燃えよ不死鳥

人生

フェニクスの誘惑




 彼は、神の教えを広めるべく旅をしていた――


 ある日、迷い込んだ森の中――彼は力尽き、今にも倒れようとしていた。


 断食には慣れているつもりだった。しかし、ここは森の中。その脱出を目指して歩き続けると、体力が奪われていく。修行としての断食とは状況が異なっていた。


 ……もう、ダメかもしれない。


 神は私をお見捨てになったのか――彼はその夜、焚き火を前に涙をこぼしていた。


 ――動物を狩ればいい。そんな悪魔の声が響く。肉を食べるのだ。木の実や怪しい色をしたキノコよりよっぽど飢えを凌げるだろう。神もきっと許してくださる――


「……せめて、既に死んだ動物であれば……」


 意識を保とうと声を絞り出す。雨水で渇きは凌いでいるが、その声はもう掠れ、自分のものとは思えないほどにか細かった。


「殺生をする訳には――」


 旅人を助けるため、自ら火の中に飛び込んだウサギの話を思い出す――


 その時である。


「ぎぃゃあああああああああ!」


「うわあああああああああ!?」


 突如、断末魔が響いた。目の前の炎が勢いよく燃え上がる。彼は思わず絶叫していた。まだこんな声が出せたのかというほどの大声が、暗い森の中で響いた。


「な、なんだ……!?」


 炎がひと際激しく燃え上がり――しゅっと、一条の火柱が立ち上る。炎の中から何かが飛び出してきた。


 それは、炎で出来たような――光り輝く、鳥であった。


『私は、不死鳥――』


「と、鳥がしゃべ――いや、これは、私の脳内に、直接……!?」


『あなた、飢えていますね? 飢えていることでしょう。そんなあなたに提案です。どうぞ私を食べてください』


「こ、これは、幻覚……? 鳥が羽ばたきもせず滞空しているなんて、ありえない――」


『私は、不死鳥――なんでも出来ます。これは幻覚ではありません。だから、私を食べればあなたの飢えを癒すことが出来ます。食べるときっと美味しいですよ』


 これは――神の遣いなのだろうか。彼は思った。


「しかし、どうして自分を食べろなんて言うんだ。私は君に、何もしていない。何もしてあげられない……」


『いいえ、旅の人。あなたには私を救うことが出来ます。……私はもう、命を終えたいのです。しかし、私は死ねど、すぐに甦る存在――ザ・不死鳥。そんな私が命を終えるには、この身を誰かに捧げねばならないのです。私のためと思って、どうかこの身を頂いてください』


「し、しかし……。ごくり」


 鼻腔をくすぐる、香ばしい匂いがあった。それは先ほど、この不死鳥が炎の中に飛び込んだ際に生じたものだった。


(これは……本当に、神の遣いなのか? 悪魔の誘惑なのではないか? 確か、かの有名な魔神の中にフェニクスと呼ばれる存在がいたはず――)


 彼は葛藤した。


「…………」


 しかし、己の食欲に勝てなかった。静かに頷く。生きなければ。ここでチャンスを逃し、自ら生を諦めることの方がきっと、罪深い――


『ありがとう。……しかし、さすがにナマでは無理があるでしょう。なので、これから、私は炎の中に飛び込みます。けれど、私は不死鳥。すぐに甦る――あなたが私を美味しく頂くには、私が炎に飛び込み、いい感じに焼けた頃、すぐさま口に放り込む必要があります。さもなければ、私はまた甦る……』


「た、タイミングが重要なんだな」


『ええ。では――三つ数えたら、飛び込みますよ。3、2、1――ファイア!』



「ぎぃゃあああああああああ!」


「うわあああああああああ!?」



 不死鳥が叫び、その断末魔に気圧された彼は思わず仰け反っていた。


 炎の中から再び不死鳥が現れる。


『いちいち驚かないでください。何度でも甦るとはいえ、私も痛みは感じるのです。美味しく頂かれるには、炎で焼かれて痛覚を失っているその瞬間のみ――』


「し、しかし……」


『もう一度、行きますよ――3、2、1――」



「ぎぃゃあああああああああ!」


「うわあああああああああっ!」



 炎の中に手を突っ込んだ。当然、熱かった。


「無理だ!」


『このままだと飢え死にますよ! 何かを得るには時に痛みを伴うもの! それが命を長らえるためなら火傷くらい! ……私なんて毎回、この炎の中に飛び込んでいるんですよ!? 焼身自殺です! この恐怖、この焼かれる痛みがあなたに分かりますか!?』


「く、すまない……もう一度だ!」



「ぎぃゃあああああああああ!」



 炎の中に手を突っ込み、相手は不死鳥だが、鷲掴む――しかし、不死鳥はまだまだこんがりと焼けてはいなかった!


「た、タイミングが分からない――上手に焼くにはどうすればいいんだ!?」


 何度となく断末魔を聞いた。夜が更ける。もうすぐ日が昇ろうかという頃、


 ぐわしっ――彼は、炎に飛び込む前の不死鳥を鷲掴んでいた。


『な、何を……!?』


ナマでいく」


『正気ですか!? 生きたまま私を食べると……!?』


「大丈夫、ちゃんと食べやすいように羽を剥いで、手ごろなサイズに分割する――頭は最後にしよう。意識が残っているあいだはまだ、蘇生しないはずだ。だから、頼むよ、これから君に酷いことをするが、最後の一口まで気をしっかりもってくれ――』


 何度も断末魔を聞かされていれば、気も狂うというものだろう――



「ぎぃゃあああああああああ!」


「うおおおおおおおおおっ!」




                   ■




 …………。

 ………………。

 ……………………。


 ――シンと静まり返る教室で、俺は唐揚げを取り落とした。


「――という感じのファンタジーを書いてみたんです。どうですか? 神の教えとは、時に人の都合の良いように解釈される……という感じの、哲学的なお話です」


 と、向かいの席に座る彼女はそう言って、微笑んだ。


「……え? え?」


 俺は訳が分からず、弁当箱の上に落下したおかずの唐揚げに視線を落とす。


「どうしたんですか?」


「……食欲が――ちょっと、あんまり、あれで……おかずが、気分じゃないっていうか……」


「そうですか――でも、お昼は大事ですよ。……あ、じゃあ、私のお弁当を食べてみてください。交換しましょうか。私のはほら、小食な方にもお勧め、胃に優しいメニューです」


「あ、うん……ありがとう……。お野菜いっぱいだね……美味しそう……」


「『やったー、僕たちのこと美味しそうだって!』『ドレッシングもあるよ、かけてかけてー!』」


「アテレコやめてもらっていいかな!?」


「でもやっぱり、お肉とお野菜はバランスよく食べた方がいいですよ。こちらの焼き鳥をどうぞ」


「焼いてない、揚げてるんだ……そしてそれは俺のお弁当……」


「大丈夫ですよ、この鳥は生き返ったりしません。とっくに死んでますから、安心して食べてください。この新鮮そうに見えるサラダも、既に死亡済みです」


「……俺たちの命は、たくさんの犠牲の上に成り立ってるんだな……」


「哲学的ですね」


 お昼を食べよう。食べられることに感謝しよう。こうしておかずになった以上、食べてあげるのが「彼ら」のためだ――




 食品ロス、ゼロの社会を目指して!



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燃えよ不死鳥 人生 @hitoiki

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