第15話「熾烈なる空戦」
ネコは迫る所属不明機を見据えて、ネコは可変翼を広げ、ゆるやかに停止する。
一方のその頃、その所属不明機側では、ネコをレーダーで捉えていた。
休戦協定を無視した戦闘機による領空侵犯。その命令を受けたのはHALの隣国アムリッツァの第2航空師団ドーン小隊。
彼らは巡行速度よりも速度を上げながらも綺麗に整列している。
『ドーン3よりドーン1へ。レーダーに反応あり。なれど微弱。これは?』
航空機、それも空軍では名前で呼ばず、部隊の名称と割り振られた数字、もしくはコールサインという固有の名前で連絡しあう。
この通信を受けたドーン1……即ち、このドーン小隊の隊長が苦々しく口を開く。
『恐らくは例のミーティアと呼ばれる兵器だろう。HALめ、条約違反甚だしい……ドーン1より各機へ、先手を打つ。安全装置を解除せよ』
自らの軍より命じられた事を棚に上げ、ドーン1は憤りながらミサイルのトリガーに指を置く。
そんな事などつゆ知らずネコはドーン小隊へ向けて「これで帰ってくれれば」という淡い期待を持って一度オープン回線で呼びかける。
「こちらはHAL所属。ただちに所属を明らかにして旋回せよ。指示に従わなければ発砲す――」
言い終わらない内にアラートが鳴り響く。ドーン小隊からレーダー照射……即ち、ミサイルによって狙われているとの警告だ。
ネコは直ちに90度右に旋回して回避行動を取る。
一般的な兵器と比べて小さいミーティアだ。すぐに逃げる事はできた。
しかし、ドーン小隊は問答無用でネコ達を攻撃するという意思がある。それは、何がなんでも佳奈へ追いつかせてはならない事を意味していた。
再度翼を折り畳み加速する。
ドーン小隊もネコが向かってくることを理解して、扇状に散開しつつ高度を上げる。
空戦では上を取った方が有利となる。ならば、先んじて高度を上げるのがセオリーだ。
ネコも負けじと高度を上げる。加速力で分のあるネコは瞬く間に高度10000mまで到達して、敵を見下ろす形になる。
「隊長機がいる筈だ……そいつを倒せば……」
ドーン小隊は全部で4機。
隊長のドーン1、副隊長のドーン2、平隊員のドーン3、そして新人のドーン4.
勝気のドーン3は我先に先頭へ飛び出して、上を取られてもなおその姿を追う。
ネコはミサイルランチャーを構えてレーダー照射、ロックを開始する。だが、ミーティアのレーダー射程圏内に入るよりも先にアラートが鳴る。ドーン小隊の機体の方が大きい分、ミーティアよりも射程が長いのだ。
「くそっ!」
悪態を吐きながら回避行動。同時に、身体を捻って落下するようにドーン3へと立ち向かう。
敵に当てられないようにしつつ、こちらが当てる。
お互いに必殺となりかねない空戦に於いて、それは理想であり必須の条件だった。
ばしゅっ、とドーン3のミサイルが発射される。
ミサイルが迫っていると、ネコのHUDにアラートとして表示される。同時に、サポートAIが手持ちのミサイルランチャーのモード切り替えを推奨する。
「これは……
即座にネコはミサイルランチャーを迫るミサイルへと向ける。
FCSは自機に迫る熱源とそれから照射される赤外線からカウンターで位置をリアルタイムに割り出して、逆に飛来するミサイルをロックする。
「さぁ行け!」
ネコが引き金を引けば、ミーティアの出す速度以上の速さで直径40mmのミサイルが射出されて、ドーン3の射出したミサイルを破壊する。
爆煙と破片を潜り抜けて、ネコは相対するドーン3を見据える。
距離にして、500m。
マッハ1を越えての世界では、それは一瞬に通り過ぎる距離だ。
ついに二つが交差した瞬間、ネコは翼を展開して急減速しながら180度転換して全力噴射。再加速を行ってその後ろを追おうとするが、恐ろしいまでに急激なGによる負荷がかかる。
戦闘機によるドッグファイトでの機動では、おおよそ6~8Gと言われているが、ほとんど同等の速度で戦闘機よりも細かく鋭く旋回するミーティアでは、かかるGは最大で12Gにも届く。
