後期高齢期から始める魔王城攻略〜おばあちゃん聖女トミ子の懐の深さは女神級〜
テケリ・リ
希望の聖女は八十八歳
「聖女殿! 気を付けられよ!!」
「はい〜はいっと〜」
「婆ちゃん! そこ罠があっから!!」
「おやおや、ありがとさんね〜。ゴン太、こっちだよぉ〜」
「ワフッ! ウォンッ!!」
魔王との一大決戦を前にして、その根城でありダンジョンでもある魔王城の攻略に乗り出してから、早三日。
中層を超え、道を阻む敵の魔族はいよいよ手強く、マジピェン王国の最高戦力である【勇者】の一党も、次第に疲弊の色を濃くしていた。
「王子、こっからは四天王の支配領域だぜ。奴らは四属性それぞれを司る最高位の悪魔共だ。油断すんじゃねぇぞ?」
「誰に物を言っている、ジュドー。女神より【勇者】の号を賜った私が、たかだか属性特化の悪魔などに後れを取るはずがないだろう?」
「流石は我らが次期王陛下、ケルヴィン王子殿下ですな!」
「頼もしいですわ!!」
魔王城上層へと至る巨大な階段の前で小休止を取っていた一行は、気勢を吐いて意気込みを語り合っている。
マジピェン王国第一王位継承者、【勇者】ケルヴィン王子。
ハンターギルドから国に抜擢された、Sランクの【
マジピェン王国最強の騎士団長、【重騎士】ガルヴァン。
ケルヴィン王子の婚約者にして王国一の魔法使い、【女賢者】アレキサンドラ。
知名度も実力も錚々たる面々が集まって結成された、魔王討伐部隊である。
魔王城はダンジョンでもあるため、外部からの大武力による破壊は及ばない。必然、内部に侵入して攻略を進める必要があった。
魔王討伐を悲願とするマジピェン王国の上層部は、度重なる多くの撤退と犠牲による人海戦術を繰り返し、内部の大まかな構造を把握。満を持して、最高戦力にして身動きの取りやすい少数精鋭でもある、【勇者】ケルヴィン王子を筆頭とした
「聖女よ、お加減は
そして
それは異世界より招かれし女性にして、主神である女神の代行者。マジピェン王国の守護神たる女神へと祈りを捧げ、五十年に一度のみ召喚することが叶う奇跡の存在。
その名を、
御年八十八歳。長い白髪を一つに束ね、杖を突き腰の曲がった……日本人の老婆であった。そして召喚の際にちょうど散歩中だったという、柴犬のゴン太も一緒である。
召喚された当初、王宮はまさに阿鼻叫喚の大騒ぎであった。
ともすれば召喚された聖女を篭絡し、自国のために利用しようと覚悟を決めていたケルヴィン王子などは、召喚されたトミ子を見た瞬間に固まって、しばらく再起不能に陥ったほどだ。
「王子さまは優しいお人だね〜。あたしゃ大丈夫だよ。伊達に毎日ゴン太の散歩をしてないからね〜」
コロコロと、心配する王子に穏やかに笑みを返すトミ子。リードに繋いだゴン太も、大胆不敵にも魔王城の柱という柱にマーキングするほど元気である。
「だけどねあんた達、もう少し肩の力をお抜きよ。ウチの孫なんか、力を抜きすぎて仕事もしちゃいないニートってやつなんだけど、それでもこんな婆さんに優しくしてくれる良い子でねぇ……。あたしゃそれだけで充分なんだよ」
「ですがトミ子様、現に魔王城は我ら王国の脅威となっておりますわ。民の安寧のためにも、わたくし達が魔王を討ち果たさなければ」
「そうですぞ聖女殿。魔王城在る限り、魔物は延々と産み出され近隣に被害を与えているのです。我らは民達の盾として剣として、必ずこの使命を達成せねばならぬのですぞ」
転移者に与えられる
しかしそんな若者達を心配するトミ子だが、【女賢者】アレキサンドラや【重騎士】ガルヴァンなどはさらに息巻いて、その責務を背負い込もうと反論する。
「異世界の聖女よ。この戦いは我ら王国の者にとって、決して負けは許されないものなのだ。そろそろ進もう。皆、負傷が有れば隠さず申し出て、必ず聖女の治癒を受けるのだぞ」
「若さだわね〜。あたしにゃあ眩しいくらいだよ」
やれやれと全員のカップを回収し、【アイテムボックス】に収納するトミ子。回収するついでに聖女に与えられたスキルで、全員に防護膜と自動回復を付与しながら、よっこらせとゴン太のリードを引く。
一行は魔王配下の四天王が待ち受ける、魔王城の中層へと足を踏み入れて行く――――
◇
「……遂に、魔王の元へと辿り着いたな」
「ええ、殿下。我らマジピェン王国の悲願は、もう目前ですわ……!」
「殿下と共に剣を振るえたこと、この上無き誇りですぞ!」
「気が早いぞガルヴァン。本命はこれからなのだからな」
四天王達を辛くも退け、一行は魔王が座する玉座の間の扉の前に到達した。
【地帝】ザナトス、【風帝】マジェラン、【水帝】ローリエ、【炎帝】グニート。
