バイト先のアラフォー店長をムリヤリ手籠めにしたら最終的に私が泣くことになった

澤田慎梧

バイト先のアラフォー店長をムリヤリ手籠めにしたら最終的に私が泣くことになった

「ねぇ。店長は何歳くらいまで生きていたいと思う?」

「ん~、八十八歳、かな」


 ベッドに横たわったまま気だるげに尋ねた私に、彼は背中を向けていそいそとトランクスを穿きながら答えた。

 男性にしては細身でシミ一つない背中は、三十九歳という年齢を感じさせない。そこはかとない色気すら漂っている。

 このセクシーさで、つい先日まで女を知らなかったというのだから、周囲の女性達によほど見る目が無かったのだと思う。


「どうしたの、突然」

「別に……ちょっと気になったから。ねぇ、どうして八十八歳なの?」

「祖父がね、亡くなったのが八十七歳の時なんだ。だからせめて、それは超えたいなって」

「ふ~ん?」


 よく分かるような分からないような答えを紡ぎながら、彼が振り向く――と思ったら、すぐに顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 未だに生まれたままの姿で横たわる私を見て、照れてしまったらしい。もう、私の身体で彼が見たことのない場所など無いというのに、いつまでも初心な人だ。


 彼はバイト先のスーパーの店長、三十九歳独身。

 私は根無し草のフリーター、二十歳になったばかり。


 数か月前のこと。居候先の友人が彼氏と同棲することになり、私は追い出されるようにネカフェの住民になった。

 他に頼れる女友達など皆無で、かといって知り合いの男たちを頼る気にもなれなかった。

 なにせ、あいつらは下半身で物事を考える。体を求められるだけならギリギリ我慢できるけど、ろくに避妊もしてくれなさそうだし変な病気を持ってそうだしで、論外だった。


『そこそこ身持ちが固くて、一人暮らしで、できればお金がありそうな人いないかな』


 そんな、獲物を探す蛇のような気持ちで周囲の男を物色していたところ、目に留まったのが店長だった。

 女っ気なし、正社員、一人暮らし、真面目で人当たりも良い。おじさんだけど顔もいい。条件はばっちり!

 もちろん、流石に歳の差は気になった。もしかしなくてもパパ活以外の何ものでもない。その手のモノには手を出すまいと思っていたけど、既にネカフェ生活二週間目で色々と限界だった私は、店長攻略を開始した。


 これでも見た目には自信がある。それに、おじさんという生き物は若い女に弱いはず。

 ――そう考えていた時期が私にもありました。


 店長は思いの外、落ちてくれなかった。

 「もっと自分を大切にしなさい」とか「君ならもっと若くていい人が見付かる」とか、私と真剣に向き合った上で、はっきりと「NO」を突き付けてきた。


 今思えば、あれが「大人の態度」というものなのだろう。

 でも、私は拒否されたショックだけが大きくて、ムキになってしまった。

 何度も何度もアタックして、何度も何度も諭されて。

 最終的に私がとった手段は、「酔わせて手籠めにする」だった。


 店の飲み会の帰りに言葉巧みに誘い出して二人きりになり、徹底的に飲ませて酔わせて、自宅に送る振りをしてホテルに連れ込み、押し倒した。

 ――事の最中、彼はちょっと涙目だった。流石に今はやり過ぎたと反省している。


 そんな、最悪の始まりだったのに、彼は優しかった。

 こちらから強引に迫ったのに「責任を取るから」と言って、そのまま私を部屋に住まわせてくれた。

 かといって束縛するでもなく、「自分に愛想を尽かしたらいつでも出て行ってくれていい」とまで言った。

 その言葉に私は何故かカチンと来て、結局は正式に「お付き合い」というものを始めることになった。


 これが、彼と私の今までのあらすじ。

 

