桔梗が伝える愛の話
水定ゆう
永遠の愛を告げるため
「えっ、花?」
私はリビングでくつろいでいたところに、ふとやって来た銀からそう言われた。
「はい、ルーナ様。この部屋には自然物がとても少ないので、花の一つでも生けてみては、とおもいまして」
「うん、いいよ。それじゃあ……」
「山から取って来ます」
「うん。私が買いに行ってくるよ」
私は、すぐさま銀の提案を却下して、近所に小さな花屋さんがあったことを思い出したので、せっかくの機会と思い行ってみることにした。
◇◆◇◆
「えー、確かこの辺のはずだけど」
私は家の近所にあるはずの花屋さんを目指した。
商店街の端っこは飲食店が立ち並んでいるから、多分中の方なんだと思うけど。なかなか見つからないな。
そう思い、一軒一軒見て回ると、お店の外にお花が並んでいるのを見つけた。多分ここだ。
「すみませーん」
私は思い切って、お店の中に入った。
そこにはお爺さんが一人、丁寧にお花を手入れしていました。
しかし私の姿に気がつくと、手を止めて、接客を始める。
「あー、お客さんかい。いらっしゃい」
「こんにちは。花瓶に生ける花を買いに来た たんですけど、少し店内を見ても構いませんか?」
私がそう聞くと、お爺さんは快く頷いてくれた。
「いいともいいとも。ゆっくり見ていってください」
「ありがとうございます」
私は、そんな丁寧な接客に感心し、改めて店内をぐるりと見て見回す。
店内にはたくさんの花が売られていて、
「うーん、どれにしよう」
正直、どの花がいいとか全然わからない。
そんな私にお爺さんは、一輪の花を勧めてくれた。
「お嬢ちゃん、これなんてどうかの?」
「これって
渡されたのは桔梗の花だった。
綺麗な青紫色をした花。でも、何でこの花なんだろ。
「何かあるんですか?」
「なんでもないよ。年寄りの
哀愁。ってことは過去に何かあったのだろう。
私は下手に踏み込まず、ただ話を聞くだけにした。
「この店はの、私と妻で始めたお店なんだよ」
「奥さんと」
「五十年くらい前かの。当時の私が三十八で仕事を退職、それから花が好きだった妻と一緒にこの店を始めた。最初は小さな小さな花屋だったけれど、今じゃほとんど人も来ない、寂しい店になってしまっての」
確かにお店には私しか、客がいない。
だから寂しくなって、ついつい私に話しかけてのだろう。
「そうですか。では奥さんは?」
「二年前に他界したよ」
「すみません、変なこと言って」
空気が一瞬にして重くなる。
しかしお爺さんは、首を横に振ると話を続ける。
「私は元々花はあまり好きではなかったんじゃが、当時の私は妻に好きでいてもらいとうての。無理をして続けておって、それで今じゃ花が好きなんじゃよ」
「奥さんの想いを受け継いだんですね。立派ですよ」
私にはそう思えた。
それが人にとっては重圧でしかないのかもしれないが、すくなくともこの人はそうは思っていないらしい。
「特に妻が好きだったのが、この桔梗の花じゃったんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。私も今日でこの店は閉めることにしとる。だから最後に来たお客さんには、無理にでもこの妻が大事にしていた桔梗の花を贈ろうと思っていての」
それじゃあこのお店は今日限りでおしまいってこと?つまり私が最後の客になるのか。何だか悲しいな。
「私で、いいんですか?」
「うん。この後、お客さんは来ないからの」
じゃあこの花を受け取るのも、受け取らないのも私の自由というわけか。
だったらーー
◇◆◇◆
「綺麗な花ですね、ルーナ様。桔梗ですか?」
「うん」
私は花瓶の中に凛として生けられた、桔梗の花を眺めていた。
そこに力強く生きる、青紫の花の花びらを眺めながら、私は新聞の切れ端を読んだ。
そこには、
「『
そう書かれていた。
死因は
そして、それに選ばれたのが私ということになる。
「ルーナ様?」
「なんでもないよ。なにもないよ」
私はジーッと黙っていたらしい。
銀はそれを心配して声をかけてくれた。
「そう言えばルーナ様、花には人間がつけた言葉があるそうですが」
「花言葉のことね。花の見た目や性質から、昔の人間が勝手につけた押し文句だよ」
私はそう答える。
すると銀は、桔梗をじっと見つめた。
「では、桔梗にはどのような花言葉が付けられているのでしょうか?」
「ああそれはね……」
あの人が最後に伝えたかったこと。
私は、あの後調べてわかった。この桔梗の花言葉はーー
「永遠の愛、変わらぬ愛。だよ」
「永遠、変わらぬ。どちらも『愛』なんですね。なかなかに、ロマンチックではありませんか」
「そうかもね」
私は桔梗の花を眺めた。
これがあの人の、奥さんとの約束ならそれは叶っていたのかもしれない。いや、叶っていたはずだ。
だって、こんなにも美しく咲いている桔梗の花が、それを十分物語っているのだから。
桔梗が伝える愛の話 水定ゆう @mizusadayou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます