いかせない。絶対に 俺のばあちゃんは。

土蛇 尚

誕生日おめでとう

「ばあちゃん、ただいま〜ご飯買ってきたよ」


 見られていたら困る。俺はドアを閉める前に近くに誰かいないか入念に見てからそう言った。


 古い家の廊下に後付けした取手が浮いている。老人の歩行を支えるための設備。もうばあちゃんは自分で歩けないから役に立たない。


 そして、ばあちゃんが寝ているベットに向かう。元は電動で動く機能があるけど、メーカー保証が切れてしまって修理できない。

 だから手動でペダルを回してばあちゃんを起こす。バイトで疲れた腕に結構きつい動作だ。でもそんな疲労、絶対ばあちゃんには見せない。


「ばあちゃん、ただいま。遅くなってごめんね」


「おかえり、お疲れ様。ちょっといいかい?」


「え?何、ばあちゃん?」


 ばあちゃんは首を少し傾けて俺を見ると手をすっと握ってきた。皺くちゃの、ほとんど握力なんてない手。

 子どもの頃、頭を撫でてくれた手だ。一緒に公園から帰る時に繋いでくれた手だ。運動会で俺に向かってシャッターを切ってくれた手だ。


「もういいから」


「え?何が?何がもういいの?」


「ばあちゃんだよ。ばあちゃんはもういい。今日で88だしもういいの」


 俺はスーパーで買った三割引きのケーキを自分の背中に隠す。太陽みたいなマークのシールが貼られたパサパサのショートケーキ。


「明日お役所に電話しましょう。ケーキはあんたが食べなさい」


 85歳法、満85歳になった人を安楽死させる法律だ。増大する医療費と現役世代からの不満の解決の為に出来た世紀の悪法。くそみたいな法律だ。

 もう三年、俺はばあちゃんをこの小さな家に隠してる。今日はそのばあちゃんの88歳の誕生日。


「何言ってるのばあちゃん?まだ元気じゃん」


「いつまでもこんな事続けれないでしょ。保険も切れてベットは修理できないし、ご近所さんの通報も気にしないといけない。隣のお家の人は85歳でちゃんと行かせたのよ」


 そうだ、医療保険で用意した介護用具は修理も補償サービスも受けれない。ばあちゃんは、既にこの世にいないはずの人だから。

 生きてる人を、そんな風に扱っていい理由なんかあっていいはずがないのに。


 姉貴の言葉を思い出す。

 バイトが終わって、ばあちゃんの世話も終わってフラフラしてると電話がかかってきた。ちゃんと飯を食ってるのか云々聞かれた後に切り出してきた。


「あんた、いつまで続ける気なの?」


「いつまでもだよ。だってばあちゃんは生きてるんだよ」


「でもあんた、ばあちゃんの世話見るために、その歳でバイトじゃん。それでこの先大丈夫なの?私だってあの法律のことは嫌いだけど、世の中には仕方ないことってあるでしょ」


「仕方ないって、そんな風に世の中の人が仕方ない、仕方ないってちゃんと考えなかったから85歳法なんて、ふざけた法律ができたんだじゃないか」


「今はそんな話してんじゃないのよ。ちゃんとこれからの事考えなさい。いつまでもそんな生活続けれないでしょ」


 いつまで続けれるのか。そんな事わからない。もしかしたら次の選挙で85歳法がなくなるかもしれない。法律なんて人が作ったり、壊したりするんだ。でも命は違う!だったら俺は……



 その2、85歳法を作った「未来の党」が選挙で負けた。そして「より良い未来の党」が選ばれた。


 新政権によって85歳法は廃止され、新たに90が作られた。


終わり

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いかせない。絶対に 俺のばあちゃんは。 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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