森のくまさん殺人事件

あきのななぐさ

ある日、現場にて

 資産家である森のくまさん(88歳)が、自宅で死亡していた。


 探偵である私が、度々面倒をみている三毛猫さんからそう連絡が入り、現場に駆けつけてみた結果、確かにそこには森のくまさんの遺体があった。年を取り、所々薄くなっているその体毛。だが、それよりも目につくのは、何かでなぐられたように、全身真っ赤に腫れあがったその遺体の異様さだった。


 すぐそばには、彼の大好きなはちみつのツボが倒れている。窓は開け放たれており、誰もが侵入可能な状態だったが、三毛猫さんは「密室殺人だ!」と騒いでいる。それを無視して遺体を改めてよく見ると、そこにある不可解な数字が目に留まった。


「これは……」

「そうです! ダイニングメッセージです!」


 何事かを成し遂げたような誇らしげな顔つきの三毛猫さん。「いつでもそこでくつろいでいます」というあなたのメッセージはともかくとして、その数字の不自然な事は気にかかる。


「これは……、あなたが来た時も、こうでしたか?」


 度々現場を荒らすことから、何度も拘留され、立ち入り禁止を言い渡されているにもかかわらず、事件になる前の臭いを嗅ぎつける特殊な能力で、第一発見者として名高い三毛猫さん。もう、長い付き合いになるので、三毛猫さんの行動は、ある程度は予想することができた。


「ええ、ほぼ同じです。何と書いてあったかわからなかったので、隣に似せて書いてみたらびっくりです! 『88』ってなってますよね! 私、それを見て、髭がビビッときましたよ! これは『犯人を示しているに違いない!』って!」


 とても誇らしげな三毛猫さんは、こういう時には猫背を伸ばします。でも、悲しいかな、それは長くは続かないようです。というよりも、それはどうでもいい事でした。つまりは、もともとは『8』のような数字が書かれていたという事です。はちみつで書いているので、その瞬間に何か伝えたい事があったのかもしれませんが、同じはちみつで三毛猫さんが書いてしまっては、色々と台無しになってしまっています。


 しかし、三毛猫さんも色々と学んでいます。それに、あの得意顔を放置しておくと、色々と後で面倒になるので困ります。


「それで? 三毛猫さんはこのメッセージから何かわかったのですか?」

「もちろんです! この『88』の数字が意味するのは、『パパ』です!」


 もはや、どこから何を言っていいのかわかりませんが、とりあえず順に彼の過ちを正しておきます。


「残念ながら、森のくまさんは88歳。彼の父親はすでに他界しております」

「じゃあ、『ハハ』で!」

「そちらも同じです」

「もう! じゃあ、何なんですか!」


 こちらが「何なんですか」と言いたいですが、そのくりっとした目で見つめられると、なんだかそれ以上責められなくなります。


「最初は何だったか覚えてますか?」

「もちろんですよ! でも、わからないから書いたんです。そして分かったのがこの『88』という数字です。でも、謎です。彼の残したダイビングメッセージは……」


 このまま放置し続けると、どこかに飛び込んでしまいそうな気がします。それはそれで見てみたいという気持ちはありますが、そろそろ荒らした現場について、確認しておく必要があるでしょう。


「それはそうと、三毛猫さん。そもそも、ここで何をしていましたか?」

「森のくまさんが新鮮なはちみつをご馳走してくれるというので来てました」

「それで? おいしかったですか?」

「そりゃ、もう! 絶品ですよ! それで、もう少し欲しいと頼んでみると、そこにある箱から取り出そうとしました。すると、びっくりです! ハチミツではなく、蜂ですよ⁉ 慌てました!」

「なるほど。それであなたはどうしたのです?」

「殺虫剤まいて、逃げました」

「どこから?」

「窓からです」

「その窓は?」

「締めました、蜂が出てきたら怖いですから」


 自分が何をしたかわかっていない三毛猫さんに、どうして伝えるのがいいか、毎回私も困ります。ですが、そろそろあの人が来る頃ですので、ちゃんと言い聞かせなくてはなりません。


「三毛猫さん。この森のくまさん殺人事件で、直接手を下した犯人は『蜂』です。ですが、その『蜂』をつかったのは、三毛猫さん、あなたです」

「にゃ?」


 全く意味が分からないという感じの顔をされても困ります。ただ、それでも一応教えてあげなくてはなりません。


「三毛猫さん、あなたが密室にしたために、森のくまさんはこうなるまで刺されました。あなたがもう一度窓を開けて入ってきた時には、蜂は死んでたと思います」

「はい、殺虫剤が効いたのです。何しろ、最初に一番大きな蜂にめがけてかけましたから!」

「それは女王蜂でしょう。それで怒った蜂たちの攻撃を、森のくまさんはうけました。さて、それはそうと、死んだ蜂を片付けて、散らかったものを片付けましたね?」

「ええ、森のくまさんは綺麗好きですから。でも、あの『88』は『蜂たち』という複数いたという意味だったんですね。さすが、名探偵!」


 目をくりくりと輝かせ、私の顔を見る三毛猫さん。でも、申し訳ないですが、罪は罪として、そろそろ認めてもらう必要があります。


「やあ、三毛猫さん、また、やらかしましたか? そうですよね?」

「なんですか! やらかした・・・・・ですって! これでも私は猫じた・・・です!」


 両脇を抱えられ、宙に浮いた三毛猫さん。己の立場を認識できず、見当違いな訂正を求めている。


「犬のおまわりさん、お手柔らかにお願いします。一応、いつもの第一発見者です」


 その「にゃんで?」という顔をしまい込み、そろそろちゃんと罪をわかってほしい。私はそう祈り目を瞑る。でも、そこにはあの愛らしい顔の三毛猫さんが、本当に無邪気に笑っていました。


〈了〉

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森のくまさん殺人事件 あきのななぐさ @akinonanagusa

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