ビバ・エイティエイト

影津

第1話 

「この裸ジジイやべぇよおおお」と、隆。


「いいねだけで28万だろ? 再生回数は……嘘だろ。裸踊りだけで300万回再生なんだろ!?」と、智。


 休み時間に教室で見せられたスマホ画面。ユーチューバー【ハリケーン多田】の【見ただけで痩せたくなる裸ダンス『ビバ・88バージョン3』】だ。


 隆は、そのハリケーン多田という88歳のじじいのダンスに見惚れている。上腕二頭筋が座敷の蛍光灯に照らされててかっている。腹筋はシックスパックに割れ、ときどき反復横跳びをする変な踊り。


 ああ、あそこの座敷でそんなに飛び跳ねると二階の俺の部屋がぎしぎし軋むんだよなぁ。


 あんまり、家の中を映すなってあれほど言ってるのに。じいちゃんのは「お前の家だとバレなければ何をしても問題ない! これは、わしのユーチューブ生配信だ!」と罵られるから、もう放って置くしかない。


「なぁ、アキト。お前もこれ見せてやれよ母ちゃんにさ。俺の母ちゃん、これにハマってさ。3キロも痩せたんだぜ」


 智は、俺の母ちゃんを馬鹿にする。いや、母ちゃん別にデブじゃねぇから。母ちゃんは、おやつを食べた分だけ痩せたい人なだけだ。ビリーズ・ブートキャンプもハマったし、一時期流行ったバナナダイエットにもハマった。


 だから、ハマるだろうと思ってんだろ? ああ、そうだよ。じいちゃんのダンスにハマった母ちゃんは毎日スマートテレビで配信を見ながら一階で踊ってるよ! 俺は三階建の二階に住んでる。三階ではじいちゃんが裸踊りし、生配信を見た母ちゃんは一階で踊り出す。二階に挟まれた俺は受験生だぞ!? はっきり言って静かにしてほしい。


「そういや、俺の親父もこれ見て筋トレやりだしてさ」と、隆。


「え? なんでだよ」と、そっけなく聞いてみる。あれは、痩せるダンスであってムキムキになるためのものじゃないはずだ。見てないから知らんけど。


「何歳から始めても、遅いことはないっ! ビバ・88! って言ってたな」


「ははっ……そうか」


 そりゃそうだよなあ。動画配信の最後にこうある。ちょうど、じじいのキレキレダンスが終盤を迎えた。謎の喝とともに、ポップミュージックがピタリと終了する。作曲は、従兄弟の音楽家志望の歌い手のマサ君だ。


 『それではまた次回! 何歳から始めても、遅いことはないっ! ビバ・88!』


 おじいちゃんが、しわしわの茶色のシャツを羽織る。うん、普通のお年寄りに戻った。シャツのボタンをしめながら、


『少しでも気になっていただけたなら、チャンネル登録宜しくお願いしまーすっ!』


 相変わらず……若いな。


「アキト、そんでさ。お前んち広いんだろ?」と、智。


「広くないよ」


「三階建てなんだろ?」


「狭いから上に伸びてんだよ」


「踊ろうぜー」


「意味わからん」


 智はダンス部で休み時間もたいてい意味のわからんダンスを踊っている。本人曰く、コンテンポラリーダンスらしい。せめて、ヒップホップぐらい分かりやすく踊ってもらいたい。


