ヒゲとボインと酒樽

玄武堂 孝

【KAC20225】ヒゲとボインと酒樽

 僕こと加原かばら 一はクラス単位で異世界召喚され淫魔王と呼ばれる存在となった。

 チートで無双し、そのたびに嫁が増えていった。

 チーレム大勝利のはずなのだがちっともそんな感じではない。

 僕の異世界チーレム生活はどこかおかしい。



 タシターンからやって来た4人のドワーフ鍛冶師は領地発展のために頑張ってくれた。

 厳しい指導ながらも未経験の人間に鍛冶技能を伝授している。

 弟子の独立は当分先になるだろうが手に職をつけさせるという雇用の創出には大活躍してくれていた。

 趣味の酒造りも順調で、僕のチートで何種類かの酒を完成させている。

 ダンジョン開放と同時に武器・防具の修理依頼も大量に持ち込まれるようになった。

 目が回るような大忙しの日々を過ごしている。

 そんな彼らを労う飲み会を実施する事となった。

 最近では彼らを頼って新たなドワーフが移住してきていた。


 歓楽街の共同食堂を使っての飲み会。

 ドワーフが飲兵衛なのはこの世界でも一緒だ。

 十分な量を用意したつもりだがそれでも足りないと酒を補充に走らされた。

 領主なのにパシリに使われる僕。

 帝都や王都で大量に酒を買い込んできた。

 【転移】なんてチート魔法持ちは飲み会ではパシリ確定なのだ。


「ほらほら!飲み物配って!」


 最初に移住したドワーフ4人の紅一点アグネータさんがヨナタンさんに指示を出す。

 尻に敷かれているなぁ。

 2人は幼なじみだ。

 アグネータさんの兄バートさんとヨナタンさんの兄フランさんはいずれ2人に結婚して欲しいと話していた。

 2人から相談があれば協力して欲しいと言われている。

 具体的にはヨナタンさんが独立を決めた場合の融資だ。

 領地として鍛冶師マイスターは1人でも多いほうがいいので喜んで協力するつもり。


「お疲れー!」


 調理にヘルプで入っていた愛華がさも当然と言った感じで僕の隣に椅子を持ってくる。

 愛華は一緒に異世界召喚されたクラスメイトだ。

 高校時代は互いに嫌っていたがそれが自称領主の愛人になり、本当に愛人におさまった

 高校時代は金髪ハイツインというヲタクと相性最悪な印象だったが、付き合ってみるとサバサバした性格で男友達のような関係だったと思う。

 愛華側からの積極的なアプローチで僕が折れたといった感じだ。


「私も88歳だからねー。

 そろそろ結婚したいのよ」


 アグネータさんが愛華と女子トークを始める。

 その小学生のような見た目に反した年齢は長寿ドワーフ特有のものだ。

 この世界のドワーフ女子は『どわ子』だ。

 どわ子とはゲームに登場するドワーフ女子の愛称で『どわ娘』などという場合もある。

 もともとファンタジー世界のドワーフ女子は髭を生やしていると考えられていた。

 それが2000年代に入り日本のヲタクに魔改造され合法ロリ、もとい萌えキャラへと進化した。

 最近では某国民的RPGに採用され、一気にどわ子の存在が認知されたように思う。

 最初のどわ子はそれが誰だったのかは定かではない。

 父さんの話だと1998年発売のエロゲ『めい・KING』に登場するキャラが初遭遇だったらしい。

 攻略対象だったが既存のドワーフ感を持っていたので違和感バリバリだったという。


「あー、熱い!

