隙間時間
瀬川
隙間時間
「焼き鳥盛り合わせで」
「……おう」
大将に頼むと、目の前で焼き始める。
炭火を使った本格的な焼き鳥が楽しめるこの店を、俺は好きで週に一度ぐらいの頻度で訪れている。
寡黙な大将は愛想がないというか口下手だ。
最初は取っ付きにくいが、付き合ううちに悪い人じゃないと分かる。
炭火で焼ける焼き鳥のいい匂いを楽しみながら、ビールと突き出しを食べる。この時間に幸せを感じる。もちろん焼き鳥も絶品だ。
知る人ぞ知るこの店は、大将一人で切り盛りしていて、カウンター席しかない。
席数は少なく、ピークになるといつも満席になってしまう。
だから俺は、時間をずらしてのんびりと一人で飲むようにしていた。
「今日も色々とあったけど、ここに来ると疲れが一気に吹き飛びます」
「それは……良かった」
今日もまだ客は俺しかいないので、大将も焼きながら話に付き合ってくれる。
焼き鳥をひっくり返し、炭火の熱で汗を拭っている。
いつも作務衣に、首元にタオル。年中変わらないから、たまに柄が変わるとすぐに気がつく。
「はい。焼き鳥盛り合わせ」
「ありがとうございます」
たっぷりのタレが絡んだその中から、一本取る。
熱々のうちに口にすれば、タレの甘さと炭火の香り、そして鶏肉の旨みが口いっぱいに広がった。
それが無くならないうちにビールを飲むと、疲れなんか一気に吹っ飛ぶ。
「美味しい」
「……ありがとうございます」
素直に感想を言うと、大将は小さく頭を下げた。
「この店の焼き鳥を食べたら、もうほかには行けないな」
きっと大将は知らない。
どうして人がいない時間を狙って、わざわざ来るのか。
一人なのに焼き鳥の盛り合わせを頼むのか。
いつも座る席は決まっている。
カウンターの、焼き場の前。
そこに座れば、焼き鳥を焼く時間に大将を見ていても不自然じゃない。盛り合わせを頼めば、時間がその分かかる。
上手く行けば、少し話も出来るのだ。
今日も話が出来た。
俺は内心でガッツポーズしながら、大将との二人の時間を楽しむために、普段よりもゆっくりと焼き鳥を食べた。
隙間時間 瀬川 @segawa08
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