cirrostratusー88歳ー

MACK

部活動にいそしむ二人の


「諸説あります!」

「〆が全部それじゃねえか!!」


 思わず朔也さくやは、まとめかけていたレポート用紙の束を机に叩きつけた。数枚のレポート用紙が空を舞う。

 風を受けて芽衣子めいこの長めの茶色の癖毛がフワリと翻る。


 高校の新聞部、稲葉朔也いなばさくや小池芽衣子こいけめいこ


 家が隣同士という事で、生まれた時から一緒に育った由緒正しきキングオブ幼馴染である。当たり前のように同じ幼稚園に通い、小学校に通い、中学に通い、何故だが高校まで一緒で部活動も同じになった。腐れ縁もここまでくれば永久に続く気がする。


 運動部からもスカウトされた野球少年だった彼だけど、現在の名残は短髪であることぐらい。今では文系部活の代名詞、新聞部部長だ。だけど昨今の文字離れで文系は不人気なのか、三年生が引退した今、二人きり。一年生が入ってくれないと来年は同好会となるか廃部。

 創立八十八年を迎えるめでたい年に、それだけは避けたい。理事長もかつてはこの元新聞部と聞く。それもあって顧問の副教頭も必死で、なんとか次の機関紙は、八十八周年を祝う内容にと厳命されている。奇しくも理事長も米寿を迎えるとかで。


 平和な学園に事件などなく、これといって特筆すべきイベントもない。ならば八十八という数字にちなんだ企画をと思い立ったのが運の尽き。


「なんでこんなに八十八って要素が多いのさ! 八十八って何なの!?」


 朔也さくやが思わず叫ぶ。お遍路は八十八か所だし、ピアノ鍵盤が八十八あるとか、茶摘みは八十八夜だとか、問題の米寿も八十八だしエリアは88はちじゅうはちだ。最後に有名マンガのタイトルが混じったがまあ良い。国際天文学連合は全天の星座を八十八としている。


「まあでも、日本の場合は米という字を分解して、という説が多いね。米寿なんてまさにそれから来てるみたいだし?」


 芽衣子めいこが散らばったレポート用紙を拾い上げながら言う。

 

 いつから意識したのか思い出せないけど、高校が同じなのは偶然じゃなかった。少し背伸びをしなきゃいけない偏差値の、この学園に入るためには猛勉強するしかなくて。でも勉強にかこつけて成績のよい幼馴染の部屋で教えてもらったり。


「稲作は、日本人に身近だから好きになっても仕方ないよね」


――ば や は身近だから好きになっても仕方ないよね?


 少し上目遣いで、机に両手をつく彼の前に拾ったレポートを差し出す。

 それを受け取ろうとして、指と指が触れあった。

 ピクリと朔也さくやの体が揺れる。


「日本人は米が大好きだから、常に傍にあるようにしたかったのかもね」


――いけ いこが大好きだから、常に傍にあるようにしたかった。


 運動と勉強が苦手な彼女が参加出来そうな部活は、唯一新聞部だった。こんな理由で選んだと知られたら、顧問にも理事長に怒られるだろうが。


 なんとなく、この二人きりの部活動がくすぐったくて。

 秘める気持ちをいつか、ストレートに伝えられたらと思いながら、薄雲でぼんやりと本心を隠す。でも透けて見えたらいいなとわずかに期待をしたり。


 部員が増えたらこの時間が無くなると思うと、勧誘活動もおろそかになろうというものだ。

 廃部の可能性を秤に乗せて、ぎりぎりまで二人だけの時間を楽しみたいと思っているのだ、お互いに。


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