生涯を懸けて探した不死鳥が焼き鳥にされている

春海水亭

火の鳥の火は炭火じゃないんだよなぁ

 不老不死――それは誰もが追い求め、そして誰の手の中にもない人類の永遠の夢である。

 老冒険者、コシィテェーゼ・カン・セツモも夢追い人の一人であった。

(若い頃は永遠の若さなど、老人の願望なぞと一笑に付したと言うのにな)

 ほとんど壁のような傾斜の山を登りながら、コシィテェーゼは自嘲する。

(いざ、老人になってしまえば私もこれだ……死は恐ろしくない。だが、腰が痛い。背中も痛いし、肩こりもひどい。体力も減っている。睡眠も浅いし、胃もたれもひどい。三大欲求の全てがか細くなっている上に新しい文化にも遠慮がちになっている。別にこの世界に永遠に君臨し続けたいとかはないけど、普通に若返りたい……)

 息は荒く、腕も脚も震えている。ゆっくり、ゆっくりと山を登っていく。

 空気は冷たく、風も強い。山を登っている途中に死にかねない。

 それでも、コシィテェーゼが山を登る理由は唯一つ。この山の頂上に、その生き血を啜ったものに不老不死をもたらすとされる不死鳥の巣があると聞きつけたからである。

(私も冒険者として様々な地に赴いた……だが、もしも不死鳥がいなければ、これが最後の冒険になるだろう)

 この山を登りきったところで、老いた自分には下山する体力はない――コシィテェーゼはそれを自覚している。

(不死鳥がいれば不老不死、いなければ死。まったく極端な賭けだ。だが、これが最後の冒険になるかもしれないのなら……これぐらいが良いのかもしれないな)

 いつしか風の中に雪が混じっていき、やがて雪そのものが吹き付けてくるような有様になってくる。

 上へ――上へ――不死鳥の元へ。雪の中で火を灯す者の元へ。

 凍えながら、それでも上っていく。

 それにしても、太陽に近づけば近づくほどに寒くなっていくとは不思議なことだ――とコシィテェーゼは思う。太陽の熱は空を舞う蝋細工の羽は溶かすというのに。


「う……うぉぉぉぉぉぉぉ」

 枯れた喉から思わず歓喜の叫びが漏れる。

 数十時間の登山を終え、とうとうコシィテェーゼは頂上へと辿り着いたのだ。

 不思議なことだ。コシィテェーゼは思った。

 少し下れば、全てを拒む冬の寒さがあるというのに、頂上はまるで春のように暖かい。

 不死鳥が頂上を祝福しているのか、あるいはこのような場所だから不死鳥が住処に選んだのか。

 半分自死のつもりであったが、不死鳥は実在する――コシィテェーゼは確信していた。


(さて、不死鳥はどこに……む?)

 瞬間、コシィテェーゼは鼻腔をくすぐる香ばしい匂いと、バチバチという炭が爆ぜる音を聞いた。

 一体、これはどういうことか――匂いと音の方向を見て、コシィテェーゼは絶句した。

 コートに身を包み、石に腰掛ける狩人。足元には毟られた金色の羽。

 その前には七輪、そして焼かれているのは薄っすらと神々しい光を放つ肉。


「不死鳥焼かれとるーーーーーーー!!!!」

 喉はすっかりと枯れ果てたはずであるのに、コシィテェーゼ自身も信じられぬほどの大声が出た。

 人類の夢――不老不死が、目の前で焼き鳥にされている。


「なんだ、爺さん。大きな声出して」

 呆れたように不死鳥を焼く狩人が言う。

 あまりにも声が大きかったのか、耳を塞いでいた。

「い、いや、君……それ、それがなにかわかっているのか?」

「あぁ……あぁ?そういうことか、なるほどな」

 狩人は納得したように頷いて、言った。

「安心しろよ、爺さん。アンタの分もあるから」

「そういうことではない!一体、それが人間にとってどれほどの価値があるか……」

 そこまで言って、コシィテェーゼは考え直す。

 そうだ、目の前の狩人だって何もわからずに来たわけではないだろう。

 きっと、これは不死鳥とは無関係の鳥で、不死鳥を捕らえる前の腹ごしらえ――そういうことだろう。


「いや、ついカッとなって叫んでしまった……ご相伴に預かってよろしいかな」

「おお、いいぜ」

 コシィテェーゼは狩人の向かい側に座った。

 なんとジューシーな肉だろうか、網の下に滴り落ちる肉汁を飲み干したくなるほどだ。


「……良い鳥だ、鳥といえば私もこの山に鳥を探しに来ていてね。不死鳥と言うんだが、知っているかね。その身に薄っすらと炎を纏い、老いることも死ぬこともなく、その生き血を啜るものに永遠の命を与える――そんな伝承があるんだが」

