1章 ボーイ・ミーツ・ウルフガール(30)

そんな見当違いの憎悪の念が彼を奇行へと走り出す。

 懐にあった佩剣はいけんおもむろに取り出し、ゆっくりと妖へと近づく。


「三日月?」


 尋ねるも返事は帰って来ない。そして一気に間合いを詰め次の瞬間、


「バカ! 何をしてる!?」


 もし、三日月がこの狼男と敵対してしまえば、貴重な現在の戦力が奪われるどころか、現状のいびつで、摩訶不思議で、脆弱ぜいじゃくな協力関係が壊れてしまい、襲って来るかもしれない。というか、襲って来るに違いない。そう思った三人は彼を取り押さえることだった。ただ、残念かな、その行動に気付いたのは、彼が狼男の背中に大きな傷を負わせた後であった。


「お前! な、何を!」


「離せ、離せぇぇえ!」


 泣き叫びながら、ただ無駄な足掻きを続ける三日月。


「三日月も見たでしょ! あの妖は僕たちをどういうわけか助けたんだ」


「助けに来なかったら、君はやられていたのかもしれないんだよ?」


「うるさいうるさい! 黙れ黙れぇ!」


 そして次の瞬間、謙一が彼の頬を思いきりぶん殴った。


「ちょっとは頭を冷やせ。迷惑ばかりかけやがって。この期に及んでまだかけるつもりか」


「……んだんだ」


 雀が囁いたような声でそっと呟いた。


「あ?」


「死んだんだ! 僕のせいで、ユグ爺は! 僕が怖がりなせいで、僕が弱虫だったせいで、僕が殺したんだ、この僕が! 何も出来なかった、ユグ爺が痛めつけられているというのに、何も出来なかった。あんな大言壮語を吐いてた癖にいざとなると何も出来なかった! 僕が弱かったせいで、僕が! 僕がぁぁ!」


「それとアレに危害を加えるのは別の話だろ」


「違う! あいつは奪っていったんだ! 僕がユグ爺の仇を討つ機会を、僕が取るべきだったのに! あいつが、だから僕はあいつを倒す。それが仇討ち出来る唯一の方法だから!」


「じゃあ、取れたのか、虫が苦手なだけで相棒バディを見殺しにしたお前が」


「黙れぇぇえ! あいつも妖という面では同じだろうがぁぁあ!」


「ちょっと二人とも! 落ち着いて!」


 そのとき、狼男の方向から何やら足音が聞こえた。狼男が攻撃をしてくると身構えた彼らだったが、予想に反して何も攻撃してこず、三日月の方をただじっと見ているだけだった。その視線は斬りつけられたことへの憎しみではなく、彼へ同情するかのようなそんな優しい目線だった。


「変わった妖だ。まるで俺たちの会話が全て分かっているみたいだ」


「二人とも落ち着いた? ユグ爺が亡くなってショックなのは皆思っているし、君がとても辛いのも分かる。でもね、三日月、一旦落ち着こう。その剣をしまって、謙一も流石に言い過ぎだよ」


 裂葉がそうして仲介に入る。そして四人と一匹は森の脱出を目指し、そして四人は無事に森の外へと抜け出すことが出来た。


 そして後日談、この事故に対しての処置に関することで、謙一、裂葉、明治は魔法の森への無断侵入が見過ごせなくなったものの、厳重注意で済まされた。だが、三日月は使役精霊の喪失という、退学・留年も考えられる重い罪を受けたものの、故意ではないため、一ヶ月の新たな精霊契約を禁じるという罰が処された。だが、そんな罰は些細な問題であり、この事件以降、彼はすっかり何も話さなくなり、いつもどこか虚空を見つめ、半廃人のようになってしまった。なんとか高等部へ進学は出来たものの、部屋の運も恵まれず、同じ部屋の住人からの酷い嫌がらせなどもあって、彼は一度、自殺へ走るほどであった。結局、失敗に終わったものの、事件から半年ほど経った今でも、精霊を契約することは未だにしてないのであった。

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精霊学院の妖術師(ウィッチクラフター) 書翼陣 @Kakuyokunozin

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