第2話 クマのぬいぐるみ

 暖かい空気。風。日差し。心地よい。大きな窓が全開で、澄んだ空気が入ってきている。

 さっきまでの部屋からは想像もつかなかったが、相当大きな建物みたいだ。赤いカーペットの上を彼女はずんずん進んでいく。周りには高価そうな壺やら絵画やらが並んでいる。

 一室の前で立ち止まり、扉をバーンと音を立てて開けて部屋に入った。


 中には大きな天蓋付きのベットが一つ。装飾きらめく大きな鏡の付いた化粧台や、質のいい素材で作られただろうソファなど、豪奢な調度品がそろっている。まるでお姫様用の部屋みたいな。


 「はい、到着ー」


 ベッドの上におろされた。柔らかいベッド。暖かい毛布。ああ、これはいつでも寝れるな。でもその前に。


 「あの……ありがとうございます……。助けていただいて……」

 

 「うん?あー、お気になさらずー。お腹とかすいてないですかー?ちょっと待っててくださいねー」


 そう言って彼女は足早に出て行ってしまった。

 後に残されたのは僕一人。

 未だ状況を掴みきれていない。

 

 ……ご飯持ってきてくれるみたいだし、寝るのはまずいな。この状況について話も聞きたい。このままベッドにいたら寝てしまいそうだ。

 さっきよりは体が軽い。うん、動けそう。 

 

 なけなしの気力を振り絞り、ベッドの端に腰を掛けて改めて室内を見回す。

 化粧台の大きな鏡が目に入った。今自分って、他の人から見てどんな風に見えているんだろうか。


 よろよろとだが化粧台に向かい、椅子に座った。自分の顔を見る。


 髪はぼさぼさで汚れている。目は半目で生気がない。先ほどまで石畳に寝ていたせいか、左側のほほと髪が土と埃で汚れている。いかにも浮浪者って感じだ。


 カッコワルイ。


 すこしでいいから整えたい。女の子の前でかっこつけたい男の子心が沸いてしまった。


 化粧台にある上等そうな櫛が目に入る。これ、使っていいだろうか。勝手に使ったら怒られるかな。


 そう思いながらも手を伸ばす。櫛をつかんで髪型を整えようとした。櫛を髪にあてようとする前に、ズキリとした痛みで思わず櫛を落としてしまった。

 

 肩が痛む。肩より上に腕を上げようとするとズキズキとする。あれ、櫛はどこいった?


 探してみるが見当たらない。どこか調度品の下にでも潜り込んでしまったか?


 ベッドの下を覗いてみる。暗い。まだ痛みの少ない右腕でベッドの下をまさぐってみた。何も触れるものがない。限界ギリギリまで腕を伸ばし、奥の奥まで探してみると


 ふわっ。


 何かが手に当たった。ふわふわとした感触。引っ張り出してみると、ぬいぐるみのようだ。なんともファンシーなクマのぬいぐるみ。このお姫様専用みたいな部屋とはとてもマッチする。だが何故ベッドの下なんかに?うっかり落としてしまって入り込むような場所ではない。まるで隠されていたかのような。


 部屋を改めて見回してみる。これの他にぬいぐるみは見当たらない。まぁなくても変ではないのだけれど。


 手元のぬいぐるみを観察してみる。変なところはない。かわいらしいクマのぬいぐるみ。裏側にファスナーがあった。何の気なしに開けてみようと手をかけたところで。


 「お待たせですー!」


 扉がバーンと開いて彼女が入ってきた。お盆に粥のような料理を乗せている。

 さっきから扉は勢いよく開けなきゃ気が済まない子なのか?


 「あっ!!」


 彼女がこちらを凝視している。さっきの満面の笑顔はどこへやら。もろに不審そうな顔が隠せていない。見ているのは、僕ではなく、手元の人形?


 ずかずかずかとこちらに歩いてきて、


 「それ、貸してください!」


 有無を言わせない眼光。強い意志を感じる。この場合、貸してくださいって言葉あってるのか?渡したらもう戻ってこないんじゃないか?そんなことを思っていると、ふんだくられた。これが判断が遅いってやつか。


 彼女は、しばらく難しい顔でそのぬいぐるみを見つめた後、改めてこちらに向き直る。この時にはもう笑顔に戻っていた。


 「これ、食べてくださいねー。食べたら寝てていいですからー」


 持ってきてくれた粥のようなものを差し出された。

 僕は黙ってそれを受け取り、椅子に座りなおす。そして尋ねてみた。

 

 「あの……ここってどこなんですか?状況がつかめてなくて。なんで僕はここにいるんでしょう。記憶もあいまいで」


 「その話はあとにしましょうー。今はゆっくり休んで体力を回復させてくださいー。お話はあとでもゆっくりできますからー」


 「そうですか……。それでは名前だけでも教えてくれませんか?僕の名前は……あれ?」


 「私の名前はセシリアですー。それではまたー」


 そういって彼女はさっさと出て行ってしまった。扉を閉める音もバタンとうるさかった。

 彼女は僕にたいして興味がないのだろうな、と思ってしまった。自分の名前だけ言って、はいサヨナラなんて。


 まぁこんなこと考えててもしょうがない。言われた通りご飯食べて休もう。

 

 粥を口に運ぶ。


 味はとても薄かった。味付けという文化がないのかと思うほど。正直まったく美味しくない。


 



 

 






 











 








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異世界モルモットはカラカラ音を立てる @ri_na09

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