃つ」
ルーファスの腕を振りはらい、クロスボウを構える。
「また
聞き捨てならない言葉に、おもわずルーファスをふりかえる。
「その怒ったキジィをさらに怒らせたのはおまえだ。なんでキジィに話しかけたんだよ」
「なごやかな会話中に、アギトが俺の腕を引いて逃げるから、キジィが追いかけてきたんだよ」
「俺のせいかよ……まあいい、つぎは仕留める」
野生のキジィは凶暴だ。
雑食で人間を喰らうこともあり、いまもウロウロとしているのは、俺たちの匂いがするからだろう。
だが俺は、鳥のエサになるつもりはない!
――バシュッ!!
「――命中だ!」
クロスボウの矢が、きれいにキジィの頭を射抜いた。
キジィが横倒しになり、しばらくもがいていたが、そのうちに静かになった。
得意げにルーファスを見ると、彼は両肩をすくめて笑った。
キザな野郎は無視して、
これからすぐに血抜きと腸抜きをしなくてはならない。
肉の温度を下げ、腐敗をふせぐためだ。
近くで見ると、その大きさにたじろぐが、何度も鳥を絞めたことのある俺ならできるはずだ。
いきなりキジィが跳ねおきた。
反射的にナイフを振るが、キジィはひるむどころか突進してくる。
ヒュッと俺の
するどい
――ドゥンッ!!
耳をつんざく大音量に、体がすくむ。
めのまえで、キジィが後ろむきにゆっくりとたおれた。
「…………え?」
「だいじょうぶか!?」
ルーファスに肩をゆさぶられ、ハッと我に返る。
もういちどキジィに目をやり、まちがいなく死んでいるのを見て、ルーファスに目線を戻す。
「……おまえが撃ったのか?」
「うん。横取りしてごめん」
「いや……たすかった。ありがと……」
ホッとしたら力が抜けて、めまいが――……。
「アギト!!」
――ルーファスでも
そんなことを思ったのを最後に、俺の意識はブツリと途切れた。
「――なんでそんなことになったんだ!」
料理大会当日。
俺は自宅のベットの上で、頭をかかえていた。
「アギトがぶったおれたからだね」
涼しげに言い放つのは、長い足をみせつけるように組んで、椅子にすわっているルーファスだ。
なにがおもしろいのか、俺の反応を見て笑っている。
あのあと、とおりかかった
後半は感謝しかないが、なぜ苦労して手にいれたキジィの肉を人にやる!?
売ればそれなりの金額にもなったし――事実、タダでもらえないと言い張る猟師に、ならばジビエ料理大会に寄付しよう、と提案したらしい。
それを
しかもルーファスが、俺がキジィを倒したことにしたせいで、弟子が立派になったと涙ぐんでいたらしい。師匠、やさしすぎんか……?
で、新鮮な野生のキジィ肉は、甘辛のたれを絡めて炭火で焼かれ、世界一うまい焼き鳥となってふるまわれた。
その調理を担当したのは、俺の両親!!
なぜなら、俺のつくえに広げっぱなしのノートに、でかでかと構想レシピが書いてあったのをルーファスが見つけ、わざわざ運営委員会に「キジィ肉の寄付者がこれを食べたいそうです」と伝えたからだ。
調理できるのはこの店の夫婦――と、俺の両親を名指しする徹底ぶりだ。
時給がすばらしい、とほくほく顔で両親は働きにいったらしい。マジか。
つっこみどころが多くて、うなるしかできない。
なにより、そんなことが起きているそばで、ぐっすりとのんきに眠っていた自分に腹が立つ。
俺は寝不足と過労だったらしく、さらに今日一日、ベッドにいるように医者から厳命された。
開け放たれた窓からは、街のたのしそうな様子が聞こえてくる。
「あーあ。あとちょっとでルーファスに吠え面をかかせてやったのになぁ」
「ほんとにねー。俺もたのしみにしてたのに」
「ハッ。余裕なことで」
にらみつけると、ルーファスが笑みを引っこめた。
「俺さ、負けたことないんだよね」
嫌味かと思ったが、彼の表情は真剣だった。
「努力しなくても簡単に一番になれるから、何をしてもつまらなかった。だけど、ここにきておまえに会った。俺に勝つために、すげー努力してるのに報われなくて、でもあきらめずに何度も挑んできて、負けたくせにいつも楽しそうで――」
「……
ところどころ引っかかり、おもわず聞いたら、ルーファスが吹きだした。
「はいはい、褒めてる褒めてる」
「――ぜったい
「あ、忘れてた。これお見舞い」
渡されたのは、たれが絡んだ焼き鳥――まさか!
期待を込めてルーファスを見ると、彼が立ち上がった。
「これ食べて元気になって――はやく俺に負けを教えてね、アギト」
フッと鼻で笑われた。
ぽかんとする俺を残し、ルーファスが退室する。
扉が閉まる音でようやく我に返り――ふつふつと怒りがこみあげてきた。
「――やっぱり、おまえなんか大嫌いだ!!」
ちょっとでもいいやつだと思った俺が間違っていた。
いつかぜったいに負かしてやる、と俺は固く誓って、世界一うまい焼き鳥をほおばった。
世界一の焼き鳥 黒いたち @kuro_itati
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