 髭とるわー」


 アグネータさんはつけ髭を外す。

 ハイジのおんじのような立派な髭はつけ髭だ。

 それを外すと小学生低学年のような愛くるしい顔が現れる。

 とても88歳には見えない。


 当初この世界のドワーフ女子はリアル髭が生えていた。

 だが神アヌンナキがその力を僕に示すために現在のようなどわ子に変えてしまった。

 アヌンンナキはこの箱庭惑星や箱庭地球の管理者を自称する宇宙人だ。

 …ファンタジー世界に宇宙人という違和感にももう慣れた。

 惑星単位でドワーフを人体改造、記憶までも書き換えたアヌンナキは神に等しい力を有している。

 なぜそんなとんでもない事をしたのかよくわからないが忖度したのではないかと考えている。

 僕がこの世界のドワーフ女子に不満を持っていた事への忖度。

 この世界には国会も野党もいないので忖度を糾弾される事はない。

 つまりドワーフ女子のどわ子化は僕の意向なのだ。

 ただし言っておくが合法ロリに興味はない。

 正妻のヘラが幼い容姿なので誤解されるがそんな趣味はない。

 幼女見守り隊などという秘密結社に所属させられているが本当に興味はありません。

 少なくとも88歳のアグネータさんは恋愛対象じゃない。

 人を好きになるのは容姿だけではないと僕は思っている。

 少なくとも話があうかっていうのは重要だ。

 アニメの話をしてもオリジナル放送世代とリメイク世代とじゃ話はかみ合わない。

 ヲタク的謎思考でアグネータさんとはそういった関係になるとは考えていない。

 純粋に仕事仲間として付き合っていきたい。


「88歳ってドワーフの婚期的にはどうなの?」


 愛華がずばっと切り込む。

 こういう質問を嫌味なく出来る愛華ってすげえ。


「適齢期は100歳前後かしら。

 まあ、ドワーフって少ないからもっと遅くに子供を産んだ人も多いけどね」


 人間の3倍の寿命を持つと言われるドワーフだから100歳で結婚も当たり前か。

 だが見た目小学生で結婚とか違和感。

 成人が30歳前後だったはずだ。

 ドワーフ男子は髭が生えそろえば一人前とか言っていたと思う。


「アグネータとヨナタンってもうしちゃった?」


 愛華の直球ど真ん中の質問にビールを吹き出す。

 本当にいい性格している。

 というか中身は近所のおばちゃんだ。


「そ…それはまだだけど」


 アグネータさんが少女のように頬を染める。

 88歳でこの乙女顔。

 日本だと88歳は米寿だ。

 だが88歳でも笑顔が魅力的な老人はいる。

 いくつになっても恋が乙女のパワーの源なのかもね。


「領主様、相談したい事があるのですが…」


 盛り上がっているテーブルに話題のヨナタンさんが現れる。

 注目が集まり、周囲で聞き耳を立てているのがわかる。


「実は領主様に結婚を許していただきたい女性がおりまして…」


 周囲がどっと沸く。

 アグネータさんは頬を染め下を向く。

 ヨナタンさんが真剣な目を僕に向けている。


「当領地は自由恋愛推奨だから僕の許可なんていらないよ」


 結婚式のスピーチでも頼みたいのだろうか?

 だったら魔王定番の結婚式スピーチ3つの袋『堪忍袋』『給料袋』『玉袋』の出番だ!

 お嫁さんに殴られるまでが鉄板芸を披露するのもやぶさかではない。


「いえ、彼女を…マツコさんを身請けするには『SQB49』のオーナーである領主様の許可が必要なのです!!」


 …は?

 空気が凍った。

 女性陣の表情が固まっている。

 ちなみにSQB49はダンジョン産のサキュバスとガチンコバトル出来る大人の店だ。

 実際の運営は同級生のジャージマンが行っているが僕は資金提供したいわばオーナーだ。


「おい、ヨナタン…そいつは妹のアグネータより魅力的だってのか?」


 兄であるバートさんやフランさん、そのほかのドワーフ男子がヨナタンさんに怒気を含んだ表情で詰め寄る。

 このサザンクロスではドワーフの男性率が高い。

 アグネータさんは唯一の未婚女性でいわばドワーフ男子のアイドルだった。

 それでもアグネータさんにちょっかいを出さなかったのは彼女がヨナタンさんを好きだとわかっていたからだ。

 これは流血沙汰が回避不能だと僕は即座に理解した。


「マツコさんはヒゲでボインなうえに酒樽体型なんだ!!」


 ヨナタンさんが叫ぶ。

 ナイワー。

 僕的には女性のくびれにエロスを感じる性癖だ。

 しかも髭なんて絶対に必要ない。


「なん…だと?」


 その言葉にドワーフ男子が頬を染め、モジモジし始める。

 DTかっ!?

 そのわかりやすい態度に心の中でツッコミを入れる。

 サキュバスは男性の精液を取り込み生きる魔物だ。

 効率よく精液を摂取するために街中で人気のある女性に擬態する。

 肖像権なんてないこの世界だから許される。

 僕の嫁である巨乳美少女『大聖母』リゼの擬態が人気だと聞いている。

 だがそんなキャラ被りを嫌ったサキュバスが超一点突破でドワーフ好みに擬態したのだろう。

 源氏名がマツコというだけでなんとなく姿が想像出来た。


「…それで身請けの件ですが?」


 ヨナタンさんは最後まで言わせてもらえなかった。

 両手をがっしりと拘束されほかのドワーフ男子に連行される。

 行き先はSQB49だろう。

 新たなドワーフのアイドルの誕生だ。

 まあ、オーナーとしては店に金を落としてくれるから万々歳だけどさ。

 確かヨナタンさんもアグネータさんと同い年の88歳だったはず。

 年をとって覚えた女遊びってのめり込むって言うけど大丈夫なのかな?

 ドワーフ的には88歳ってまだまだ遊びたい盛りなのかも。


 …さて、儲かるのはありがたいが残されたアグネータさんのフォローは僕がするの??

 勘弁して。

 アヌンナキも改造するならDNAに刻まれた女性の好みもしっかり変更して欲しかった。


「アグネータ、ウチがハジメを落とした必勝の作戦を伝授するよ!」


 愛華の言葉にアグネータさんが泣きそうな顔を上げる。

 でもさ、愛華が僕を落とした作戦ってあれでしょ?

 倫理的にいいの??


「酒に超強力な媚薬を混ぜて飲ますの。

 この作戦ならどんな男でもイチコロよ!」


 実際に一服盛られた僕は愛華と叡智な行為をしてしまった。

 しかもその超媚薬『ネクタル(最上級:淫)』を愛華は簡単に手に入れられる立場だ。

 アグネータさんの表情はさきほど見せた純真な少女のそれではない。

 獲物を狩る野獣の顔だ。

 怖い…どわ子の本気、いや狂気が本当に怖いです。

 どわ子に手は絶対に出さないと心に誓った僕だった。


----------------------------------------------------------------


【 閲覧ありがとうございました 】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒゲとボインと酒樽 玄武堂 孝 @genbudoh500

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