八十八歳の勇者VS壺屋アーティ~米寿の祝いに~

まっく

勇者ヤソハチ

「良かったな。新しい国での商談がうまくいって」


「カイトが新しい魔法を覚えてくれたのは大きいな」



 俺は壺屋ブラックジャックの二代目、アーティ・フィス。


 壺屋ブラックジャックは、壺の配送料と設置費用が無料なのと、充実のアフターサービスで大人気。圧倒的なシェア率を誇る。


 なぜか他人の家の壺を勝手に割りまくる転生勇者たちの出現に壺の需要が急騰したのを受けて、壺屋の乱立が起きたが、付け焼き刃の商売がそうそううまくいく訳もなく、落ち着きを見せてきた。


 うちの商売も安泰かと思った矢先、ブラックジャックに対抗すべく、複数の壺屋が連合を組み、壺単価を極限まで引き下げる価格破壊を仕掛けてきた。


 壊された壺の代金は国が補償している。

 それは女神様が転生させた勇者が、国民とのいざこざで機嫌を損ねられては、女神様に顔向け出来ないから。


 最近、世界一美しい日の出が見られる人気スポットのルヴェの塔を、突然現れた悪魔騎士が根城にして居座ってしまった。

 討伐隊を組むも全く歯が立たず全滅。

 並の勇者では太刀打ち出来ず、命からがら逃げ帰ってくる始末。


 それにより、他国からの旅行者が激減し、貴重な観光資源が失われてしまっている状態だ。


 そんな事も手伝って、我がアポル王国は財政難に陥っている。


 そこで、価格破壊に乗じた国王が、壺単価の補償の上限を決める暴挙に出て、うちの壺屋も単価を下げざるを得なくなってしまった。


 そこで他国まで商売の手を広げようと思った訳だ。


「アーティの助言があってこそよ。でも、あの地獄のような修業は、もう勘弁だぜ」


「いやいや、カイトならもっと出来るよ」


「俺は悪魔騎士より、アーティの方が恐いよ」


 カイトは大きな自分の身体を両手で抱き締めて、ブルブルと震えてみせる。


 カイトはうちの専属の運送屋で、魔力を込めた伸縮自在の絨毯で、どんな数でも安全確実に商品を届けてくれる。


 しかし、アポル王国限定で商売をしていた為、距離を速く移動する必要性がなかった。

 他国で商売を成功させる為に、迅速に壺を運び入れるシステムの構築が必要になった。


 そこで空間にトンネルを作り、瞬間的に移動する魔法をカイトが精製した訳だが、カイトの修業に付き合った俺まで、その魔法を習得してしまった。


 壺の設置は、現地のコーディネーターに全てを任せようと思っていたが、簡単に自分でも出向けることになった。

 他国の情報を収集する頻度も増やせるので、一石二鳥。結果オーライだ。





「アーティ君、毎度ご苦労様だねぇ」


「いえ、これで儲けさせてもらってるんで」


「他国でも商売始めたんだってね」


「よくご存じで。昨今、シェア率を下げてしまったもので」


「心配しなくても、私は代えるつもりないよ」


「助かります」


 連合の壺は上限より壺単価をかなり安く設定していて、客はその分税金の還付があるので、安い壺を利用するとお得になる。

 うちは上限ギリギリの値段設定なので、うちの壺を利用しても還付は受けられない。


「相変わらず、手際がいい」


 いつものようにお客さんと会話をしながら、手早く割れた壺の片付けと設置をこなす。


 そこでふと気づく。

 ダミーの壺だけが割られていない。


 通常の壺は、中身まで補償してくれない国に変わって、魔法と御札で壺の中身を復元させるシステムを組んでいて、それがブラックジャックの最大の売りにして、うちだけのアフターサービスだ。


