第14話「流星の記憶」

 5人ひとグループに分かれて先日のミーティアでの鬼ごっこを行った沿岸よりも更に先の外洋まで飛行して、重火器など兵器使用実験を行うことをカミツレでは外洋実験と呼ぶ。


 通常のミーティア実習よりも危険が多いことから政府の認可が必要で、一年生の場合は上級生が着いている状態で行って帰ってくるだけの練習を二度、三度と重ねてから始まる。


 例年では梅雨が明けてからの実施だが、本年度は副理事長の意向で数週間早めての実施となった。  


 そして、外洋実験の当日。


 いつも通り、準備の為にネコは格納庫で忠人にモニターされながら装備していた。


「そういえば、結局これが何の箱か解明できたんですか?」


 そういって、メインフレームに搭載されている縦長の黒い箱を撫でる。


 このミーティアが送られてきたときよりあったものだが、ミーティア実習中にこれが機能していた事は一度たりとも無いと記憶している。 


「それが全く。解析を阻害する為の加工もしてあるし、ブラックボックスと化している以上は無理矢理に開けてしまう訳にも行かなくて。ただ分かっているのは、パスワードによるロックが掛かっている事だけ」


「パスワード?」


「そ。音声認識のね。でもまぁ、きっといつか判明することもあるわよ。さぁ、外洋実験頑張ってらっしゃい!」


「はい、いってきます」


 今日もネコは忠人に見送られながら格納庫を後にする。向かうのはグラウンドではなく滑走路だ。


 滑走路には緊急時に備えて救助隊がスタンバイして、教師たちの顔も緊張からこわばっており、いつもよりも強い口調で安全を呼びかけている。


 それが終わると、グループ分けの時間だ。


 グループは事前に教師陣で振り分けがなされ、それを教師たちが伝える形になる。


「はい、次。牧野、北山、相模、佐藤、有坂」


 例の3人と同じグループと聞いた時、佳奈はフラリと倒れそうな思いになる。


 あのハゲのおっさんの仕業か、と喉まで出かかった言葉を抑えて、ネコの方を見る。


 大丈夫と言わんばかりに首をうなずいて、胸を叩く。


 だが、その胸中は晴れない。


 あれから牧野達は大人しくなっていたが、いくら上級生が着いているとはいえ教師の目から離れた場所だ。何をされるか分かったものではない。


 一抹の不安をぬぐい切れないまま、ネコ達は滑走路を飛び立った。


 どんどん小さくなる学校を背後に北上していけばすぐに沿岸部を文字通り飛び越えていけば、眼下には大海原が広がる。


 やがて高度は雲を見下ろすほどになり、白い雲が海の上に影を落とすなどという普段見る事の出来ない光景をRSフィールドのお陰で寒さも息苦しさも感じず一望できた。


 これは、ミーティア実習ならではの特権だ。


「このままお隣の国まで飛んでいけそうだね」


「それはだめだよ。その隣の国とHALはいま休戦状態なんだから」


「休戦って?」


「戦争を一旦やめる事を休戦っていうんだよ」


「一旦やめるってことは、また始まるの?」


「まぁ、そうなるね」


 そして、話しているうちに指定された座標へと一行は到達する。


「じゃあ、あとはこのまま帰るだけね。それでもちゃんと指示には従いなさいよ?」


 上級生の生徒がレーダーと地図を確認しながら話すのが終わると、佳奈が質問をしたそうに手を挙げる。


「あの、いつもこのぐらい飛んでるとエネルギー残量が半分ぐらい無くなってるんだけれど、大丈夫なんですか?」


 その質問に、上級生はあきれた顔をする。


「えっと……座学で装備のところはやったわよね?」


「あ~、寝てたりで飛び飛びです……」


「……じゃあ説明します」


 上級生がひとつ咳払いをして解説をはじめる。


「今回、メインフレームにつけているこのタンク。増槽といってこれは予備のエネルギータンクになるの。これがあれば普段の2~3倍の航続距離になるわ。この間の鬼ごっこの時にもつけてたわよ」


