魔導狩人 ~異世界やきとりラプソディ~

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魔導狩人 ~異世界やきとりラプソディ~

 八木あさぎは、我々が知る現世に居た頃は、同人作家兼派遣社員であった。

 就職氷河期まっただ中に放り出され正社員の道も無く、同人作家という趣味がなければ堕ちるところまで堕ちていたかも知れないなぁ、とあさぎはかつての世界を他人に語る時などよく回顧していた。

 この異世界に飛ばされて、初めは苦労はしたが趣味と実益を兼ねた商売で成功を収め、還るすべも知らぬ今、このままこの世界で人生を全うしてもいいなぁ、と思うようにもなった。

 それでも足りない何かに想いを馳せ、寂しさを感じることもある。そんな時に限って他人があさぎの心中を察してくるのだが、大抵は的外れな事を訊いてくるので、そんなふうに見られてるのかなあ、とうんざりしていた。


「彼氏? あー、別に要らないですわ、ひとりの方が気楽だしぃ」

「それじゃお前さん何が足りないって言うのだ?」


 今日も仕事さぼってこっそり来店し、こすぷれ喫茶のカウンターで和服姿のあさぎが特別に用意した自家製のお新香でお茶を飲んで寛ぐ、着流し姿のミヴロウ国王シフォウが不思議そうに訊く。


「王様、わたし、前の国では仕事帰りに屋台で一杯呑んでいたんですよ。仕事疲れに一杯に美味いものを食う。最高ですよね」

「おう、分かる。田楽とか旨ぇよなあ」

「おでんはこの国で普通に食べられるのはラッキーでしたけど、アレが無いのが……」

「アレ、とは?」


 するとあさぎは歯を剥き出しにして右手をその口元に寄せ、何かを掴んだようにすうっと横に引いてみせる。そして、はあ、とため息をつき、


「……

「あー」


 シフォウ王は仰いだ。


「まぁ、それがこのラヴィーンの滑稽なところだよなあ、……も嘆いたっけなあ」


 そう言うとシフォウ王はくすぐったそうに笑う。そしてきょとんとするあさぎに悪いと苦笑いして謝辞し、


「古い知り合いでな。俺が焼き鳥喰いたいって言ったら困った顔してなあ」



「おう、じん、やっときたな!」


 郊外の森林地帯にて、近隣を荒らし回っていた魔物と、日本刀一本握りしめて独りで交戦の末に討伐した偉丈夫は、やっと駆けつけてきた仲間たちに沈黙した魔物の前で勝ち誇ってみせた。


「なんて無茶なことをする、貴方は……」


 刃と呼ばれた西洋鎧姿の若者は呆れたふうに言う。


「複数で包囲して仕留めるのがセオリーのコッカトライスを単騎で倒すとは……」

「これがサムライ……」


 刃の後ろに居た、同じ西洋鎧姿の騎士たちが余りの光景に絶句した。

 後に、この世界に覇を唱えた〈魔皇〉を倒し、英雄としてミヴロウ国を建国する、幕末の日本から転移してきたその男は、北の地で天命を全うしたとされていたが、実際は生き延びて苛烈な人生を異世界でも続けていた。