魔王の配下筆頭である大悪魔達は己が名に冠する属性の魔法を駆使し、【勇者】ケルヴィン王子達の行く手をことごとく阻んできた。
そのいずれをも、あるいはベテランハンターのジュドーが撹乱し、あるいはガルヴァンが大盾で防ぎ、あるいはアレキサンドラが大魔法で撃ち砕き、あるいはケルヴィン王子が手に持つ聖剣で斬り払い押し通ってきた。
そんな中トミ子は。
「なあ婆ちゃん、アンタの魔法すげぇな。自分の身体なのに噓みてぇに軽いし、ちっとやそっとのダメージは全部防いじまうしよ」
「おやまあジュドーちゃん。そんなに褒めても飴玉くらいしか出ないよ? それにあたしのは魔法じゃなくて【神術】って言うらしいよ?」
「いやマジですげぇって。婆ちゃんの【神術?】がありゃあよ、俺ら全員生きて帰れるかもなっ」
一行でトミ子と同じく、国に所属していないハンターのジュドーから、その戦闘支援の手腕を絶賛されていた。トミ子はそんな人懐っこいジュドーに、日本に残してきた孫の姿を重ねては、眩しそうに目を細めて笑っている。
「でもよぅ婆ちゃん。アンタさっきから、四天王の死骸なんか集めて何してんだ? 魔石や素材は剝ぎ取っちまったから、そんなもん単なる荷物だぜ?」
「いやねぇ、ちょっとやってみたいことがあるのさ。気にしなくていいからね〜」
笑顔は絶やさずに、しかし手も止めず。トミ子は討ち倒した四天王達の
「(生きて帰れるかもなんて、こんな若い子達には言ってほしくないもんだねぇ。
「ん? 婆ちゃん何か言ったか?」
「いいや、なんでもないよ。ほら、王子さまがお待ちだから行こうかね」
長い人生経験によるものか、内面を悟らせない笑顔を浮かべたまま、トミ子は一行に合流する。いよいよ、魔王城の主にしてマジピェン王国の仇敵――魔王と対峙する時がやってきたのだ。
ゆっくりと、重々しく。
玉座の間の扉が、開け放たれていく。
――――結論から言えば、魔王は圧倒的であった。
その拳はガルヴァンの大盾を砕き、その足はジュドーの速度を凌駕し、魔法はアレキサンドラの大魔法をすら飲み込み、振るう魔剣はケルヴィン王子の聖剣をすら断ち割った。
「残るは枯れた老婆一人と犬が一匹。【神術】を操る聖女も居らぬというのに、今代の王族は余程の無能揃いと見える」
辛うじて息は繋いでいるものの、トミ子とゴン太以外の四人は地に這い、重傷を負って気を失っている。
そんな一行を玉座の高みから見下ろして、魔王アルカディオはつまらなそうに溜息を吐く。
「一応、あたしがその聖女なんだけどね〜」
倒れ伏す仲間達を痛ましく眺めながら、トミ子は口を開く。魔王はそんなトミ子の言葉を鼻で嗤うばかりだ。明らかに真に受けていない様子である。
「あたしにとっちゃあ、孫と変わらない良い子達なんだよ。みんな若々しくて、輝いていて、一所懸命に生きてるんだよ。だからさ、あたしの目の黒い内は死なせやしないよ」
「なに……っ!?」
トミ子の身体が金色に輝き、光が溢れ、まるで雪のように仲間達に降り注ぐ。その光は彼らの傷を癒し、呼吸を整え、瀕死の状態から持ち直させる。
「魔王さん。
「
「仕方がないね〜。それじゃ可哀想だけども、
――――トミ子の姿が消える。彼女の立っていたその場には、地面に突き立てられた
「ば……か、な……」
「お前さんが死ねばこのお城は消えるんだろう? 安心おしよ。人間達の迷惑にならない所で、
魔王はトミ子の声を、背後に聴いた。
「痛くなかっただろう? これでも武家の末裔だからね。さて、あとはみんなを起こしてあげなきゃね〜」
◇
ケルヴィン王子達一行の功績は、持ち帰られた四天王や魔王の魔石、そして魔王城の核という動かぬ証拠により、直ちに王国中へと周知され、称賛された。
王子は晴れて王太子となり、アレキサンドラとの婚姻も滞りなく進められ、仲間であるガルヴァンやジュドーは侯爵へと取り立てられた。
そしてトミ子は――――
「ほら、頑張って耕して。せっかく王様に統治権を与えられたんだから、ちゃんと良い国にしなきゃね〜」
褒賞として王国の管理外の土地に立国を認めさせ、倒した魔王達をそこで【神術】により蘇らせ、国を興していた。
「あんた達もこの世界に生きてるんだから、これからはちゃんと仲良く暮らすんだよ〜」
柴犬を連れた老婆の彫像がシンボルとして建つ、魔族の国で。
遠い故郷の家のニートの孫を思いながら、晩年を過ごしたのであった。
後期高齢期から始める魔王城攻略〜おばあちゃん聖女トミ子の懐の深さは女神級〜 テケリ・リ @teke-ri-ri
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