「ああ、こいつ殺す前に炎を纏ってたな」

「やはり不死鳥ではないか!!!!」

「いや、爺さんが言うには不死鳥って死なないんだろ」

「た、たしかに……それもそうか……」

「まぁ、不死鳥って程でもないけどこいつも結構生きてたな……十日間、殺し続けてようやく死んだぐらいだし」

「十日間殺し続けてようやく死ぬ鳥は、それはもうほぼ不死鳥ではないか!!」

「いやいや、不死鳥なんているわけねーだろ。確かにこの鳥の返り血をうっかり飲んじゃったらなんか元気になって十日間戦うことが出来たけどさぁ」

「不死鳥だあああああああ!!!!!!」

 コシィテェーゼから全身の力が抜けた。

 糸の切れた操り人形のように、がくりと項垂れた。

 涙が溢れ、枯れた頬を伝う。


「どうしたんだよ爺さん……」

「わ、私は何のためにこの山に……」

 全ては無意味になってしまった。

 不死鳥が存在しなかったのならば、どれほどの救いになったであろう。

 星に手は決して届かない――ならば、諦めて死ぬことが出来た。

 しかし、不死鳥は実在していたのだ。

 決して手の届かない星などではなかった、この山頂から手を伸ばせばひょいと掴むことが出来た。

 もう少し早ければ、不死鳥が殺される前にその生き血を啜ることが出来ただろう。

 だからこそ、よけいに辛い。


「まぁ、食えよ」

 絶望するコシィテェーゼの前に串が差し出される。

 不死鳥の心臓ハツ――いや、既に死んだ鳥だ。

 タレの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、コシィテェーゼは差し出された串を思わず手にとった。

 齧る。不死鳥の心臓のなんと小気味の良い弾力。押し返そうとする肉の圧力を、なんとか歯で切ってみれば、ぷつんと心地の良い音を口内で奏でる。


「美味い……」

「不死鳥、不死鳥って言うけどさ、俺がこうやって狩ったわけなんだから、死なない生き物なんていねーだろ。

 そういいながら、狩人も歯で不死鳥の心臓を噛みちぎる。


「不老とか、不死とか、そういう手の届かないものよりも、今焼けてる肉を喰えよ」

 柔らかな不死鳥のモモ。噛みしめれば肉汁が口の中に溢れる。

 そして、タレ。濃厚なものが口の中に積み重なっていく。


「…………」

 コシィテェーゼは差し出されるより早く、不死鳥の皮串を取った。

 表面はカリカリに焼かれているが、噛めばぐにぐにと柔らかい。面白い触感だ。

 塩コショウのみのシンプルな味付けは、鶏皮の旨味を存分に生かしている。


「……美味い、美味いな」

 身体が喜んでいる。

「だろう」

「……過ぎ去ったものを追うよりも、確かにあるものに手を伸ばしたほうがいいか」

 二本目の心臓ハツ


 不死鳥の心臓を噛み締めながら、コシィテェーゼは思う。

 若さは失われたが、それでも――この不死鳥の山を登りきることが出来た。

 老いはどうにもならないが、上手く付き合っていければ――それでいいか。


 二人はそれから無言で不死鳥の焼き鳥を食べた。

 結局、不死鳥は死んでしまったのだ。


「ご馳走になったよ、ありがとう」

「いいってことよ、で、爺さん。俺、下山すっけど……」

「いや、いいよ。私は一人で降りる」

「そっか、んじゃ会えたらまた会おうなぁ」

 狩人は軽々とした足取りで山を降りていく。

 今のコシィテェーゼには、あれほどの動きは出来ないだろう。

 コシィテェーゼは山頂にテントを張り、まどろみに落ちる。


(せいぜい、死ぬまで生きてみることにしよう。若さを手に入れることは出来なかったが、心が若返った気分だ。苦しいが苦しいなりに今を楽しむことにしよう)


 そして、目を覚ますと。

 コシィテェーゼは若返っていた。


「あー……不死鳥の焼き鳥食ったからね……生き血じゃなくてもね……う~~~~~~ん、台無し」


 

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