「これで旨ぇ焼き鳥が食えるな、久しぶりでこれだけありゃしばらくは飽きるまで食いでがある」

「え」


 刃は思わず瞬いた。


「……土方さん、気持ちはわかります、俺も喰いたいと思った事が何度あったことが」

「だろ?」

「ても、頑張ったところ恐縮ですが、こいつは喰えないんですよ……」

「ええ? なんでぇ、見るからに鶏だろこいつぁ?」

「死んでますが迂闊に素手で触らないでください、これは内蔵まで毒の塊ですから」


 若者はそう言うと、土方は背後で激闘の末に沈黙させた魔物を二度見して困惑した。


「しかし石化毒を撒き散らすこいつに良く無傷で勝ちましたね……。

 そもそも鶏では無いんです。よく見てください、尻尾にヘビが生えているでしょ? これは鶏じゃくてコッカトライスという竜種の仲間なんですよ。

 昔読んだ文献にこいつを食べた人間が毒でやられて死んだ話があって、解毒に成功して生還した人間の談でも砂みたいな食感と味でクソまずくて酷く後悔したそうです」

「じゃあ、焼き鳥はどうやって喰うんだよこの世界では?」

「しぃちきん、という海で泳いでいるトリの仲間を食べます」

「……おい、俺今コイツぶっ殺して疲れてんだから訳分からんこと言わないでくれ……海で……トリ……泳ぐ……カモメか?」

「まあ、そんなものだと思ってください。今度港町に行った時にでもご馳走しますから、そいつ食うの我慢してください」


 それを聞いた土方は酷く残念そうな顔をしても、はぁ、とため息をついた。


「……あー、もういい、分かったからその約束忘れんなよ?」

「はいはい」



 その約束は、様々な思惑に翻弄されて果たされる機会は訪れぬまま今に至っている。

 若者の面影を持つ少年にも話したことの無い懐かしい想い出だった。



「王様、そうなるとこの世界、否、この国の人って焼き鳥って食べる習慣無いんですかね?」

「おや、知らなかったか?」

「代わりのものがあるとは聞いたことはあるのですが、まだ現物は見たこともなくて」

「代用品というか、現世から来た俺たちが知るものとは違うモノを串に刺して焼いたものを焼きトリと呼んでる」


 あさぎは仰いだ。


「……この世界、住めば都とは思うようになりましたが、それでも食べ物に関してはホントややこしくてついて行けない……キノコとか、アワビとか……」


 そう言ってあさぎは顔を少し赤らめる。いずれもこの世界では厄介な採取をする食べ物で、生娘には色々辛い食材である。


「そういやトリは狩猟時期が始まった頃だったか。折角だ、取り寄せるか、トリだけに?」


 まさかの推しのオヤジギャグにあさぎの顔が引きつったが、これもご褒美だと思って耐えてみせた。


「大変ありがとうございます。こういう店ですので、旬の食材扱えるのは嬉しいです」

「なぁに、まっとうに働いてる国民の願いは聞いてやらんとな。ユイもお気に入りの店だ、俺がズル休み出来る場所は大切にしたいしよ」

「そっちが本音ですか」

「あっはっはっ」


 あさぎはなんとも豪快な王様だと思った。推しの、書物でしか知らない英雄と語らいあえるというのは何とも贅沢なことであるな、と少し誇らしげであった。

 そこへ、聞き覚えのある若い声が入店してきた。


「あさぎさんいる?」

「おー、瑞原殿のご帰還ですな、やっほー」


 あさぎは大きなズタ袋を背負った鞘が入店してきた事に気づいてカウンター越しに手を振ってみせる。


「あ、いたいた、サバ缶届きました? あれからちょっと寄り道して鍛冶屋に作らせてたんですよ缶切り」

「マジでっ?!」

「だから開けられるかどうか試しに……ってあれ、シフォウ王、いらしてたんですか」


 鞘は着流し姿のお忍びモードでいる国王に気づいた。


「おう、お疲れな。イチエならもう戻ってきていてな、道中色々あったみたいだな」

「いやもう色々大変でしたから……あ、そうそう、あとで城に行ってお渡ししようかと思ってたんですが」


 そう言って鞘はズタ袋を漁りだした。


「なんだ? 土産か?」

「まぁそんなところです。港町で仕事した後、現地の漁師から旬だからってオススメされて……これこれ」


 鞘はお目当てのものを見つけてそれを取り出し、それを二人に差し出した。

 そのほのかな朱を帯びた白い色をするそれは、どう見ても羽根を剥いだ鶏の生肉であった。


「おー、トリじゃないか」

「トリ? これがっ?!」


 シフォウ王が嬉しそうに見るそれを前にあさぎは目を剥いた。


「どう見ても鶏の生肉じゃないですか……」

「あれ、トリは初めて見る?」

「始めても何も今焼き鳥が食べたいって話を王様としてたんですよぉ……代用品どころじゃ無いレベル」

「鶏だけがいないからね、これをこちらでは鶏肉代わりに喰ってるんですよ」

「ちなみにこれ……海で泳いでるとか……羽根は……」

「いや、これがトリ。羽根なんてあったら海の中は泳げないでしょ」


 事もなげに言う鞘に、あさぎは無言で仰いだ。

 あー、と事をだいたい察した鞘は苦笑いし、シフォウ王の方を向いた。


「前に食べたいって言ってましたよね」

「え? 俺、お前さんにそんな事言ったっ……」


 今度港町に行った時にでもご馳走しますから、そいつ食うの我慢してください。


「……どうしました?」


 鞘は呆けているシフォウ王を不思議そうに見ていた。


「ああ、何でも無い。馳走になるか、嬢ちゃんこれで焼きトリ喰うか」


 シフォウ王はどこかくすぐったそうな笑顔を浮かべてお新香をひとつ、つまんで咥えた。



                         了

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