焼き鳥はご飯のお供です

佐倉伸哉

本編

「やっと帰れる……」

 時刻は19時半。年度末のせいもあって、3月に入ってから2時間程度の残業が続いている。毎年の事とは言え、しんどいものはしんどい。

 事務作業でずっとパソコンの前で画面とにらめっこ、倉庫内の備品管理に駆り出されて棚の中の荷物を上げ下げ、加えて月末の経費の計算……。ヘトヘトである。

 食事は自炊派の俺ではあるが、こんなに疲れている日は流石に楽がしたい……ご飯はタイマーでセットしてあるから、あとはおかずを買うだけでいいかな。

 もう今夜は楽をしようと決め、会社から自宅の近くにあるスーパーへ向かった……のだが。道を歩いている段階で、何かいい匂いがする。

 匂いに導かれるようにスーパーへ歩いて行くと、その匂いの正体が判明した。

 スーパーの入り口の近くに、一台のキッチンカーが止まっている。そこで売られていたのは――焼き鳥。

 夕方の買い物客をターゲットに時々出店しているのは見た事があったけれど、実際に買った事は今まで無かった。焼き鳥はスーパーに売られているし、アツアツの出来立てを食べたいなら居酒屋が一番という印象があるし、キッチンカーの焼き鳥を買おうという気にならなかった。ただ、スーパーは値段は抑えられているけれど作って時間が経っているから味はイマイチ、居酒屋は美味しいけれど値段が高い上に呑まない人間からしたら一人で入るにはハードルが高い。

 でも……この匂いに空腹、そして倦怠感。見た瞬間、今晩のおかずはこれにしようと決まった。

 吸い寄せられるようにキッチンカーへ向かう。お値段は思っていたより安いし、沢山買えば割引してくれるっぽい。ラインナップもまずまず。

「いらっしゃい! 何にしましょうか?」

 頭にねじり鉢巻きをした、ガタイのいいおじさんが声を掛けてきた。俺はラインナップをざっと眺めた後、注文した。

「すみません。ネギまを3本、つくねを3本、ももを2本、皮を2本、計10本お願いします」

「あいよ! 味付けはタレと塩こしょう、どうします?」

 そうか、味を決めないといけないんだった。ちょっと考えて、答える。

「えーと、ネギまとつくねはタレで、ももと皮は塩こしょうでお願いします」

「あいよ! 出来上がりまで大体5分くらい掛かりますけど、大丈夫ですか?」

「あ、はい。大丈夫です。……焼けるまでの間、スーパーで買い物してきても大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ! 買い物が終わったらまたこちらへ来てください。お会計もその時で大丈夫ですよ」

 なかなか威勢のいいおじさんだな……と思ったけれど、圧がある訳でもないし溌剌としている感じがあったので、別に気にはならなかった。

 俺は今日の献立は決まったので、足りない物を買いにスーパーへ入っていった。久しぶりの焼き鳥に、少しだけテンションが上がって足取りは僅かながらに軽やかだった。


 自宅アパートに帰って来たのは、20時を少し過ぎたくらいだった。

 最近は栄養バランスを気にするようになったので、スーパーではサラダ+αを購入。買い物を終えて出てきた頃には焼き鳥も出来上がっていた。

 ポリエステル製の買い物袋から、炭火の匂いとタレの匂いが鼻腔をくすぐり、お腹が空いているのもあって無意識の内に口の中で涎が分泌される。これはなかなかの拷問だぜ……。

 パパっと部屋着に着替え(ついでに着ていたスーツに消臭スプレーをかけて)、ご飯を丼に盛り、買ってきたサラダと焼き鳥をそれぞれ皿に乗せる。

 今日の飯、これで完成。……たまには楽したっていいじゃない、人間だもん。

「……いただきます」

 まずは、ネギま。鶏の旨味や脂、炙られたタレの香ばしさ、さらにネギの甘味。全てが口の中でハーモニーを奏でていて、とても美味しい。これはご飯が進む味。

 焼き鳥と言えば、ネギまかももな俺。定番は外せないよね。

 次は、つくね。団子になったつくねが3つ串に並んでいるが、果たしてどうか。

 1つを齧り付く。……これもこれで美味しい。様々な部位の肉が混ざり合っている強みを存分に発揮している。同じタレ味でも全然別物に思えるのは何故だろうか。これもこれで白飯が進む。

