【焼き鳥が登場する物語】ご当地弁当

ながる

喧嘩するほど

「あれ作ってくれよ、あれ。ほら、道南のコンビニで売ってる弁当。しばらく行けてなくてさぁ」


 常連のわがままをそこそこ聞いてくれる店主の爺さんは、片眉を上げて腕を組んだ。


「まあ、近いのは出来るが」

「やった。ランチとして売り出せば、そこそこ売れると思うけどなぁ」

「昼は開けねぇよ」


 笑いながら豚精肉のネギま串を焼き始める。

 いつもの店の醤油タレを小さなフライパンに流し入れて、そこに赤ワインと白ワインを足して煮詰めていった。

 どんぶりに盛られたご飯の上に海苔を敷き詰め、焼けた豚串をタレに絡めて乗せていく。残ったタレもご飯に染み込むくらいかけてくれた。


「いただきます!」


 これこれ! タレの味は多少違うかもしれないが、焼きたて出来立ての美味さは遜色ない。米も進むというもの。

 爺さんに親指を立てて見せれば、彼は笑って頷いた。

 ふと、外した串の一本を見て、当時付き合っていた彼女と串は外すのか外さないのかで口論しあったことを思い出す。よくそれを目当てにドライブしたのだ。


「外した方が食べやすい」

「ひと手間が面倒臭い」


 食に対する細かい違いでよく言い合いになったっけ。相手の言い分も聞いてみれば、納得したり美味いと思えたりもしたのだけど、若い俺は意地っ張りだったから結局喧嘩になったのだ。

 爺さんに聞いてみたら「正解なんてねぇ、好きなように食え」と言われてしまった。そうだよな。なんであんなにこだわったんだろう。

 思えば、彼女はご飯に味がつくのも好きじゃなかったのかもしれない。

 思い出があれこれと浮かんでは消え、決定打は何だったかなと首を傾げた。


「すずめ……って、あるかい?」

「今はやってねぇなぁ。昔は出してたが」

「美味しいよね!」

「わっ……」


 横から少年がティッシュの箱を差し出しながら、舌なめずりしていた。いつの間に?


「う、美味いのか……食ったことなくて。ほら、グロテスクだし、ちょっと手が出なくて……」

「美味しいのに……」

「こら。すまねえな。誰でも苦手なものはあるだろう?」

「いや。いいんだ。あの時は食えなかったけど、今はどうだろうと思っただけだから」

「丸焼きだからなぁ。繊細なやつには無理かもな」


 縮めた体に頭部までそのままの、串に貫かれたビジュアルに俺はドン引きしたんだけど。その、焼けて白くなった目が、食うのかと恨めし気にこちらを見上げているようで。

 でも、彼女は躊躇ったのは最初だけで、一度勢いでかぶりつくと、骨をパリパリ言わせながら「うん。おいしい」って、どうしても手が出せない俺の分までぺろりと平らげた。

 その時、漠然と俺じゃダメかもって思ったんだよな。

 俺と並んで歩かせるのは、なんだか申し訳ないって。

 それは予感だったのか、彼女は海外プロジェクトのリーダーに抜擢されて、海を越えて行ってしまった。


「料理する人ってのは、どうなの? やっぱり見た目は関係なくなるものかい? それとも、その辺の雀を見ても素材に見える?」

「さぁ。人それぞれだろうからなぁ。俺は、生きてるモンは生きてるモン、食べるために料理されたものは料理。そう、思ってんじゃねぇかな。無駄にしようと思って作ってるわけじゃねぇんだろうからよ? 殺された上に食べられるために作られたモンを食べてやれねえでゴミにされるのは、申し訳ねぇかな。まあ、雀なんて農家にゃ害獣だ。こんにゃろめって食ってやりたい奴も意外といるさ」


 ちょっと、目から鱗だった。そういえば彼女の実家は米農家だったような。


「……今度、昔の彼女が上司になって帰ってくるんだよ。いやんなるよなぁ」

「そうかい。昇任祝いにうちのおでんで祝ってくれよ」

「ああ、いいね。好みがだいぶ違うんだけど、美味いって言わせる自信あるわ」

「ありがとよ」

「合いそうな新潟の酒、なんか用意しといてよ。地元の味で泣かせるのも一興だろ?」


 爺さんは俺の手元を少しのあいだ見下ろしてから、にやりと笑った。


「泣かせるなら、焼き鳥弁当も用意してやるよ」

「え? 何? 旨すぎて泣くって? そんな殊勝な女じゃないんだよなぁ」




 冗談だと思ったのに、目の前に差し出された焼き鳥弁当を食べた彼女が瞳を潤ませたのを見て、たいがい都合のいい俺の心臓が、ちゅんと鳴いたような気がした。

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