 ダミーの壺は、勇者の能力を全て喪失させる魔法のカラクリを付与した壺。


 万が一にでも、魔王討伐を成し遂げてしまっては、勇者が転生して来なくなり、壺屋の商売は成り立たなくなるからだ。


「勇者様は、この壺だけ割っていかなかったんですか」


 俺はダミーの壺に手を差し向ける。


「そうだね。手に取って色々な角度から眺めていたけど、結局は」


 たまたまだろうか。壺に付与させた魔法のカラクリに気付いたとは考えたくない。

 勇者同士で情報を共有されてしまうと、せっかくのシステムが台無しになる。


「どんな感じの勇者様ですか」


「私には、ただの老人にしか見えなかったけどね」


 老人の勇者。

 今まで聞いたことがない。


 他のお客さんに聞いても、とても魔物を倒せそうに見えないらしいが、強力な後方支援系のスキルを持ち、さらにはパーティにも恵まれているのかもしれない。


 やはり気になるのは、どこもダミーの壺だけが割られていないこと。


 勇者本人もしくは、パーティの誰かが俺の知らない鑑定スキルを有しているのか。


 とにかく一度、会わなくてはと思っていたら、国王との謁見を終えた勇者一行が城から出てくるところだった。


 皆が言うように、とても世界を救う勇者には見えない。禿頭で白髭の老人が無理矢理、勇者の装備をさせられているようだった。


 探りを入れてみるか。


「勇者様。これから、どちらへ」


「悪魔騎士の本格的な討伐作戦は明日から開始するが、その前に少しルヴェの塔の下見に」


「そうでしたか」


「貴方は?」


 俺は名刺を差し出す。


「わしは勇者ヤソハチじゃよ。齢は八十八歳。仲間に恵まれて、ここまで来た」


 そう言って、他の三人のパーティメンバーを見渡す。

 三人はどの顔も同じに見える程に特徴がなく、貼り付いたような笑顔を見せている。どこか薄気味悪い印象だ。


「壺屋が、わしに何か用かな」


「壺は全部割らないのが主義でしょうか」


「特に主義とかではないが、何となく嫌な感じの壺がいくつかあったのでな。貴方の儲けを減らしてしまったかの。すまんかったな」


 全てのカラクリを見抜いてはいなさそうだが、他の壺とは比べ物にならない魔力が込められているのを、肌で感じ取ったか。


「年の功ってやつですか」


「まあな、伊達に長くは生きておらんよ」


 長くか。


 やはり、油断ならない人物だ。


 大体、勇者たちの転生前の世界で八十八歳は、米寿と言って、長寿の祝いがなされると聞く。

 こちらでは、三百年以上生きている魔女や賢者がたくさんいるが。

 そんな、死んだら大往生の人物を転生させる理由が見当たらない。


 おそらく、あの見た目は強大なパワーを表に出さない様に施された制約魔法。理由はたぶん……。


 調査の必要性があるな。





「アーティ、勇者たちは悪魔騎士討伐の報酬として、アポル王国の国王が代々受け継いできた『金色のマント』を要求したみたいだぜ」


「あの国王が持ってても宝の持ち腐れだからな」


「おいおい、あまりデカイ声で言うなって。あと、宿では昨日今日と夜中にずっと儀式めいた事をやってるらしい。音は一切立てないから、余計に不気味だって」


 塔への侵入を検知する魔法だろう。夜中とは大変だ。


「そっか。カイト、夜遅くまでご苦労さんだったな。今月は特別手当てを付けとくよ」


 カイトはそれにサムアップで応える。


 些か面倒ではあるが、サクッと確かめておくか。



 ルヴェの塔の屋上は、月に照らされて、思いの外明るく、うっすら見える稜線と月のコントラストも美しい。


 突如、背後に凄まじいパワーを感じる。


 悪魔騎士のお出ましだ。


「随分と待たせるんだな。トイレが近いのかい?」


「その減らず口、すぐに利けなくしてやる」


「いかにもな台詞だな。今夜は顔を拝みに来ただけだから。といっても仮面か」


「生きて帰すと思ってか!」


 悪魔騎士が剣を上段に構え、右足を鋭く踏み込む。


「ああ、思ってる。じゃあな」



 無詠唱での瞬間移動魔法発動まで習得しておいて良かった。


 無駄なバトルはしないに限る。



 なんだかんだで、お城から見る月も悪くない。

 もう一仕事して、後は勇者様が悪魔騎士を討伐してくれるのを待ちますか。




「おいアーティ、勇者のやつ簡単に悪魔騎士を倒しちまいやがったぜ! あんなジジイのクセによ」


 カイトが壺の工房に、大慌てで駆け込んでくる。


「我が国を救って下さった英雄に対する言葉遣いじゃないぞ、カイト」


 俺は捏ねる土に魔力を込めながら言う。


「また思ってもいないことを。一人仲間が悪魔騎士に跡形もなく消し飛ばされてしまったらしいが、しっかりと悪魔騎士の首も持って帰って来たんだと」


「だと思ったよ」


「仲間の名誉の戦死も鑑みて、我が国最大の危機を救ってくれた勇者一行に、金色のマントが贈呈されたって」


「そうか、それは良かったな」


「えらく他人事みたいだな」



 そんな事は断じてないけど。



「しかし、あんな爺さん、俺でも勝てそうなのにな」


「勝てるさ。次、会ったら勝負を挑んでみなよ」


「そんな訳ないだろ」


 大丈夫、この国の若い男なら誰でも勝てる。




「壺屋か」


 勇者ヤソハチは、いかにも面倒くさそうな顔で俺を見る。


「金色のマント、よくお似合いで」


「何だ、咎めに来たのか。全てわかっているんだろうが」


「まあ、アンタが悪魔騎士だったって事も、それを利用して、仲間の首と引き換えに金色のマントを掠め取った事も、八十八歳じゃなくて若い男っての事も」


「倒した証に首は必要だからな。こいつらもいずれそうなる」


 勇者ヤソハチは、後ろにいる二人を睨め付ける。


「アンタ、本当のクズだな」


「一戦交えるかい?」


「いや、俺はただの壺屋なんで」


「お利口さんだ。全て見破った褒美に、マントは返そうか?」


「持って行ってもらえたら有り難いよ。もう余計な厄災は勘弁だし」


「そうか、こいつはなかなかの魔力を秘めてるようだし、お言葉に甘えて貰って行こう」


 マントを翻し、勇者ヤソハチはアポル王国を旅立った。





「アーティ、大変だ!」


「勇者ヤソハチが死んだのか」


「知ってたのかよ」



 ただの八十八歳の爺さんだからな。


 あの夜、城の宝物庫に瞬間移動魔法で忍び込んで、金色のマントに魔法を付与しておいた。


 マントを装着した瞬間に、現在掛かっているステータス変化を永久的に体に定着させる魔法を。


 冒険者にとって慎重さは、命を守るのに最大の効果を発揮するが、それが仇になるとはね。


 さすがに日頃の行いが悪いだけある。


 米寿には、金色の召し物をプレゼントする風習もあるみたいだから、我がアポル王国からの米寿のお祝いだ。



 八十八歳おめでとう、ヤソハチ爺さん。

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