焼かれた鶏は泳がない

小石原淳

焼かれた鶏は泳がない

 おっと、こいつはとんだ失礼を。ちょっくらぼーっとしていて、夜目も利かねえもんですから、頭の先っちょが引っ掛かってしまって。服、大丈夫でしたかい? おお、それはよかった。ではこれで。

 え? ふらついているけど大丈夫か、だって? 優しい言葉をありがとうござい。ご覧の通り、二本足じゃあないもんで、ふらつくなんてしょっちゅうでさあ。

 具合が悪い? ああ、さっき、ぼーっとしてたなんて言っちまったもんだから、余計に心配を駆けてしまったみたいで、申し訳ない。

 いやまあ、ぼーっとしていたのは事実なんだが、具合が悪いってのとはちょいと違う。

 訳ありでね。何日前になるかなあ。朝っぱらから店のおやじと喧嘩して、飛び出してきたのはいいが、右も左も分からず、迷っちまいましてね。上から見ればまだ分かるんだろうが、今のこのなりじゃあ、無理だ。さまよい歩いていたらだんだんと疲れてきて、どうしようか困って、ない知恵を捻り出そうとした挙げ句、頭が痛くなったって寸法ですよ。だからあんたが気に掛けることはこれっぽっちもねえ。

 うん? 喧嘩の原因? あんた、やけに気にしてくれると思ったら、酒が入っているね。結構酔っているな。道理で、俺なんかの相手をしてくれるはずだ。

 まあいいや。こっちもいい暇つぶしだと思って、話して聞かせやしょう。

 店の親父と喧嘩した原因ね。至極単純でさぁ、毎日毎日焼かれるのが嫌になったんで。

 え? ええ、言い間違ってなんかいませんよ。焼くのではなく、焼かれるのが嫌になった。毎日毎日、耐火レンガ型焼鳥器に載せられた焼き網の上でね。刷毛で秘伝の何か茶色い液体を繰り返し塗られ、繰り返し焼かれて、おかげで匂いと焦げができちまった。

 いい匂いがして見栄えも悪くない、ですか。なんかくすぐったいな。お気を使わせてしまったようで。

 そのあとのことは、さっきもざっとお話ししたように、そこいらをさまよい歩いていて……時々、野良猫や烏の奴に追いかけ回されて、いじめられたな。とくに烏の野郎、同類のくせして、何でああもちょっかいかけてくるかね。

 そうさねえ、いいこともあったよ。足が一本で歩くのは苦手でも、踊るのは割と得意なんだよな、俺。だから夜のビル街なんかを歩いてて気分が高揚してきたら、つい踊り出したくなる。辛抱溜まらず踊って、ふと見るとガラスに己の姿が映ってる。なかなか様になってらと悦に入っていたら、おおー!」って拍手と歓声をもらって。そっちを振り向いたら、ストリートダンスで身を立てようかっていう若いのが大勢いて、男女問わず目を輝かせて笑顔でさ。拍手をくれたよ。あれは嬉しかったな。

 ん? 何だって? ダンスで転ぶことはなかったのかって? おかしな質問をするなあ。うん、転びやしねえよ。歩いているときだって、苦手な分、注意するから転ばない。身なりを見てくれれば分かるでしょうよ。少しばかり焦げはあっても、綺麗なもんだろ?

 あれ? いきなりふらりと立ち上がって、どこへ行くの……と思ったら、帰ってきたよ。自販機で何か買ってきたな。あ、酒だ。二つも。

 これ、俺に? いやあ、今まで飲んだことないから興味がなくはないんだが、うーん、やはり遠慮しとこう。一人でやっとくれ。

 え? え? 何だ? おい、何をする? 放せ、俺を捕まえてどうする気だ? おいおい、持ち上げるな! いくらおまえさんに比べて俺が軽量だからといって、この仕打ちはないぞ! おおいっ、うわっ!


 ……やっぱり俺は焼き鳥だったんだな。少し焦げある焼き鳥に過ぎなかった。


 ワンカップ片手に俺をうまそうに食ったのが、おじさんじゃなくて綺麗な見た目の女だったのが、せめてもの救いと思うとしよう。


 あ、そうだ。一度くらい、泳いでみたかったな……


 おしまい






 ――gerogerogerogerogerogerogerogerogero――


 ……う、うう? これは……あの世からこの世へ、のか?

 うーん、喜んでいいのか悲しむべきか。酷いにおいだなこりゃ。



 おしまい2


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

焼かれた鶏は泳がない 小石原淳 @koIshiara-Jun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