ほしのうた シアとレン 5
楸 茉夕
ほしのうた
「うう……レンおばあちゃん……」
「なんてことだ……八十八歳の誕生日だったのに」
「ぐす……しっかりして、おばあちゃん……ひっく」
「おばあちゃん……」
五人の子どもとその配偶者、十五人の孫、三人のひ孫に囲まれ、レンは布団に横たわり、目を閉じていた。
今日はレンの米寿の誕生日だ。折しも土曜日だったこともあって、都合の付く親族が集合し、お祝いのパーティーを開いてくれることになった。
親族は前日の夜から集まり始め、今日は珍しく朝から賑やかだ。普段、この家には高校生以上の大人しかいないので、小学生や幼児が大騒ぎしているのは新鮮だった。
慌ただしく朝食を済ませ、みんなで誕生パーティーの準備をし―――レンは、おばあちゃんは主役なのだから座っていろと、子どもたちと共に座敷に追いやられたが―――誕生パーティーの途中で、レンは倒れた。
(聴覚が最後まで残るというのは、本当なのね……)
誰かが救急車を呼んでくれたらしい。しかしレンは、自分はこのまま死ぬであろうことを、殆ど確信していた。
心残りはない。夫は十年前に他界し、子どもたちは立派に育って巣立った。孫たちは可愛く、ひ孫の顔まで見られるとは思わなかった。十分すぎるくらいだ。
いろいろなことがあったが、幸せな人生だったと思う。自分には勿体ないほどに。
(そう……だから、気持ちがよくわかる……)
手足は既に動かすことは出来ない。
* * *
そして、レンは目を開けた。
「おや。お帰り」
白衣を着た眼鏡の男が
「シア……?」
「なんだ。寝ている間に同僚の顔を忘れたか」
微かに笑んで言うシアの顔をまじまじと見て、レンは小さくかぶりを振る。さきほどまで生きていた星の、レンの配偶者がシアそっくりで、一瞬混乱してしまった。
「シアだけ? 他の人は?」
「深夜だからな、今日は俺の当番だ。―――脳波が『居残り組』と似てたから、戻ってこないかと思ったけど」
「最初の星だもの、一回は戻ってくるわ」
「最初の星だから、だ。戻ってこない連中の七割は最初の星に留まることを選んだんだ」
シアの言葉を聞きながら、レンは頭上を見た。人が一人収まるサイズの長方形の箱が、無数に連なっている。これらにはすべて人が入っており、シアの言う「戻ってこない連中」だ。彼らは命が尽きるまで眠り続けて、別の星で生きることを選んだ。
(そうよね……わたしも迷ったもの)
残った人々の気持ちがわかってしまう。けれど、レンは戻ってきた。
「だいたい、条約かなんだか知らないけど、欠陥法なのよ。担当の星が未開惑星だった場合、その星の人類に相当する種族の一生を体験せねばならないなんて」
正式名称は「閉鎖惑星における文化・文明の保全に関するする条約」だったとレンは記憶している。ざっくり言うと、自力で自分たちの星から出られない、自分たち他に文明星を知らない惑星に、その惑星の文明度を超える技術を持ち込んではいけないという条約だ。
これが制定される前は、未開惑星の「人類」が他の文明星を知らないのをいいことに、先進惑星の住人がやりたい放題やっていた。中には遠慮なく先進技術をばらまいた結果、神とまで崇められた事例もあったという。
それらが問題となり条約が制定されて、今では未開惑星の文明を故意に進めたり、物質を採取したりすると、厳罰に処される。
「文化と文明レベルを理解するためだ。仕方ないだろ」
「そんなの、資料のラーニングで十分よ」
「資料だけじゃわからないこともある。レンだって、体験してきただろう」
「それは……そうだけど」
否定できないくらいには、実感として理解できてしまった。あの星の住人として一生を過ごして、あの文化と文明をぶち壊してやろうとは思えない。それが狙いではないかとすら思う。
「どれくらいかかった?」
「シアは地球だっけ? あの星の一年は……こっちの時間の約五日だな。過ごした年数をかけてくれ」
「雑」
溜息をつき、立ち上がる。
「わたし、今日と明日は休暇でいいんでしょう?」
「ああ。体調を整えて、明後日から勤務してくれ」
「了解」
悔しいので口には出さないが、シアの懸念は当たっていた―――レンはあの星を気に入ってしまった。こちらでの命が尽きる前に眠らせて貰って、向こうで過ごしたいと思うくらいには。
実際、今眠っている二割くらいは、寿命が尽きる前に申し出て、希望の星に下ろして貰った人々だ。それをするには、研究所で十年務めなければならない。
(仕方ない、頑張ろう)
レンは伸びをして、自室へ足を向けた。
了
ほしのうた シアとレン 5 楸 茉夕 @nell_nell
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