KAC2022 相談者は88歳

かざみ まゆみ

第1話 特殊詐欺の相談

樺山かばやま君、特殊詐欺の相談が来ているそうだ。すぐに下へ行ってくれ」


 課長の加藤が自席に戻ってきた俺に声をかけてきた。


「いま補導した高校生の引渡しが終わったばかりですよ。他にいないんですか?」


 俺はウンザリした表情を見せる。こういった表情を隠さないから上司のうけが悪いと同期の連中に注意されるが、直らないものは直らない。俺は全く気にしていなかった。


 課長が顎で辺りを指し示す。他の署員はみな出払っており、生活安全課にいるのは課長と俺の二人だけだった。


「あー、はいはい」


 俺は諦めて返事をすると窓口にある一階へと降りて行った。


 窓口付近の長椅子には三人ほど老人が腰を下ろしていた。

 俺は窓口近くにいる交通課の婦警を捕まえた。


「特殊詐欺の相談ってどの人だい?」


 婦警は杖を手にした赤いダウンジャケットを羽織った老婦人と答えた。

 了解、と合図を送り、俺は老婆に近づいた。


「渋谷松濤しょうとう警察署・生活安全課の樺山といいます。詳しいお話は奥の相談コーナーで伺いますので、どうぞこちらへ」


 俺は精一杯の笑顔で老婦人に挨拶をした。



「えっと、住所は松濤で年齢は88歳ですね」

「えぇ、えぇ。裕次郎さんと同い年というのが自慢でねぇ」


 裕次郎。80年代の警察物のドラマを再放送でよく見たな。俺はどちらかと言うとショットガンに黒いサングラスの刑事が好きだったな。


「昔は裕次郎さんの追っかけで色々な場所に行ったのよ」


 いかん、この婆さんの口を止めないと、いつまでも裕次郎話が続くぞ。


「それで、今日は変な電話があったってことですね」


 俺は話を遮るように質問を入れた。


「そうそう、配達物があるから何時なら家にいますか? とか聞くのに、何時まで経っても配達の人が来なくてね」


 アポ電強盗の類か?


「さっきも電話があって、また明日の午前中来るそうなのよ。でもちょっと心配になってね。ここに相談しに来たのよ」


 俺は明日の予定を確認してみる。明日の午前中はいまのところ署内か。


「じゃあ、明日の午前中に近所で様子を見てみましょうか。そうしたらお婆ちゃんも安心でしょ?」

「そうして下さると有り難いわね」


 老婦人はまた裕次郎の話をし始めようとしたので、適当な所で相談を切り上げてお帰りいただいた。




 翌日、俺が老婦人の住宅が見える所で張り込みをしていると、配送業者がやって来た。業者の青年が何度となくインターホンを押すも、老婦人は家から出てこない。


 俺は青年に近づき警察手帳を見せると事情を聞いた。


 青年は本物の配達業者であった。数日前から何度在宅確認の電話をしても不在で配達が延び延びになっていたという事だった。


 俺が郵便ポストを覗くと配達の不在票が山のように入っていた。インターホンを推しても全く反応しない。俺は玄関のドアを激しく叩き声をかける。


 しばらく待っていると昨日の老婦人が玄関先へと現れた。


 ご婦人いわく、インターホンが壊れており、郵便受けもドアポストしか見ていないとの事だった。


 ふーヤレヤレ。勘違いで助かった。お陰で面倒くさい報告書にならずにすんだ。


「じゃあ、とりあえず問題解決ってことでいいね。署に帰るから何かあったら、また相談に来てくだい」


 そう老婦人に告げると俺は松濤署へと戻った。




 俺が生活安全課の部屋に入ると課長が振り返った。


「下に青葉大の女子学生さんがストーカー被害の相談で来ているから、すぐに降りてもらえるかな?」


 いつか警察官を辞める時はこの課長を殴り倒してやる。


 俺はグッと拳を握りしめた。

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