それをRSフィールドと各部メインフレーム、外骨格が低減と耐Gスーツの役割を請け負って、なんとか人間が耐え得るものにしているが、それでも最高速度からの急激な転換だ。軽減しきれないGがネコの身体に襲いかかる。
それは、まともに呼吸などできず、特殊な呼吸をしなければ3秒で酸欠してしまう世界。
「ぐっ! ぎぃぃっ!! あっ……はっ……ッ!」
頭を殴られた衝撃にも似た負荷で、次第にネコの視界は暗くなり色調を失う。
旋回で振り回された血が脳に行き渡らないことによるグレイアウトだ。
「それ……でも……!」
左腕を伸ばして、敵へとミサイルランチャーを構える。
ミサイルのプリントアウトは完了し、再発射可能。照準が合わさり、ロックオンを知らせる音が鳴り渡り、それを確認して引き金を引く。
瞬きをする間にそれはドーン3の背面エンジン基部に当たり、小さな爆発を起こして機体はバランスを崩しながら速度を失い始める。
『ど、ドーン3被弾した! 離脱許可を!』
それでも機体は落ちることなく耐える。だが、もはや戦闘機動を行えるような状態ではない。
「よしっ!」
喜ぶのも束の間、ドーン1が雲間から現れた。機体は機銃を掃射してぶーーーーーーっと断続的な音を立ててネコへ大きな弾丸が注がれる。
ぎゃいんっ、ぎゃいんっ、と音を立てながらRSフィールドが直径20mmの弾丸を弾くが、それにともなってエネルギー残量もみるみるうちに減少していく。
体勢を整えて、大きく左へ旋回しながら翼を折り畳む。スラスターの咆哮が轟くとRSフィールドが一瞬輝き、ネコは背後でぱんっという音の壁を突き破る音を聞く。わずかな時間で音速に到達した証左だ。
「加速のレスポンスが速い。流石は有坂重工製!」
ネコは次に、攻撃を仕掛けてきたドーン1へと狙いを絞る。
ネコの位置から10時の方向。敵の背面を取ろうと更に急旋回を行う。
当然、敵も背面は取られまいと同じく急旋回。お互いが背面を取ろうと廻り合う、ドッグファイトの様相を呈してきた。
ドッグファイトの由来は、犬同士が尻尾を追いかけ合う姿に似ているというものだが、実際に見るその姿は二匹の蛇が相手を飲み込もうと複雑に絡み合うようだ。
しかし、争っているのは二人ではない。
ドーン1を追い立てるネコを狙い、更なる敵、ドーン2が現れる。
「もうっ!」
何度目かわからない悪態を吐き、ネコは逃げる為にぐねぐねと複雑な機動を取るも敵は闘牛に噛みついて離れないブルドッグの様にネコの背後に食らいつく。
推力と重量の比率に優れるネコのミーティアでも大型のエンジンを二基備える機体の出力を振り切る事は難しい。
やがて、ネコの耳にアラートが響く。ドーン2がついにネコを捉えた。
『仕留めた!』
独りでにそう叫んだ瞬間。
ネコの可変翼が展開し、両足を45度後方へ傾ける。
その場で急減速しながら後方宙返り……ネコの母の祖国であるジャズフォック連邦で行われるマニューバ、クルビットだ。
認識した時にはもう遅く、ドーン2はネコをそのまま追い越してしまい、逆に背面を取られる。
即座に急加速して距離を詰めながら、ネコはミサイルランチャーのトリガーを引く。
ミサイルは主翼に当たり、ばらばらと破片が散らばっていく。
「足りないか!」
ネコがそう叫ぶ。
速度、誘導性は目を見張るものがあるが、そのサイズから威力はどうしても悪い。
最初の一機は当たりどころが良かっただけで、今度は主翼が欠けただけに留まっている。
「もう一度……!」
プリントアウト、リロードが完了して再度構える。
「うわっ!?」
しかし、それを邪魔するかのように突然の乱気流に飲み込まれ、機体の軽いネコは吹き飛ばされてしまう。
風と慣性で流され、もみくちゃにされて目を回して操縦もままならない。それをサポートAIが即体勢を整えるよう、外骨格からネコの姿勢を誘導して立て直す。
「敵は!?」
レーダーを見ながら周囲を見渡すと被弾したドーン2は逃げ去り距離を取っている。それをカバーする為、二機が挟み撃ちの構えに左右の後ろにつく。
『ドーン4、挟み撃ちだ。私が左。お前が右だ』
「いつかの鬼ごっこと同じだなぁ!」