「――八十八歳、ねぇ。店長があと四十九年、私なんか六十八年もかかるよ。随分と先の話ね」

「そうだね……気が遠くなるくらい、先の話だね」

「私はそんな長生きしなくてもいい、かな。むしろ早めに死にたい、かも」

「……それはまた、どうして?」


 何気なく言った言葉だったけれども、彼は思いのほか真剣な表情で訊き返してきた。ちょっと誤解させてしまったかもしれない。


「あ、誤解しないでね? 早く死にたいって訳じゃなくて……。その、私が実家から逃げた理由がね、ひいお祖母ちゃんの介護だったの。百歳近くてね、すっかりボケてるんだけどムチャクチャ健康で歩き回って――」


 曾祖母がボケてからの実家は、地獄だった。

 汚物を周囲に撒き散らしながら徘徊する曾祖母。それを必死に押しとどめ、掃除と介護に追われる祖母と母。毎日のようにご近所に頭を下げて回り、ケンカばかりしている祖父と父……。

 まだ高校生だった私も介護を手伝わされ、友達と遊ぶ時間も勉強する時間も全くなくなった。


「だから、長生きするのも考えものかなって」

「……なるほどね。それは確かに、辛かったね」


 言いながら、彼が「よしよし」といった感じで私の頭を撫でる。

 子供扱いされているようで少しムカついたけれども、同じくらいに彼の手は心地が良かった。

 でも――。


「それでも、僕は長生きしたいな……」


 ポツリと呟いた彼の言葉が、何故だかいつまでも耳に残った。


   ***


 それから半年ほど経ったある日、彼が仕事中に倒れた。

 錯乱しながらも救急車に同乗して病院まで付き添った私に、衝撃の事実が矢継ぎ早に伝えられた。


 彼の体は病魔に侵されており、長くないかもしれないこと。

 彼の家族は既に亡く、頼れるような親類もいないこと。

 彼の病気は父方から受け継いだ遺伝性のものであり、彼の祖父以外の一族の男性は早死にしていること。


「黙ってて……ごめん。ずっと、僕の代で、こんな哀しいことは終わりにしようと、ずっと独り身でいようと思ってたんだ。でも、君に出会って、とても楽しくて欲張りになってしまった――長生きしたいな、って」

「じゃあ、長生きしようよ! お爺ちゃんは八十七歳まで生きたんでしょう? それを超えたいって、八十八歳まで生きたいって言ってたじゃない!」


 衰弱した彼のことを労りもせず、私は号泣して縋り付いていた。

 一体いつから、こんなにも彼のことを好きになっていたのだろう。失いたくないと思っていたのだろう。攻略するつもりが――ただ寄生するだけのつもりが、いつの間にか彼に依存してしまっている自分がいた。


「君を、僕の人生の犠牲にはしたくないよ」

「犠牲とかなんとか言わないで! 私が……私が一緒にいたいの。一緒に生きていきたいの……ねぇ? 生きよう?」


 なお縋り付く私の頭を、彼は困った顔をして撫でる。


「ああ、そうだね……一緒に生きられたら、どんなに幸せか」


 そんな呟きを最後に、頭を撫でていた彼の手が、力なく滑り落ちた――。



   ***



「な~んてことが、あったわねぇ」

「おいおい、止めてくれよ恥ずかしい。あの時は本当に死ぬと思ってたんだから――全く、医学の進歩サマサマだよ」

「なになに? なんの話? ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃん」

「ふふふ。なんてことのない、ひいおばあちゃんがひいおじいちゃんに、ゾッコンラブラブだったって話さ」

「ちょっとアナタ! ひ孫に変なこと吹き込まないで!」

「まあまあ、お父さんもお母さんもいつまでもイチャイチャしてないで、そろそろ始めようじゃないか。お父さんの米寿のお祝いを!」


 ――過ぎてみれば、四十九年間というものも、あっという間だった。

 それでも、その間に様々なことがあった。嬉しいことも、辛いことも、沢山の出来事が。


 子供や孫やひ孫達に囲まれながら、私の目には今日という日を迎えられた嬉し涙が光っていた。


(おしまい)

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バイト先のアラフォー店長をムリヤリ手籠めにしたら最終的に私が泣くことになった 澤田慎梧 @sumigoro

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