 世の大人達は“焼き鳥=ビールのお供”と考えているだろうが、俺はそうは思わない。別に焼き鳥はビールと独占契約している訳ではない、むしろ“酒のお供はご飯のお供、ご飯のお供は酒のお供”な独自理論を持つ俺からすれば、焼き鳥と白飯のコンビが合わない訳がない(この理論は色々と穴があるから反論は受け付けません)。

 濃厚なタレで舌が麻痺してきた……そんなお口をさっぱりしてくれるのが、サラダだ。居酒屋でも酒のお供は味付けの濃い料理と相場は決まっているが、口直しの漬物やサラダの存在は欠かせない。口の中をリセットさせてくれる、貴重なリリーバーだ。

 そして、お次はもも。二枚看板のもう片方の登場だ。こちらは塩こしょうとシンプルな味付けで勝負。こちらも齧り付く。肉の旨味や焦げ目の香ばしさがダイレクトに伝わってきて、これも美味しい。さらにご飯が進む。レモンがあるとサッパリするけど、残念ながら持っていない。

 さらに、ここで皮の出番が回ってくる。皮の食感が苦手だという人は多いけど、このプリプリとした食感は好きな俺には全くのノーダメージ! ここまで3種は全て肉だけど、変化球の皮も食べていて楽しい。パリパリ食感も好き。

 ここまで4種類を一通り食べてきたが……ここでアレの投入と参りますか。

 丼飯の上に、串から外した焼き鳥を次々と載せていく。タレと塩こしょう、それぞれのグループで寄せていく。別に混ざっても構わないけど。

 焼き鳥で埋め尽くされた状況で、さらに+αをここで投入!

 それは――温泉玉子!!

 焼き鳥丼を食べるならこれでしょ! と閃いて購入したけれど、ナイス俺。この温泉玉子が一つあるだけで茶色系統しか無かった絵面が一気に華やかになる。温泉玉子は偉大。

 ここからはラストスパート。焼き鳥と白飯を一気にかきこんでいく。行儀が悪い? 見栄えが悪い? そんなの関係ねぇ。食事は自由だ。

 濃厚なタレ味、パンチの利いた塩こしょう、相反する味が一度に二度楽しめるのは丼飯の醍醐味。飽きてきたと思ったタイミングで野菜を取り、一時休憩。また新たな気持ちで丼に向き合える。

 そして、満を持して温泉玉子に箸を入れる。半熟の黄身がトロリと流れ、焼き鳥に黄色いベールをまとわせる。まろやかな黄身のコクで、焼き鳥もまた違った美味さに気付かせてくれる。

 怒涛のラストスパートをかけて――最後の一口となったご飯を口に運ぶ。

「……ごちそうさまでした」

 タレと塩こしょうの共演を存分に楽しんだ、焼き鳥飯。心もお腹も満たされ、大満足な夕ご飯だった。


 思えば、焼き鳥は子どもの頃からちょっとテンションが上がる食べ物だった。

 唐揚げもチキンステーキも親子丼も照り焼きチキンも、子どもの時は喜ぶ料理だった。でも、鶏料理の中で一番テンションが上がったのは、焼き鳥だったように思う。串に刺さっている、自宅で作れないから誰かが外で買ってきてくれる、食卓に出る機会が滅多にない、色々な要素が絡み合って特別感が出ていたのだろう。

 大人になってからも、付き合いで飲みに行く機会は何度かあったけれど、かなりお腹いっぱいになっていても焼き鳥なら何とか胃袋に収める事が出来た。一口サイズの大きさで食べやすいのもあるけれど、子どもの時から抱いていた特別感が大人になってもまだ残っているのかも知れない。

 つくづく、不思議な食べ物だな。食べ終えた串を見ながら、そんな事を思っていた。

 また今度、疲れた時には焼き鳥飯にしよう。また会おうぜ、焼き鳥。

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焼き鳥はご飯のお供です 佐倉伸哉 @fourrami

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