そう言いながらも、違う点はいくつかあった。
敵を振り回そうと左右に旋回しても、それを塞ぐようにして敵は機銃で弾幕を張り、ネコの機動を制限させ、まだ拙いところのあるドーン4を隊長機であるドーン1がフォローして、そのコンビネーションを卓越したものにする。
やはり敵は訓練されたパイロット。あの時と同じように乱雑に振り回そうとしても、それに乱されることはない。
ついに敵はネコを捉え、ロックオンのアラートが鳴る。
しかし、敵はまだ撃たない。ドーン2は当たると油断して被弾した。ミーティアの機動力は馬鹿にならないと、必中の時を待っているのだ。
「無茶をするしかない……!」
より強く、もしかしたらそのまま握りつぶしてしまいかねないほど強く、ネコはミサイルランチャーのグリップを握りしめて腕を伸ばす。
「ぐぅっ!!」
超音速の世界でそんなことをすれば、当然風を一身に受けて落としてしまいそうなものだが、それを自身の膂力と強化外骨格の力で耐えて、トリガーに指をかける。
ばしゅんっ、と左から追い立てるドーン1のミサイルが発射され、ミサイルが迫っているとのアラートがけたたましく鳴り響く。
同時にネコもそのドーン1へのロックオンを完了して発射しながら自分の放ったミサイルを追う様に、いつかの鬼ごっこをした時と同じく左斜め135度バンクして、足を曲げて脚部スラスターを猛烈に噴射して後ろへ上方宙返り。
ドーン1は回避行動を余儀なくされ、そこに出来た包囲の穴をネコは掻い潜った。
ミサイルを放ったドーン1はそのまま離れてしまい、慌てて旋回しようとするが、逃げるネコには追いつけない。
だが、もう片方の機体……ドーン4が、ネコの後を追いかける。その機体の速度はみるみる内に加速していった。
「アフターバーナーか!」
ジェットエンジンの排気にもう一度燃料を拭きつけて燃焼させ、更なる推力を得る装置だが、その燃焼効率は劣悪で燃料の消費も激しい。
それを使うというのは、パイロットの絶対に逃さないという意思の表れだ。
瞬く間に距離を詰められ、ミサイルの発射も許してしまう。
「んぁぁあっっ!!」
マッハ2に迫る世界での戦闘機動。悲鳴にも似たうなり声をあげて速度を落さずにミサイルを回避する。あまりの負荷にネコを覆うRSフィールドはチカチカと幾度も瞬いて、ついにエネルギーは残り25%を切った。
しかし、なおも敵は迫る。
ぶーーーーーーーーーーーーーーーっと弾を全て吐き出すかのように敵は機銃を放った。
息も絶え絶えにネコは左へと旋回。
そして、そのまま敵機体はネコを追い越して機体は交差する。
「(女の子!?)」
その時、ドーン4は初めてネコを……今まで戦っていた相手の姿を正確に認めた。
ただでさえ戦闘機動に目を回す中で、この現実に目が眩みそうな感覚を覚えるも、軍隊で叩き込まれた操縦と戦術によって自然と手は大きく機体を旋回させてネコを正面に捉える。
ネコもネコでびーっ、びーっと耳を煩わせるアラームをよそに姿勢を安定させながらミサイルランチャーを構える。
「距離は遠いけど、ヘッドオンなら……」
思考による操作で、ネコの右目の視界HUDに照準が表示された。
「マニュアル射撃による狙撃で!」
幾重にも照準は重なり、遥か遠くの機体の姿を映し出す。それは機体の姿ばかりか、それに乗るパイロットの姿までもを鮮明にネコの目に見せつける。
引き金を引けばミサイルは射出されていくだろう。ネコの狙いすましたその先、コックピットへと。
「あ――」
それを理解した途端、引き金にかかる指が鉛のように重くなる。
いま、ネコと殺し合いをしている人間もまた、誰かの息子であり、誰かの父だ。
きっと、今日この日に至るまで、色々な出会いと別れを経験して、それでもここにいる。
「どうしていま……!」
それは、ドーン4も同じだった。
「(子供じゃないか!? なんでこんなところに!? どうして戦っている!?)」
二人の頭の中を目まぐるしく思考が駆け抜けていく。
「(撃たなきゃ佳奈が!)」
「(既に二人喰らってる!)」
撃て! 無理だ!
撃ったら死んじゃう! 撃たなきゃ死ぬ!
