三年ぶりの飲み会

名苗瑞輝

三年ぶりの飲み会

「最近どう?」


 席に着くや問いかけられた。

 この日俺は学生時代の友人たちと飲みに来ていた。店の前で落ち合い、案内されたばかりのところだ。


「どうもこうも、相変わらずだよ」


 ドリンクメニューを眺めつつ俺は答える。顔は見ていないが、質問を投げてきた大原はその答えに不服だとため息で感じた。


「三年ぶりだぞ? 何も無い事は無いだろ」

「逆にお前は何かあんのかよ」

「そうだな……ポケモンやってる」

「最近じゃなくて昔からだろ」

「いやいや、新作買ったって事だよ。空気読め」


 もちろんそんなことは解っていて、要は結局代わり映えしないってことだと俺は言いたい。


「お前ら飲み物決まったか? 注文するぞ」


 俺と大原に向けてそう投げかけてきたのは中田。もう一人のメンバー高杉を見ると、既にメニューを手放していた。


「俺生」


 大原は即答する。となるとあとは俺だけ。

 慌ててメニューに集中し、その中からレモンハイを選択し、決まったことを中田に伝えた。

 程なくして店員を呼び、注文と相成った。


「生二つ」

「レモハイで」

「焼き鳥のモモと皮をタレ、砂肝を――」「おい待て」


 焼き鳥の注文を始めた高杉に対して俺たちは待ったをかけた。


「皮は塩だろ」


 そう言ったのは大原。いや、突っ込むところそこじゃないだろ。マイペースな高杉も大概だが、なんだかんだで大原もどこかズレている。


「て言うか何勝手に料理選んでんだよ」


 これは中田。言いたいことは近かったが、多分これは仕切りたがりな中田の悪い所が出ているに違いない。


「それよりまず飲み物注文したらどうだ? 飲まないのか?」


 俺がそう訊ねると、高杉は「ああ」と思い出したかのように言って、ドリンクメニューを開いた。しかし直ぐには注文しない。どう見ても今選んでいる。


「お前、そういうの先に決めとけよ」


 呆れたように言う中田を無視しながら高杉は悩み、やがてジンバックを注文した。

 これで終わりと思ったが、店員に「それで焼き鳥の皮の方は……?」と訊ねられる。そういえば中途半端だった。


「タレ」「塩」


 二人の声が重なる。それを聞いた店員の頬が引きつったのを俺は見逃さなかった。

 いたたまれなくなった俺は「それぞれ四本ずつお願いします」と付け加えた。


「んじゃ、かんぱーい!」


 ドリンクが届くや、早速中田が音頭をとってグラスをあおった。


「そういやさ」

「どうした高杉」

「雪村の所は子供幼稚園? 保育園?」


 突拍子のない質問に面食らう。


「幼稚園だけど、なんだよいきなり」

「いや、うちどうしようかと思ってさ」

「は? 子供いたっけ?」

「あれ、言わなかったか?」

「いや、聞いてないよな中田」

「ないない。初耳だぞ」


 中田に振ると同意が得られたので一安心した。しかし大原は何も言わないのが気になった。

 そして案の定、高杉は大原に向けて尋ねた。


「大原には話したよな」

「ああ、そうだな」


 大原は一言答えるだけでそれ以上は語らなかった。その様子に中田はため息を漏らす。


「お前らホントそう言うところな」

「いやでも実際、言って何って感じじゃん?」

「出産祝いとかあるだろ」

「あー、つか雪村のとき出産祝い贈ってねえわ」


 そう言う問題では……そういえば貰ってないな。てか、この中の誰からも貰ってない。

 流石に自覚はあるのか、大原の言葉に「俺も」と中田と高杉も乗っかった。

 こうして微妙な空気になりかけたところで焼き鳥がやってきた。当然、高杉がタレを、大原が塩を取った。


「やっぱり鶏皮は塩だな。しっかり焼いた表面に中のジューシーさがよく味わえる」

「いやタレだ。脂とタレ、それぞれの旨みが融合して最強だろ?」


 もはや既定路線だ。二人は塩タレ論争を再開してしまう。そしてもちろん、それはこちらに飛び火する。


「お前らはどっちだよ」

「どっちでも良いだろ。それぞれ良さがあるんだからさ」

「うわ出た。どっち付かずの優柔不断」

「ホントそう。つかえねえ奴」


 別に取り繕うつもりも無く、普通に意見を述べるや二人から責められる。こういうところだけ結託してくる。

 流石に癪なので、どちらか選ぶことにした。


「強いて言えば塩かな。ワサビと食うと旨いと思う」

「お前それはワサビの味だろ」

「何言っても叩くのやめろよ。中田はどうなんだよ」

「俺か? 悪いけど俺もどっち付かずだな。強いて言えばタレだけど、タレはタレでも味噌ダレだな」

「お前もクソか」


 結果として、俺たち四人の好みは一切合わないことが解った。

 もちろん、そんなことはもっと昔から知っていた。だからこの結果をもってして仲違なかたがいするような関係でもなかった。

 ただ、少し変わったこともある。まるで何事も無かったかのように高杉が塩、大原がタレを手にしていたのだ。


「タレも悪くは無いな、塩ほどじゃないけど」

「まあたまには塩でもいいよな、タレの合間になら」


 相手の意見をまったく聞き入れないほど俺たちは子どもではないということだ。もちろん、意地を張るのはこいつららしいけれど。


「あ、そうそう。言い忘れてたけど今度結婚するから」


 中田は言う。

 結婚はおろか、恋人のことすら俺は知らなかった。

 こうして俺たちは変わっていき、互いに知らないことも増えていく。普段連絡を取り合う機会も減った。

 こうして騒げるのはいくつになるまでだろうか。

 時折そんな不安が頭をよぎるけれど、今日も俺はその場の空気に溺れてそれを忘れようとするのだ。

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三年ぶりの飲み会 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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