「てか、明日期末試験だろ。俺は帰って勉強すっから」


「まあ、アキトちゃんは勉強熱心ですこと!」と、智。気持ち悪いって! といっても、智は文武両道で踊れて勉強もできる。羨ましい限りだ。


「じゃ、俺も勉強に一票入れてやるよ。でも、俺んちオカンがうるさいから、タカシんち行くわ」と隆まで意味の分からんことを言い出した。


「一緒に勉強して、満点取れるのかよ?」


「一人で勉強して集中できるわけないじゃん!」と、智。そりゃそうだ。ユーチューブ見ながら勉強すんだろ? 俺のじいちゃんの動画を見ながら……。


「最近、お前んちあげてくれないよなあ。さては、彼女でもできたか?」


「ざけんな」


「妙に殺気立ってるよなアキト。お前もそう思うよな隆」


「俺もそう思う。アキトは何かを隠している。というわけで、それを調べるためにもお前んちで勉強会な」


隆と智に押されて断れなかった。家には母ちゃんしかいなかった。じいちゃんの生配信は今日は終わったから、どこかでかけているのだろうか? 念の為、じいちゃんのツイッターも確認してみる。


『ビバ! バナナ買いに行く』

 

 そんなしょーもないことツイートしてるのかよ。まあいいや。バナナなら、スーパーだな。しばらく帰って来ないはず。それに、帰ってきてもじいちゃんの顔なんて見ても分からないはずだ。なんてったってじいちゃんの顔より筋肉の方が人目を引くからな。普段は、とても地味な格好をしているんだ。誰もユーチューバーだなんて気づきっこない。


「うわあ、英語ってなんでこんなに難しいんだよおお」


 開始、5分で音を上げる智。ユーチューブを見始めた。


 二階で勉強する俺らの横にある階段を母ちゃんが上がってきた。


「はい、ジュースよ」


「うわ、ママさんありがとうございます!」と、隆。


「スナックのママみたいに言うなよ!」


「やだわ。せめて、喫茶店のママさんにしてね」と、母ちゃんはホホホと笑って去っていく。その瞬間、軽快なポップミュージックが流れた。


 あぶねー。じいちゃんの動画を今流すとか、智もしかして俺のじいちゃんの正体知っててここに来たのか?


 いや、待てよ。音楽は一階から聞こえる。母ちゃんも動画を見ていたようだ。智のスマホとちょっとずつズレているが、母ちゃんがハリケーン多田のファンであると気づかれたところで問題はないだろう。そう思いたい。


 勉強は順調に進んだ。智は一時間を過ぎた頃、踊りだした。別に意味もなく踊ってくれる分にはかまわない。


 だけど、恐れていた時が来てしまった。


 ずんずんずんずん!


 そのリズムはガレージからだ。じいちゃんの車の爆音だ。


 玄関の引き戸はなぜか控えめに開かれる。ガラガラと。


 じいちゃんの第一声、「アキトや。今夜はバナナを買ってきてやったぞ。バナナはダイエットにも効果がある。そして……新曲はバナナダンスだ」


 一階から迫るスマートフォンから流れ出す新曲。じいちゃんが三階へ上がっていく。二階から俺たちは首を出して固唾をのんで見守る。いつの間にかダサい茶色のシャツは脱ぎ捨てられ(二階の俺の部屋に!)、真っ赤な勝負服に代わっていた。あれも踊る途中で脱ぐんだろうけど。


「アキト、あれって。間違いねえ。なんで、お前今まで黙ってた?」


「どうしてバズってること言わねえんだよ! 普通、身内のユーチューブがバズってたら言うだろ!?」と、俺を揺さぶる智。


「言わねえよ!」


「じゃあ、ほんとなんだな。俺は夢見てるのかと思ったぜ。アキト、お前のじいさんは……ハリケーン多田なんだな!?」


「レディースエンドジェントルメーン。生配信の時間だー!」


 上階から聞こえるクールな叫び声。うん、若い。


「さぁ、始めようぜ。ダイエットダンス。ヴィズ、バナナ!」


 ズンズンズン! 二階が軋む。めっちゃ軋む。

 

「アキト、お前のじいさん、イカスな!!!」


 翌日、俺のじいちゃんがハリケーン多田と知ったクラスの連中は、俺を取り囲んで好き勝手はしゃいでいだ。いや、俺、マジでダンス興味ないんで。


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ビバ・エイティエイト 影津 @getawake

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