エピローグ「この死にかけた世界と共に」
外洋実験から一週間が経ってあれから牧野達は退学になった。
いじめもそうだけれど、学校と研究所の備品でもある増槽タンクを壊したから、という理由だ。あれ一本でも相当なお金がかかるみたいで、牧野にはそれの弁償が課せられた。
当たり前といえば、当たり前の話だ。
そして、あのハゲの副理事長。
牧野達がやった問題行動の隠蔽から外洋実験の間際でお隣の国が不穏な事を準備している情報を握り潰したりと色々バレて、警察に捕まったみたい。
何はともあれ、悪い事をした人がちゃんと裁かれて私はほっとしている。
けれど、ネコくんがいない。
私が目を覚ました時には姿が無くて、先生は突然な転校だと言って、適当な理由を並べていた気がするけども、私は全く耳に入らなかった。
クラスのみんなも、あれやこれやと根も葉もないこと言って騒いでる。
ほんとに馬鹿らしい。
嘘つき。
置いて行かないって言ったのに。
まるで、長い長い夢を見ていたかのようで、本当に忽然と居なくなってしまった。
寮が広くなったように感じるし、とても静かになってしまった。
リビングでゲームをしていると、またふらっとネコくんが現れるんじゃないかと振り返ってしまう。
けれど、そこには誰もいない。
私は何度も何度もつぶやく。
嘘つき。嘘つき。
初めて、人を好きになったのに。
この滅びかけた世界で、未練がましいとまで言った世界で。
初めて、世界を愛せた。
初めて、産まれてきたことを愛せた。
それぐらいに、人を好きになったのに。
嘘つき。嘘つき。嘘つき。
また嫌いになってしまう。
私の嘘つき。
もう嫌いになんかなれない。
ネコくんがいる世界だから。
今日もまた日が沈んで、夜が来て、私は一人で眠って、また朝が来る。
一緒にしたいこと、一緒に見たいもの、一緒に過ごしたい時間。そんなことばかりを夢に見る。
目が覚めても、そこにはいない。
今日も私は一人で学校に行く。
縷々ちゃんも円香ちゃんもいるけれど、クラスだと私は一人。
みんながネコくんの事を噂している。
有坂さんは、有坂さんが、有坂さんの。
そんなことばっかり。
けれど本当のことは私だけが知っている。
また会いたい。声が聴きたい。その手に触れたい。
一緒に、星を見に行きたい。
そんな事を考えながら、日々を過ごしている。
いつも通り、先生がやってきてホームルームが始まる。
だけれど、今日だけは違った。
「え~……来年度の共学化を目指して、本日より男子の転校生が編入します」
面倒事を嫌う先生が、すごく。本当にすごく嫌そうな顔をしている。
だって、いや、そんな、まさか。
「ほら。入って」
先生に言われて、その男の子がゆっくりとクラスへと入ってくる。
そして、一斉にクラス中が爆発したように騒ぎ出す。
私は、椅子から転げ落ちそうになる。
だって、だって、だって!
金を溶かした様な輝きを放つ背中まで伸びた髪に雪の様な透き通る白い肌。宝石の様に綺麗な灰色の瞳。ピンと張った長いまつ毛。華奢な体躯。
神様に愛されたような造形の男の子が、ウチの制服を着ていて、少し違うところといえば下はスラックスを履いている。
その男の子は優しいけれど少し悪戯っぽい笑顔でクラスを一望すると、落ち着いた声で自己紹介を始めた。
「有坂ネコです。よろしくお願いします」
「えええええええぇぇ!?!?」
私は思わず大声を上げる。
なんで? 男の子? いや、ネコくんは元から男の子だけれど!? 違う違う違う、そうじゃない。
「え、男の子!? なんで!?」
「え、佳奈は知ってるでしょ?」
「なんで男の子として来てるの!?」
私の問いに、ネコくんは髪を後ろに流してから答えた。
「言ったでしょ? 置いて行かない、一緒に星を見に行こうって」
「そう……だけど……」
「だから帰ってきたよ。カミツレに」
女の子として、言ってしまえば周りを騙して編入していたわけで、男子としてまた編入すれば周りから何を言われるか分かったもんじゃない。
なのに? どうして?
「私、私……」
もう、どうにでもなれ。
私は周りの目なんか気にしないで、ネコくんに飛びついてた。
その瞬間、私達を揶揄する歓声で包まれたけど、構うもんか。
「怖かったよぉ! また置いていったと思って怖かったああぁぁぁあぁぁぁ! うわあああああぁぁぁぁん!」
「ごめんごめん、色々手間取っちゃって」
「私、ずっと辛かった! 辛いのを、もっと辛い目に遭ってる人がいるって言われて我慢しなくちゃいけないことが! 誰にも助けてくれる人がいないのが怖かった!」
ぼろぼろと、涙と一緒に言葉が零れ落ちる。もう私の口は歯止めが効かない。
「だから、もういっそって思った……でもネコくんが、私の全部を変えてくれた!」
思いの丈を、ありったけを。恥も何も関係ない。
「始めて世界を愛せた! 初めて星が綺麗だって思えた! だから――」
だから、あなたの事が――。
「だから、あなたの事が大好き! もう二度と離れたくない!」
更なる歓声が上がる。
ネコくんは私を抱き締め返して、クラスのボルテージは最高潮となる。
「あぁ。ボクも離さない。だから佳奈?」
「なぁに?」
「ただいま」
「……おかえり!」
――これは地球とよく似た惑星の、流星の物語。
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