早く動け! 逃げてくれ!
逃げちゃダメだ!
子供を撃つためにパイロットになったんじゃない!
佳奈を守る為にここにいるんだ!
俺は!
ボクは!
速く! はやく!
引き金を引け! 敵を墜とせ!
撃て!
殺せ!
死にたくない!
撃て!
死ね!
消えろ!
早く!!
撃て!
撃て!
「(――撃てない……!)」
だが、機体は二人の迷いなど意にも介さない。
ふと気づいた時にはお互いの距離は肉薄して、慌てて旋回した時には遅かった。
「うわっ!?」
ネコの身体は戦闘機の主翼に激突して大きく吹き飛ばされる。
その直前に、ネコを覆う様に眩い光が発生する。
パイロットがRSフィールドによって防ぎ切れないダメージを負うと判断した時、機体とパイロットを保護する為に発生する安全装置が作動したのだ。
その防御性能は例えイージス艦搭載のミサイルが直撃したとしても耐え得るものだが、その持続時間はわずか数十秒。
しかも、発生直後は一時的にRSフィールドは失われてしまい、その機動性は著しく低下する。
「はっ……息が……!」
高度10000メートルの極限環境。ネコの呼吸はままならず、吹き飛ばされた慣性に流されながらネコはもがき苦しんだ。
これを好機とみて、追いついたドーン1がネコに襲いかかる。
「反撃……しないと……!」
全身が重く感じる。
それでも、と手を伸ばした先には……ミサイルランチャーが無かった。
「そんな……」
さっきの衝突の際に、ネコはミサイルランチャーを手放してしまった。
ネコを墜とす為に敵は迫る。これを回避してもあとの2機は?
「(まずいまずいまずい!!)」
どうしたら!? どうしたらいい!?
思考は巡るだけで纏まらない。
ああすればよかった、こうすればよかったと考えてももう遅い。
確かな死が目の前に。
「佳奈……!」
思わず、呟いた。その時――
「ぅゎぁぁぁあああああああああああ!!!!」
どこか遠く遠くで、佳奈の叫び声が聞こえる。
幻聴?
いや、確かに佳奈のものだった。
そして、音の壁を突き破る衝撃に弾かれながら、佳奈の駆るミーティアが割って入る。
その手には、ネコの落としたミサイルランチャーが握られていた。
「ごめんなさい……!」
そうつぶやくと、佳奈は迷いなくトリガーを引く。
射出されたミサイルは瞬時に敵機を捉え、ドーン1は慌てて旋回しようとするも間に合わずにコックピット下部へと直撃する。
そして、パイロットは強く外へと投げ出され、機体はそのままコントロールを失いながらぐるぐると回って海へと落下した。
それを見て、残るドーン小隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「はぁっ……はぁっ……」
RSフィールドを再度展開し呼吸を整えてから、目を見開く。
そこには、確かに佳奈がいた。
「佳奈、どうして?」
「ばかぁ!!」
そういって、佳奈は泣きながらネコに抱き着いた。
「どうしては私のセリフだよ! ばか! ほんとにばか! 危ない真似して! 死んじゃったら……どうするの!」
「佳奈……」
ばつの悪そうな顔を浮かべて、ネコは佳奈の頭を撫でる。
「私も好きだから……!」
「ええっ!?」
思わず、ネコは素っ頓狂な声をあげる。
「私も好き! ネコくんの事が大好き! だから追いかけてきたの!」
「そっか……頑張ったね……」
「ネコくんに教えて貰ったコツの通りにやったから……ネコくんだけを見て、絶対にネコくんの場所に辿り着くって」
「……よく覚えてたね」
「ネコくんにしてもらった事だったら、なんでも覚えてる。ずっとネコくんの事を見てる。それぐらいに、あなたの事が大好きです」
「ありがとう……本当に……ボクも大好きだ……」
そうして、二人は抱き締めあって大空を自由に飛び回る。
何度でも何度でも、お互いを好きだと言いながら。
広い空の中で、何度でも何度でも。
それは救助に義継たちが現れるまで続いた。
「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ、ちょっと佳奈あぁ!!! ななななななな、なにやってんのよぉぉ!!!」
「おち、落ち着いてください縷々さん!」
「離れてぇ! はぁぁああぁぁぁなぁああぁぁぁぁれぇぇぇぇぇてぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
縷々の慟哭は無惨にも大海原に響き渡った。
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