 そういって、メインフレームの下部につけている白色で500㎖ペットボトル程度の大きさをした筒を指した。


「こんな大きさのが? はぁ……すっご……」


「帰ったらまた一緒に勉強しようね」


「えぇ~! やだ~!」


 そんな二人を牧野達は不機嫌そうに眺めていた。


 そっぽを向いて、遠い水平線の先を眺める。


「ん?」


 その時、牧野は遠くに小さな点の様な物を目にする。


 数は4つ。それは次第にこっちへ向かってきているらしい。


「鳥か?」


 そう思っていると――


『中止! 中止! 全員戻ってきなさい!』


 突如として、けたたましい通信が流れ、次第にそれは錯綜していく。


「うるせっ!? なんだなんだ?」


 びっくりして、通信を切断する牧野。


 残る5人も、その通信を聞いていたようで、おとなしく指示に従う事を決めた。


「ん? レーダーになんか映ってる? もしもし、こちらDグループ。レーダーになんか映ってるんですけど、これ他のグループですか?」


 その一言で、通信の先は騒然としていく。


 やがて、緊張した声色で教師が通信に出る。


『落ち着いてよく聞いて。所属不明機の領空侵犯が確認されたわ。そのレーダーに映っているのは――』


 全員が嫌な汗を流しながら振り返る。


『所属不明機よ』


 その小さな点は、牧野が見た時よりも大きく、形を朧気ながらも捉えられるほどになっていた。


「やべぇ! やべぇって!」


 速度を上げると同時にどくどくと鼓動が速くなる。ガチガチと顎を振るわせて音を立てるものもいた。


 ネコのM2A3F―14ならばともかく、他の5人が装備するM3F-15の最高速度はそこまで高くはない。ましてや、牧野達は休学の分を取り戻すために、急ごしらえの指導を受けた程度でフラフラと安定しない速度で飛んでいる。今日外洋実験に参加できたのも異例だ。


 所属不明機群より距離が離れることはなく、むしろ段々と近づいてきている。   


「どうする!? どうすんだよ!?」


「わ、私に聞かないでくれる!?」


 上級生も焦っているようで、その目には涙が浮かんでいた。


「ね、ネコくん……」


「大丈夫、大丈夫だから……」


 例え、軍事バランスを変えるほどの発明であってもパイロットは所詮素人。学生なのだ。


 戦う訓練を受けているわけでも、まして恐怖に耐える必要も本来であればないのだ。


 だからこそ、最悪の判断を下してしまうものだ。


 牧野は前を飛ぶ佳奈を見据える。


 お前が悪いんだ。


 お前が逆らうから。


 お前が言う事を聞かないから。



 だから、お前がここで死ぬのは私のせいじゃない。


 

 牧野は自分にそう言い聞かせて、佳奈の増槽タンクに手を伸ばす。


「え?」


 佳奈が何かに引っ張られる様な感覚を受けたその瞬間、ぐしゃっ、ばきんっ、と嫌な音が響き渡った。


 それと同時に、佳奈の目に映るエネルギーゲージはみるみる内に減少していき、残量が残り少ないことを表すアラームがけたたましく鳴り始める。


「なに……してんだよ……牧野!?」


 あまりの行動に、普段同じように笑っている北山ですら、驚愕していた。


「お前が悪いんだからな、お前が悪いんだからな!」


 そう言いながら、茫然とする一行を置いて、牧野は飛び去ってしまう。


「ま、待て!? 置いてくなよ!?」


 慌てて相模、北山もそれに着いていく。


「……これ、ど、どうしよう……」


「い、一緒に運べばなんとかなるはずよ、だから落ち着いて……あぁぁ……なんでこんなことに……」


 上級生は声を震わせて佳奈の手を引く。


 佳奈のミーティアは確実に途中でエネルギー切れを起こす。そうなれば、もう飛ぶ事は出来ない。


 二人で運ぶ事は出来なくもないが、しかし、それでは確実に追いつかれてしまうし、それまでに、HAL軍が間に合う保証もない。


「置いていって!」


 差し迫る状況に、佳奈は震える声でそう言った。


「私を置いていけば逃げれるでしょ? だから、先輩も、ネコくんも……逃げて……」


 今にも泣きそうな声だった。


 それでも彼女は、なによりもネコの安否を気遣ってそう言った。

 


