限界集落の生贄でして……
春海水亭
うら若きも乙女も無理っすよ
「うら若き乙女の生贄を出せ」
因縁土着祖村は限界集落である。
うら若きも無理ならば、乙女も無理である。
というか妖怪が滅ぶすまでもなく滅亡寸前である。
それでも、妖怪に滅ぼされるよりかはマシということで、一人が生贄に名乗りを上げたのである。
「二十二歳のうら若き乙女を生贄に差し出すと言っていなかったか?」
妖怪が生贄を見て、怪訝な顔で呟く。
因縁土着祖村グループラインで聞いた話と違う。
目の前の女性は二十二歳にはとても見えないし、うら若くもないし、乙女にも見えない。
腰の曲がった大柄な老婆である。
「オレは今年で二十二だよ、誕生日が四年に一回しか来んからねェ!」
生贄として訪れたのはヨネさん(自称:二十二歳)であった。
誕生日は二月二十九日、閏年の生まれである。
「閏年は四年に一回しか歳を取らないわけではなく、二月二十八日だか三月一日に歳を重ねるわけだから、お前の年齢は八十八歳であろうよ」
「細かいことはいいじゃないか」
「六十六年は細かいというには厚切りすぎるが」
「はぁ?じゃあ仮にオレが自分の年齢を八十八歳だと認めるとするよ?すると、アンタの前に訪れた二十二歳のうら若き乙女の生贄はあっという間に、八十八歳の腰の曲がったババアってことになる……いいかい?アンタがちょっと目をつぶればいいだけで全部丸く収まるんだ」
「そもそも最初から私の前には八十八歳の腰の曲がったババア以外はいないんだ」
「ハァー……妖怪なんだろ、心の目を開いて二十二歳の乙女を見なよ」
「瞑れって言ったり、開けって言ったり、なんなんだお前は」
「アンタが呼べって言った生贄じゃないか」
そう言うとヨネさんは懐から煙草を取り出すと、口に咥えて妖怪の方に顔をやった。
「ん」
「は?」
「ん」
ヨネさんは何度も促すように、煙草を咥えたまま妖怪に顔をやるが、埒が明かないと見たか、一旦煙草を離した。
「火だよ、火」
「ハァ?」
「妖怪なら、着火ぐらい出来るんだろうが」
「生贄が煙草の火を要求するなよ」
「武士の情けって言葉もあるだろうが、生贄を哀れに思って煙草に火ィぐらいつけなよ」
「哀れな生贄、最期にガッツリ一服しねぇだろ」
「ハァー……じゃ、ええわ。自分でやるわ」
ヨネさんはマッチを擦り、煙草の火をつけた。広がる濃厚な煙。
「あ、煙草大丈夫かい?」
「ゲッホ、ゴッホ……それ、普通、吸う前に聞くだろ……」
煙草の煙に噎せながら、妖怪が答える。
「聞いといてアレだけど、煙草も自由に吸えない時代だからねぇ……人間じゃないなら、健康増進法を無視していいと思ってるよオレァ」
ヨネさんは煙草の煙を妖怪に吹きかけると、しわくちゃの顔を歪めてケラケラと笑った。
「じゃ、とっとと食ってくれ……妖怪に喰われんなら……葬儀のことも考えんでいいから気が楽やね」
「妖怪を舐めきっとるな、ババア」
だが、そういいながらも妖怪の方はヨネさんに手を出せずにいる。
相手の恐怖の感情が妖怪の力になるのだ。
それが、ヨネさんは一切恐怖していないので、生まれたての子犬ぐらいの力しか発揮できないでいる。
なんとか、脅かしてやらないとならない。
「いいか、ババア。この私がどれほど恐ろしい存在かわかっているか?」
「わかってるから、オレが生贄として来てやったんだろうが」
「いいや、お前はわかっていない……いいか、ババア。お前の今までの一番の恐怖を思い出してみろ」
「恐怖なぁ……色々あった……本当に色々あったよ……」
「それよりも私は恐ろしいぞ、この爪も牙も角もお前を殺すためにあるのだ」
「……怖いなァ、でもお前は目に見えた恐怖だからなァ」
「目に見えた恐怖だと?」
「オレが怖かったモンはいつだって、見えないところから来たよ。爆弾も、飢えも、災害も、この村が滅ぶんも……何もかんも。お前は恐ろしいけど……覚悟出来るからええなァ」
妖怪は思った。
これは不味いことになったぞ。
人間というのは、一体私が眠っている間に何をしてきたというのだ。
スマホのような愉快なものだけ作ってきたのではないのか。
「もういい、ババア。お前はいい。他の住民を連れてこい……生贄はお前以外にする」
「こんな村に暮らしんだから、オレ以外だってこんなもんだよ」
「グゥゥ~~~」
恐怖を食らってやらねばならないというのに、この村で恐怖を得られそうにはないう。
しかし、他の街へ移動するには弱まりすぎている。
移動中に倒れてしまいかねない。
「もう、とにかくお前はいい……この村の住民もいい……」
「あ、生贄はもういいのかい?」
「考え直しだ……生贄は後回しだ」
「あ、そうかい。じゃあ私の米寿祝いを手伝ってくれよ」
「ハァ」
「妖怪の手も借りたいぐらいに人がいないんだよ、この村は」
限界集落の生贄でして…… 春海水亭 @teasugar3g
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