第16話「悪友達の密談」
全ての事後処理が終わり、時間は夜。
二人は寮に戻り、ソファで隣り合わせに座ってとりとめのない会話を広げていた。
「ネコくん。ほんとに一目惚れだったの?」
「えぇ? ど、どうなんだろうね? 自分でもよくわかってないっていうかさ」
「そこんところハッキリしてよ~」
そういって、笑いながら佳奈はネコの肩に頭を載せて体重を預けた。
ネコも、返すようにして佳奈に対して体重を預ける。
「ねぇ、ネコくん?」
「ん?」
「流星を見に行こう? 今度は本物の」
「うん、わかった。約束しよう」
そういうと、佳奈はネコに向き直る。
「それなら、もうひとつ約束して?」
「なぁに?」
「もう二度と、置いて行かないで。あんな思いをするのはもうごめんだから」
「約束する。二度と佳奈を置いて行かない」
「じゃあ……んむぅ!?」
佳奈が言い切る前に、ネコは唇を重ねる。
驚いて突き飛ばしそうになるのを抑え、そのまま受け入れた。
二人の心臓が高鳴って、その音が重なっていく。
佳奈はネコの右手にそっと手を絡める。
冷たく凍った右手がじんわりと暖まって、ほんの少しだけ力を取り戻したように、絡めた手を弱く握り返した。
「ぷはぁっ!?」
息が苦しくなって、二人はついに唇を離す。
「あああああ、あの、いま、いい、いまのって」
「約束のキス」
ネコはフッと笑いながら、なんでもないように答えてしまう。
「あ、ああ、ありがとうございまひゅぅ……」
対する佳奈はのぼせ上って倒れてしまう。
それを見て、ネコはあははっと大きく笑った。
そして、佳奈の髪を撫でながら、もう一度額にキスをする。
「佳奈。大好きだよ」
「きゅぅぅ~……」
ネコの表情に少しだけ影が落ちる。
置いて行かない、そう約束したが……そう考えていると、義継が尋ねてきた。
「佳奈は?」
「気絶しちゃった」
「ははっ、なんだそれ」
義継は笑いながらもやるせない……そんな顔をしているが、すぐにいつもの何を考えているかわからない薄ら笑いに変わる。いつもなら気にも留めないが、ネコはすこし心当たりがあった。
「少し、外に行かないか」
ネコは黙って頷き、連れられるままに寮の外へ出た。
涼しげな風が吹き抜ける。
二人は暫く黙って歩き続け、やがて自販機のあるベンチに止まる。
「奢るよ。何がいい?」
「じゃあ、ミルクティーで」
「了解」
また沈黙の時間が流れる。
小さなペットボルの半分ほどまで飲み終えた頃に、ようやく義継が口を開く。
「牧野の件、お前の担任と縷々のお陰で簡単に証拠が揃ったよ。裏で糸を引いてた奴も捉えられた」
「本当?」
「ああ。あの西館のトイレの一件のあと、縷々が担任の教師と結託して、いじめの証拠を押さえる為にあえて身を晒して、その現場を撮影する事で動かぬ証拠になったんだ」
「そうだったんだ……縷々も、そっけない態度取るわりには佳奈の事大好きだよね……本当に、感謝しないと」
「あとは……そうだな、忠人ママが牧野達のカウンセリングを請け負いたいとも言ってたな。彼曰く、いじめを行うのにも何か理由があって、そのカウンセリングをしない限りはまた同じ間違いを犯す、だそうだ」
「でも、牧野達がやったことは……」
「ああ。牧野達がやった事の罪は重い。その責任を取る事は避けられない。だけど、責任と原因は別だ。何かやむを得ない理由があったなら、それに手を差し伸べて初めて反省という物が産まれるんじゃないか?」
「まぁ……確かに……」
ゴミのカゴに二人は飲み終えたペットボトルを捨てる。がしゃんと金属音が鳴り、シンと静かになる。未だ煮え切らない態度の義継に、ネコはついに話を切り出した。
「ねぇ、そういう事より本当に話をしないといけない事があるんじゃない?」
そういうと、彼女はため息をついて肩を落とす。
「まぁ、な」
ばつの悪そうな顔で頬を掻き、珍しく言いづらそうにする義継だったが、ネコは飽くまでもその話を受け入れる腹づもりでいる。
「ミーティアは条約に縛られている。この条約がある限り、今後ミーティアが民間……特に宇宙開発の舞台に立つ事は無いだろう。義久伯母様を初めとして、いまHALではこの条約の撤廃を求める為に世界へ必死にミーティアの無害さと有用性を喧伝している」
いつか、星に触れる。
そんな夢を込めて生み出されたのがミーティアだ。
だから、義久と国の働きはネコにとっても願ったりだ。
しかし――。
「だから、ミーティアが戦闘兵器として扱われたという記録は国にとって不利益だ。当然、そのミーティアを扱った……お前の存在も」
「……だよね」
「だから……有坂ネコという少女は初めからカミツレにはいなかった……最初から……編入も無かった……そういう処理がされる」
有坂ネコが居たという記録が、全ての情報が、消されてしまう。
それは、いまここにいるネコが、カミツレを離れることを意味していた。
「仕方ないよ。ボクはミーティアが本当の意味で自由に空を飛べる……そんな未来を待ち望んでる。その為には、ボクはどんな協力も惜しまないつもり。たった一か月ちょっと居た学校から消えるだけで良いのなら、ボクは喜んで消える」
「……いいのか?」
「今日はやけに優しいね、義継」
「そういう時だってあるさ」
ネコはわざとらしく身体を揺らしながら、寮に戻る道を踏み出す。
月明かりに照らされるネコの金髪がキラキラと輝いて浮世離れした雰囲気を醸し出す。
それはまるで天使のようで「男であるのが勿体ない」という言葉を義継は飲み込みながら、ネコの後を駆け寄って横に並ぶ。
「でも……ボクはここに戻る。約束したからね」
「その時は私も手伝うよ」
「前から気になってたんだけどさ、義継って何者なの?」
「そうだな……忍者の家系といえば信じるか?」
「あははっ、こんなに目立つ忍者がいる?」
悪友のように笑い合う二人が行く夜空を、流星が一筋瞬いた。
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