 なぜならそれは――。



 なぜならそれは――。



 もう、佳奈は気づいていた。


 私はネコくんが好きだ。


 女として、男のネコくんに恋をしている。


 ずっと、気づかないようにしていた。


 ずっと、考えないようにしていた。


 なぜなら、自分にはそんな価値がないから。


 もう最後かも知れない今、この好きという感情を抑えることはもう佳奈には出来なかった。


「ネコくん……ネコくん、私ね――」


 佳奈がそれ以上言おうとした時、ネコがその口を抑えて遮った。


「佳奈。ボクは君が好きだ。恋をしている」


 ポカンとした顔をする佳奈と上級生に対して、飽くまでもネコは穏やかな表情だった。


「もしかしたら初めて会ったあの日から、君に一目惚れをしていたのかもしれない」


 きっと、最悪の出会いだっただろう。


 振り返れば笑ってしまうような。


 けれども、きっと、そうでなければ二人は交わらなかったかもしれない。


 こんな巡り合わせをした神様は、きっとスラップスティックが好きなんだろう。


「だから絶対にボクが守る」


 そういって、ネコは踵を返して飛ぶ。


 可変翼が折りたたまれ、足とメインフレームのスラスターが唸りを上げる。ネコの機体は音の壁に穴を穿てば、その瞬間に発生するソニックブームから守る為に全身を覆うRSフィールドが瞬き、銃弾が放たれたかのように加速していく。


「ネコくううぅぅぅぅぅうぅん!!!!」


 気づいた時にはもう遅い。


 佳奈の慟哭は届かず、ネコの機体はスラスターから放出されるRS粒子の光で尾を引きながら迫りくる脅威へ立ち向かっていく。


 音を置き去りにして、雲を突き抜けて、ごうごうと風に身を打ちつけられながら、ネコは不意にずっとずっと昔の事を思い出していた。


 あれは、星降る夜。


 まだ家族が3人揃っていた頃のこと。


 無邪気にネコは星に向かって手を伸ばす。


 そんなネコを抱き上げて、ネコの母……有坂ネリは語り掛ける。


『ねぇ、ネコ? 空は……宇宙は好き?』


 それに対してネコは満面の笑みで返した。


『大好き! いつかお星さまに触ってみたい!』


 ネリはフフッ、と小さく笑う。


『できるわよ。いまお父さんと一緒に作ってる流星ミーティアっていうものが出来たら、いつか自由にお空も……宇宙だって飛べる様になるわ』


『ミーティア?』


『そう、ミーティア。意味は……ほら、今お空を流れる星と同じ。「流星」っていうの』


 もう戻らない、懐かしくて輝かしい記憶。


 それでも……それでも。


「母さん、力を貸してください」


 ネコは、母に託されたこの機体に語り掛ける。


 その瞬間。


『パスワード、「かあさん」を認証』


 ミーティアのシステム音声がそう告げると、次々に画面の端で機能が解放されていく。


「これは……」


 サポートAI、FCS、そして、不明だった箱も。


 箱の図面を開くと、ネコは瞬時に理解した。


「プリント式のミサイルランチャー!?」


 それは、3Dプリンターを利用した自動生成式ミサイルランチャーで、素材さえあれば無限にランチャー内でミサイルを生成し続ける物だった。


「なんでこんな物……」


 マウントさせている器具を180度回転させ、展開されたグリップを握る。そして、ネコの視界HUDにミサイルランチャーの残弾数と発射の可否が表示される。


 安全装置は解除済み。残弾数……この場合はミサイルを3Dプリントする素材の量は32発分。発射モードはロックオン無しでの直接照準モードとロックオンモードの二種、トリガーを引けばいつでも発射可能。


「ははっ……ホントに力を貸してくれるなんてね……ありがとう」

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