四品目 飯物・ホクホクタケノコご飯

タケノコのコースメニューはまだ終わらない。

ピピーと何か音がする。

「あ、ちょうど炊き上がったよ。」

炊飯器の調理完了音だ。

ほんのり、ご飯と醤油の香ばしい匂いがした。

炊き込みご飯だ。

寮で食べるのも普通に美味しいはずだけど、ここで食べるのも美味しい。

朝から労働しているからだろう。

「タケノコのお刺身もお吸い物も春炒めもめちゃうまいですね。」

悠美先輩がご飯を運んで来た。ずっと台所にこもっていた彼女が出て来たということはこれが最後だろう。

「ありがとう。よその台所借りて作ったからちょっと手際が悪かったけど、そう言ってもらえて嬉しいわ。」

普段から自炊するのだろう、手際が悪いと言っていたがそうは見えない。

「それにしても、男の子の食いっぷりって見てて爽快!」

「そうだよね。たくさん働いてもらっちゃったし。たくさん食べて帰ってもらおう。」

本田先輩と悠美先輩が話していた。

「さて、これでタケノコ料理はラスト。締めの『ホクホクタケノコご飯』です。」

ご飯茶碗にてんこ盛りで出されたタケノコご飯はツヤツヤと薄茶色に光っていた。

「いただきます!」

小さく刻まれたタケノコ、にんじん、油揚げ、椎茸、鶏肉が入っている。実家で食べるような炊き込みご飯だが絶妙な味加減だ。水分が多めでもっちりしている。

「おや、みんな食べてるねぇ!」

山本教授が外から声をかけてきた。

「先生、遅いですよ!」

本田先輩が外からも出入りできる窓を開けて言う。

「あれ、もしかして、もうない?」

「あります!脇山君と杉下君の分もちゃんと取ってます!」

悠美先輩がそう言って分けていた分を出した。

「ありがとう。やはり君達は気が利くねぇ。私と脇山君、杉下君はここで食べるよ。」

本田先輩は3人分の配膳をテキパキと用意した。

やっとみんなに行き渡ったんだろう、本田先輩と悠美先輩も座って食べ始めた。

寮で食べるのとはまた違う食事だ。

何とも言えない閉塞感から解放されたせいか伸び伸び食べている気がした。

先に食べ終わったのでお茶碗を片付けていると、悠美先輩が話した。

「あ、ごめん!お茶碗はこっちでやるから、剥いたタケノコの皮を平らにしてくれる?」

え、どういうことだ。

「あ、俺行きますよ。」

食べ終わった坂下がどうやら分かるようで、俺はそれについて行く。

「ちまきを作るためにタケノコの皮を整えておきたいんだろう。」

「ごめん、わからないんだが、ちまきって中華ちまきのこと?」

「いや、アクマキのこと。」

「?」

「鹿児島の郷土菓子みたいな。5月の端午の節句で作るんだよ。それ用に入れ物のタケノコの皮を整えておきたいんだろうな。」

「ちまきって中華ちまきしか知らないからな…それってどんな味なんだ?」

坂下は考え込む。

「うーん…これは鹿児島県民しか知らないだろうから説明が難しいんだが…あえて例えるなら…蒸し米のゼリー…みたいな?いや、なんか違うな…。」」

「興味をそそられるな。」

「今じゃ、タケノコの皮もアクマキ自体も買える物だけど、お婆さんは全部自分で作るんだな。」

市販品で済ませられるのに自分で作るというのは実家の祖母のことを思い出す。

「今度、作るところ見せてもらったら?」

タケノコの皮を整えていたら、後ろから山本教授が声をかけてきた。

「そんなことできるんですか?」

「うん、できるよ。大学生活は大学内だけで済ませていいもんじゃないしね。本田さんに言えば車を出してもらえるだろうし。」

「か、考えておきます。」

「え、別に私は構わないですよ。立木君もしっかり働いてもらったし。」

本田先輩がいつの間にか来ていた。大量のキャベツが入ったビニール袋を車に積み込んでいた。

「今回もめちゃくちゃタケノコとキャベツもらえたから寮の食堂のおばちゃんに持って行って何か作ってもらうんだ〜。」

「タケノコもですか。」

尋ねると本田先輩はにこりと微笑んで答えた。

「だって、こんなに大量のタケノコ、消費してもらうのに体育大学生はうってつけじゃない!」

車内の俺の隣がキャベツやタケノコじゃないだろうな…。

ある程度、タケノコの皮をきれいにして、食事もいただいて、後片付けを終え、そろそろ帰ることになった。

「少しは君たちの気晴らしになればと思ってね。」

帰る間際に山本教授はそんなことを言っていた。

タケノコを掘るのも、皮を剥くのも、アクを抜くのも、自分が掘ったタケノコを食べるのも全部初めてのことでなかなか面白かった。


タケノコの山を後にして、俺と坂下と本田先輩はまた同じように車に乗って帰る。

「…本田先輩、よかったら、アクマキ作るとき、また来たいんですがいいですか?」

バックミラーの本田先輩は笑っていた。

「もちろん、いいよ!私のおばあちゃんの作るアクマキ、本当に美味しいから!」

新しい大学生活を始めたのに、何も経験しないのはやはり勿体無い気がした。

だからせめて来月の端午の節句に作られるというアクマキを見てみたくなった。

皮を剥いていないタケノコとキャベツに挟まれた車内で思った。

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タケノコの山 @UzuraWizdy

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