異世界の『焼き鳥』は、本当に『鳥』なのか

夕闇 夜桜

異世界の『焼き鳥』は、本当に『鳥』なのか


 その場所には、一組の男女が向かい合っていた。

 黒み掛かった紺色髪の女性と、茶髪の青年である。


「ねえ、アキト」

「何だ」

「私がさ、『焼き鳥食べたい』って言ったじゃん」

「そうだな」


 女性の言葉に、アキトと呼ばれた青年は肯定する。

 そもそも二人が、酒場のような場所にまで来て、焼き鳥を食べているのは、女性が唐突に『焼き鳥』を食べたいと言い出したからである。

 別に『焼き鳥』という存在自体が無いのであれば、無理に探す必要も無いレベルではあったのたが、異世界転移者であり、転生者でもある二人がその存在をこの世界で確認している以上、焼き鳥が食べられる店を探すことになるのは時間が掛からなかった。


「でもさ、この『鳥』って、何なんだろうね」


 アキトは何も答えない。

 彼女がいきなりこういうことを言い出すのは、今に始まったことではないし、幼馴染である彼はそのことを誰よりも理解していた。


「……」

「誰かが言ってたんだよ。“ファンタジーの『鶏肉とりにく』は、『とり肉』であって、鶏肉にわとりにくとは限らない”って」

「誰かって、誰だよ。あと、何となく言いたいことは分かったから、串先を向けるな」


 彼女の手を下げながら、アキトの中に『もしかして、それを確認するために、来たのか?』という考えがよぎる。


「つか、この世界には食用の牛とか豚も居るんだから、そういう鶏とか、居てもおかしくないだろ」

「それは、そうなんだけどさぁ……」


 女性が肉を口に放り込みながら、どこか納得できなさそうな顔をする。


 ファンタジー世界が舞台の作品では、オークなどの肉が豚肉の代用品のように使われるものもあるが、この世界の場合は、少しだけ仕様が違う。

 例えば、牛。普通に食用の牛や乳牛などが存在しているが、そこにしき影響等でモンスターや魔物に変化する場合がある。

 そうすると、冒険者などが討伐したりするのだが、その後に適切な処理さえ行えば、そのまま食品加工に回されたりする。

 豚や鶏も同様ではあるのだが――


「純粋な鶏肉なのか、ファンタジー生物肉なのか、気になるじゃん」

「お前、今まで気にしてなかっただろ。いきなりどうした」


 二十年以上生きてきて、彼女が食べ物関係で疑問を口にしたことなど、そんなに無かったはずだ。


「ん~……」


 それでも、唸りながら食べている辺り、『実は、そこまで気になるような疑問じゃないのかもしれない』と、アキトは思い始めていた。


「どちらにしろ、食べられるように処理されてるのは事実なんだから、せめて美味しそうに食べてやれよ」

「……それもそうだね」


 いつもの彼女の雰囲気に戻ったのを確認すると、アキトは軽く息を吐く。

 これが表面上だけだったのだとしても、気まずい空気で食べるよりはマシなので、彼としては有り難い。


「もし、これがファンタジー生物肉で、不死鳥フェニックスのやつなら笑える」

「ゲホッ、ゴホッ!! ……討伐どころか調理されてる時点で、もう不死鳥じゃないだろ……」


 女性の言葉に、不意打ちを食らったかのようにせながらも、アキトはツッコむのを忘れない。

 もし、飲み物を口に含んでいたら大惨事になっていたので、飲料系を何も口にしていなかったのは良かったとも言える。


「でも、鳥系モンスターって、そのぐらいしか思いつかないし……」

「まあなぁ……」


 彼女が知らないのであれば、それ以外に思い付く存在は出てこない。

 ちなみに、ハーピィのような鳥人族はまた別の種族だと考えているため、鳥系モンスター等に含んでいなかったりする。


「けどまあ、結局美味しく食べられるなら、ファンタジー生物だろうが無かろうがどっちでも良いよ」

「やっとその結論に気づいたか」

「うん」


 そう言いながら、女性の目は『ねぎま』に向けられる。


「ねぇ、アキト――」

「おい、やめろ。せっかく綺麗に終わりそうだったのに、『ねぎま』関係で続けようとするんじゃねぇ」


 正直、アキトとしては、焼き鳥の話を止めて、他の話題に移りたい所である。


「冗談だよ。忙しいのに、こうして付き合ってくれてるからね」

「……お前の仕事量と比べられてもなぁ」


 忙しいことは否定しないが、それでも目の前にいる彼女の方が忙しいことは、アキトも知っている。


「つか、仕事中毒ワーカホリックが酷くなってるって、四聖精霊たちが愚痴ってきてたが?」

「あはは……」


 アキトの言葉に、女性は視線を逸らす。どうやら自覚はあるらしい。


「ほら、どんどん食え。どうせ明日からまた遠出するんだろ?」

「うん」


 国内で仕事する自分と違って、女性は国の内外を飛び回ってる。

 その合間に出来た時間を、無駄にさせるわけにはいかなかった。


「キソラ」


 そう名前を呼ばれた女性――キソラが顔を上げる。


「本当、無理だけはするなよ?」

「分かってるよ」


 その後、話題をいろいろと変えながらも、こうして二人の時間は過ぎていくのだった。

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